①『孤島育ちの魔法少女、アカデミーへ』
これは、剣と魔法、そして混沌が織りなすファンタジー世界の物語。
魔物や様々な種族が覇権を争う外界から遠く離れた、とある孤島に一人の少女がいた。
少女の名はメリア。
幼い頃に戦争の混乱で親と離れ離れになり、孤独の身となった彼女は、敵国の捕虜として奴隷にされかけるという絶体絶命の危機に直面した。
そんな彼女は凄腕の魔法使に救い出された後、ライトに育てられた。
それ以来、メリアはライトと共に誰も来ない孤島へと移り住み、彼に育てられることになる。
島での生活は穏やかだったが、ライトによる魔法の指導だけは容赦なく、厳しかった。そんな環境の中で、メリアは端正な顔立ちの青髪の美少女へと、そして彼も驚愕するほどの魔法の才能を秘めた存在へと成長していった。
ただ、本人はその自覚が微塵もないまま・・・・・・
「メリア、ちょっと良いか?」
いつもの穏やかな食事の席。スープを口に運んでいたライトが、ふと思い出したように声をかけた。
声をかけられたメリアはスプーンを止め、不思議そうに養父の顔を覗き込んだ。
「何? お義父さん」
「お前は、これからどうするつもりだ?」
「どうするって? ……まぁ、このままここでお義父さんとのんびり暮らして行くだけだけど?」
小首を傾げるメリアに、ライトは「うむ、そうか」と深く頷いた。
「では、ワシからお前に一つ課題を授けよう」
「課題?」
「お前ももう十五になった。そろそろ外界のことも知っておかねばならんだろうと思ってな。
アルガス帝国の『アカデミー』へ行って、学んで来い」
「えっ!? ちょっと待って、アカデミーって何!? いきなりそんなこと言われても!」
突然の宣告に目を丸くするメリアをよそに、ライトは何食わぬ顔で食事を再開した。
「でもっ! いきなりなんでアカデミーなのさ!?」
「落ち着け。そもそもだな、お前は島から出たことがない。ワシ以外に人間の知り合いがおらんではないか。
そろそろ同年代の友人でも作らんと、世間知らずのまま引きこもりになってしまうぞ」
「知り合いならいるよ! たまに遊びに来てくれるリーア様!」
「年齢が違いすぎる。それに……これはそのリーアからの推薦なのだ」
その名が飛び出した瞬間、メリアの動きがピタリと止まった。
「リーア様が? なんで?」
「こないだあいつがここに遊びに来た時、ワシがこっぴどく怒られたのだ。
『いつまでもお前の都合で、あの子をこんな島に閉じ込めておくつもり!?』とな……」
「そんなこと、私は気にしてないよ? ここの生活も気に入ってるし……」
「とにかく! リーアの顔を立てて、試験だけでも受けてこい!」
「そんな急に言われても困るよ……」
なおも渋るメリアに対し、ライトは食事の手を止め、真剣そのものの、どこか怯えるような目で娘を見つめた。
「メリア、よく聞きなさい。もしお前がこの話を断ってみろ。
次にリーアがこの島へ来た時、ワシらがどんな目に遭わされるか……そしてお前も……想像してみろ……」
ライトの脳裏に、笑顔でありながら目が一切笑っていないリーアの姿がよぎる。
怒らせると島一つを消し飛ばしかねない、優秀な魔法使いのプレッシャー。
ライトの必死な訴えに、メリアもまた、過去に体験したリーアの『お説教』の恐ろしさを思い出し、背筋に冷たいものが走った。
「……それは……めちゃくちゃ怖い……」
「だろう?」と言わんばかりにライトが深く頷く。
二人の利害と恐怖が完璧に一致した瞬間だった。
「……わかったよ。試験だけなら受けてくる」
メリアはしぶしぶ承諾すると、諦めたようにスープの残りを口へと運んだ。
あれから、島を出発するにあたって色々な準備に忙殺され、あっという間に出発の日は訪れた。
「ん〜……退屈。死んじゃう……」
ゴトゴトと船に揺られながら、メリアは甲板の柵に身を乗り出して退屈を持て余していた。
見渡す限りの青い海。綺麗ではあるが、ずっと島で暮らしてきたメリアにとっては見慣れた景色でしかない。
「それにしても、出発の日にリーア様が見送りに来てくれるなんてなぁ……」
メリアの意識は、昨日の記憶へとさかのぼる。
「メリア! いよいよ明日ね!」
いつも通り、嵐のように島へやってきたリーアは、メリアの両手を握ってブンブンと振った。
「リーア様!」
「そんなにかしこまらなくていいのよ、いつも通りにしてくれれば♪」
「はい、行ってきますね……」
「あら? 何か心配事でも?」
「一人で外の世界に行くのが初めてなので……ちょっと不安というか……」
「そんなこと? 大丈夫よ、あなたももういい年なんだから、これくらいできないと!」
「え、ええ。それはそうなんですけど……。それにしても、リーア様」
「なーに?」
「随分と……嬉しそうですね?」
いつも以上に上機嫌で、心なしか鼻歌まで聞こえてきそうなリーアの様子に、メリアは怪訝そうな視線を向けた。
「え? だって、メリアがやっとここから旅立てると思うと、親心(?)として嬉しくて嬉しくて!
