里帰りの途中に
直匡が帰省したのは神無月だった。其の月の十二日、朝食を食べた後に、彼は白虎と共に奥日雅の地を出発した。
直匡たちが〈翠の宿〉を出たのは昼前だったが、忙しい仕事の合間に、千夜たち四人家族の全員が彼らを見送ったようだ。
皆が〈翠の宿〉の玄関帳場の前に集まった後に、成獣姿の白虎は直匡を背に乗せられるよう、ふた回り程、神通力で全身が大きくなった。
白虎は直匡を自らの背に乗せると、軽やかに跳んだ後、空中へ駆け上がっていったのだった。
「五日後の十七日には戻って来るので、宜しくお願い致します! ……ではっ」
白虎が空に向かう途中で、白虎の背に乗せてもらった直匡は大声で千夜たちにそう伝えたようだ。
千夜たちが笑顔で直匡を見送っていると、白虎はあっという間に雲の真下まで辿り着いた。
「外気が冷たいから、運動がてら早足で都まで行くぞ。体勢を低くして、儂の首に掴まっていてくれ」
「分かりました」
直匡は、荷物が入った大きな巾着袋の紐を袴に引っかけた後、両足を白虎の腹に近づけて、組んだ両手を白虎の首に回したようだ。
白虎は直匡の体がぴたっと自分にくっついているのを確認すると、「よし!」と呟き、空を駆けるスピードを徐々に上げていった。
直匡を乗せた白虎は、勢い良く空を走っていく。そして、太陽が南中して少し経った後に、直匡と白虎は正邦京の大門の前に着いたようだ。
直匡と白虎が大門を抜けて、正邦京の通りを歩き始めた時、ぱらぱらと小雨が降ってきた。
雨に濡れる面積を減らすために、白虎は子虎の姿になったようだ。一方で、直匡は持参していた傘を差すと、足早に何処かに向かっていった。
直匡と白虎が向かったのは、正邦京の出入り口である大門から一番近い、公共の休憩所だった。
目についた四阿に入ると、直匡たちはひと休憩をした後に、昼食を取ったようだ。直匡は巾着袋の中から鹿の干し肉を取り出すと、白虎の前にそっと置いた。
白虎が干し肉を食べ始めたのを確認すると、直匡も巾着袋から出した鰹節入りの屯食を食べたのだった。
直匡と白虎が持参した昼食を食べた後、直匡は白虎に都で何処か場所が行きたい場所はあるかを聞いたようだ。
すると、白虎は「本来の姿で毛を梳かしてもらえるよう、大きな櫛を欲しいと思っている」と答えた。
白虎が子虎の姿になっている時には、古くなった人用の櫛で、直匡に毛を梳かしてもらっているのだ。白虎は飼われている猫のように、虎なりの身嗜みも気にしつつ、人との触れ合いも楽しんでいるらしい。
「小雨で体が冷えてきた故、そろそろ行こうかね」
「はい、そうですね」
白虎と一緒に、櫛を売る店に向かう途中、直匡は人知れず複雑な気持ちになっていたようだ。
衣根ノ国の都である正邦京には、幽世から来た妖だけでなく、警備等をしている陰陽師が非常に多い。その陰陽師の中には、前の上司や同僚といった直匡の顔見知りがちらほらと居るのだ。
奥日雅へ出向する前は、直匡は正邦京の警備に従事していた。その頃の直匡は、式神の使役が苦手であるままであったため、職場では上司や同僚からは憐れみの目を向けられたり、小馬鹿にされたりすることが度々あったらしい。
当時、直匡が周りの人々から上から目線で扱われた理由は、それだけではない。
直匡には、名門陰陽師の実力者である父親と、早くも陰陽五行の呪術や式神の使役等の技術を幼い頃に身に付けた兄が居る。父親は長年にかけて帝の護衛をしており、兄は人に害を及ぼす凶悪な妖の退治で活躍をしていて、親子で陰陽師の花形である職に就いている。
陰陽師として平凡である印象を持たれていた直匡は、自然と優秀な父親と兄と比べられて、肩身が狭かったのだ。
ちなみに、幽世から都に迷い込んだ妖の大半は、自然に再び幽世に戻ったり、人に害の無い範囲で人界に棲み着いたりするものであるらしい。
しかし、一部の妖は、憎しみや恨みを持つ人間を面白がって、平然と呪詛に協力するものも居るという。
そのまた一部の妖は、うっかりと人界に迷い込んだものを陰陽師の式神として雇われたり、直接幽世から呼び寄せる方法で式神になってもらったりしている。
直匡の父親である匡時と、兄である勝匡の式神は、幽世から来てもらった烏天狗の一族だという。
直匡と白虎が様々な店が並ぶ大通りを歩いている間に、あちこちを見回す数匹の管狐に遭遇したので、直匡は誰かの式神かもしれないと思い、無意識に動揺してしまった。
だが、櫛を売る店に到着するまでには、彼は顔見知りの陰陽師に運良く出会わなかったようだ。
「……あの。馬用の櫛は、ありますか?」
「おおっ、陰陽師のにーちゃんか! 新種の猫だけじゃなくて、馬の世話もしてるなんて、動物好きなんだねぇ〜。……って、この一種類しか無いけど、いいかい?」
話好きらしい店主は、素早く馬用の櫛を直匡に差し出した。虎用というものが存在しないので、直匡は一番大きな櫛を買ったらしい。
直匡は店主にお礼を言うと、櫛の代金を払った後、ゆっくりとした足取りで店をあとにした。
再び歩き始めると、直匡は自分の訪問が近いことを家族に知らせるために、ふわりと紙の蝶の式神を飛ばしたようだ。