……それに、これでやっとライトと二人きりになれ――」
「お義父さんがどうしたんですか?」
「いや、なんでもないのよ♪ こっちの、大人の話だから、ホホホ……」
(……めちゃくちゃ怪しい……。お義父さん、私がいない間、本当に大丈夫かな……)
ライトの身(?)に一抹の不安を覚えつつも、メリアはため息をついた。
「とにかく、メリアなら全然大丈夫だから!」
「……そうですか? 私、他の人と魔法で競ったこともないですし、そもそもアカデミーで何を学ぶのかも全然わからないです」
「あ、そういうことなら本当に心配いらないわ。アカデミーで学ぶことなんて何もないから」
「えっ!? それって行く意味あるんですか!?」
「あるわよ! あんたももう十五でしょ? 同年代の友達くらい作らないと! それに……」
そこでリーアはふっと笑顔を消し、真顔になった。完全に目が笑っていない、あの恐怖の表情だ。
「もし万が一、試験にパスできなかったら……その時は、私がこの島で『再教育』してあげるから安心してね?」
「え……? いや、それは……」
「それは……何かしら?」
「いえ! 絶対にそうならないように、死ぬ気で頑張ってきます!」
「……なんて言っちゃったけど、本当に大丈夫かなぁ」
ぼんやりと空を見つめながら昨日のやり取りを思い出しているうちに、船はいつの間にか港へと到着していた。
「……ここからは馬車で行くんだよね。正直、めちゃくちゃ面倒くさい……」
ぶつぶつと文句を言いながら、メリアは大都市行きの相乗り馬車に乗り込んだ。
車内には、旅行中らしき親子連れや、物々しい装備を身につけた冒険者など、様々な人間が乗り合わせている。
そんな中、メリアと同じくらいの年齢の女の子が一人で熱心に本を読んでいるのが目に留まった。
(お、あの本……魔導書じゃん。ちょっと話しかけてみようかな)
外界の魔法使いに興味が湧いたメリアは、その少女の隣の席へと移動した。
「あの……」
「はい?」
急に声をかけられた少女は、読んでいた本から顔を上げ、メリアに視線を向けた。
赤髪のショートカットがよく似合う、気さくで可愛らしい印象の少女だ。
「あなた、魔法使いなの? それ、魔導書だよね?」
「あ、は、はい! でも魔法使いだなんて滅相もないです、私はまだただの見習いで……」
「見習い?」
「はい。まだアカデミーに通っている身なので……」
「それって、もしかしてアルガス魔導アカデミー?」
「そうです! よくご存知ですね?」
「うん、私も今そこに向かってるところなんだ」
「えっ、じゃあ学園の生徒さんですか?」
「ううん、これから受験するの」
「えっ!? この時期に受験生ですか?」
少女は驚いたように目を丸くした。
「ん〜、私、こないだ十五になったばかりなんだけど、お義父さんに『アカデミーに入れ』って言われてさ。
あ、私メリア。あなたは?」
「私はサラといいます。アルガス魔導アカデミーの、高等部一年生です!」
「高等部?」
聞き慣れない単語に、メリアは首を傾げた。
「アルガス魔導アカデミーは初等部、中等部、高等部に分かれていて、その上に超等部があるんだ。それぞれ進級試験をクリアして上がっていくんですよ」
「そーなんだ。私、本当に何も知らなくて……」
「ということは、メリアちゃんは中等部からの編入試験を受けるんですか?」
「えっとね、確か……」
メリアはカバンから、ライトに手渡された紹介状のスクロール(巻物)を取り出し、表紙に書かれた文字を確認した。
「あ、『高等部』って書いてある。サラと同じだね」
「ええっ!? こ、高等部ですか!?」
サラがひっくり返ったような声を上げ、馬車の中で立ち上がりそうになった。
「うん、そうみたい。どうかした?」
「ど、どうかしたじゃないですよ! 高等部からの途中編入なんて、ものすごーーく難易度が高いんですから!」
「……マジ?」
サラの衝撃の発言に、メリアの顔からスーッと血の気が引いていく。
そんなメリアの様子を見て、サラは慌ててフォローするように両手を振った。
「で、でも、気を落としたりしないでください! たとえ高等部の編入試験に落ちてしまっても、試験の成績次第では、中等部や初等部に枠を下げて編入させてもらえる救済措置がありますから!」
「……ありがとう……」
親切なサラの励ましも、今のメリアの耳には半分も届いていなかった。
メリアの脳裏に、昨日リーアが浮かべた『不合格になったら再教育』という、地獄のような笑顔がありありと蘇る。
中等部や初等部へのスライド合格――すなわちそれは、「高等部不合格」を意味する。
つまり、島に帰った後、リーアの再教育刑が確定するということだ。
(……救済措置、私にとっては救済になってないじゃん……!!)
「……もう、死ぬ気で頑張るしかないな……」
メリアは遠い目で馬車の窓から空を見つめ、生き残り(?)をかけた試験を前に、小さく呟くのだった。
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