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弟からの便り

 第二部も全14話です。

 程良く涼しくなった頃、奥日雅《おくひが》の山奥では爽やかな風が吹いていた。

 中秋の時期になると、日雅山《ひがやま》に自生する木々の葉は、徐々に赤や黄に色付き始めているようだ。あちらこちらの地面には、鮮やかな赤色をした彼岸花《ひがんばな》が咲いている。


 また、山の中腹にある集落や温泉宿の庭には、可愛らしい黄色い花を咲かせる金木犀《きんもくせい》が満開になっているようだ。

 奥日雅の温泉郷には、甘くて心地良い香りが漂っていた。




 雪で山道が塞《ふさ》がる冬の時期以外は、日雅山の頂上付近にある温泉宿〈翠《みどり》の宿〉では、正邦京《せいほうきょう》と呼ばれる都から、ちらほらと貴族や裕福な商人が泊まりに来る。

 彼らは都会暮らしの疲れを癒《い》やすために、奥日雅の温泉郷に訪れるのだ。


 太郎の妻であるさゑが亡くなってから、人手が少しだけ減ったので、〈翠の宿〉の敷地内にある茅葺《かやぶ》き屋根の家で寝泊まりさせてもらっている直匡《なおまさ》も、たまに客室の準備や掃除を手伝っているようだ。

 もちろん直匡は、本業である奥日雅の警備の方を優先させてもらっているし、余裕があって体調が良い時のみ、〈翠の宿〉に関する業務の手助けをしている。



 客室がほぼ満室の日々が続いている故、千夜《ちよ》は非常に上機嫌だった。

 彼女は短い晩酌《ばんしゃく》の時間だけでなく、宿泊客用の食事の仕込みをしている合間にも、ちょこちょこと清酒を飲んでいるようだ。


「ああぁ~、酒が美味《うま》いっ!! ここが大繁盛《だいはんじょう》して、ホントありがたさんだわぁ~」


 酒豪である上、動き回ることが好きな高齢の女将《おかみ》は、林檎酒《りんごしゅ》を飲みながらでも仕事の手を抜くことは無いらしい。千夜は竈《かまど》の炎を見つめながら、冷暗所から食材をパパっと取り出したようだ。

 彼女は、働き者のパワフルな老婆《ろうば》である。


「おばあよ、ったく……。元気なのはいいが、飲み過ぎで体調は崩さないでくれよ! てっ……、流石にお客様の分は残してあるよな??」


「今まで、倒れたことは無いじゃろうが。それにっ、客の分まで手を出す程、分別がつかぬくらい酔《よ》っ払ってないわい!」


 千夜の近くで、まな板の上の野菜を切っていた太郎は、口下手ながらも酒好きな母親を心配している。

 ちなみに、太郎は下戸だそうだ。


 千夜が食事の時以外にも酒を飲んでいるのは、日常茶飯事らしい。

 まあ……、酒をどれだけ飲んでも、態度が全く変わらず酒癖が悪い訳でも無いことは、良いことなのかもしれない。




 ……と、〈翠の宿〉の宿泊客ではないのに、酒量が多くなっている者が一人……。それは陰陽師の直匡である。


 直匡は外回りの仕事が多いので、仕事中には酒は飲まないが、最近は夕食の時に飲む清酒の量が増えてきている。それに加えて、炊事場《すいじば》近くの休憩室で、よく夕食後の晩酌もしているらしい。

 彼は千夜よりも酒に強く、『笊《ざる》』と公言できるくらい、肝臓がかなり丈夫だという。


(……この酒が飲まずにいられるかっ!!)


 今年の文月《ふづき》から衣根《いね》ノ国《くに》で灯里に全く会えず、直匡は不貞腐《ふてくさ》れ気味であった。

 高校三年生の夏休み前から、灯里は就活で多忙だという。それだけではなく、亡き伯母と暮らしていた2LDKのアパートから、一人暮らし用の賃貸物件に引っ越すため、新しい部屋探しに奔走《ほんそう》しているそうだ。


 好意を寄せる女性の夢を応援したい気持ちはあるが、直匡はモヤモヤとしたものを抱えたままであった。彼が自棄酒《やけざけ》に走ってしまう原因は、実は他にもあるようだ。

 それは、彼の弟である友匡《ともまさ》からの便りが関係している。友匡は頼《たの》もしい文官として、朝廷で日々忙しく働いているらしい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 なお兄さんへ


 気付いたら、二年以上も会ってないね……。

 兄さん、元気かなぁ?? 奥日雅での仕事は順調?



 朝廷での勤務はキツい時あるけど、三年くらい経った今は多少慣れてきて、何とか頑張《がんば》っています!


 あと、長年交際していた従姉《いとこ》の珠ちゃんと、数ヶ月前に結婚したよ〜♡

 てか、直接なお兄さんに会って、きちんと報告がしたいよぉ~。


 それに、母さんもなお兄さんの様子を気にしてたから、今年中にでも帰省したらどーかな?

 返事、切実に待ってるよ!!


           愛しの弟、友匡より


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 友匡からの便りで、母方の従姉《いとこ》である珠子との結婚したことを知り、灯里との関係について悩んでいた直匡は、心にちくりと来るものがあった。

 実の兄弟と比べてしまうのは、自然なことなのだろう。


 最近、ようやく一人前の陰陽師だと思われてもおかしくはないのかもしれない、と直匡は感じていたようだ。

 白虎が式神となってから、陰陽五行の呪術と式神の使役の鍛錬は続けているのが実を結んだのかもしれないが、彼は不思議と紙で作った蝶《ちょう》の式神も長い間飛ばせるようになったらしい。


 だが、灯里に自分の想いを伝えてもいい時期が来たのだと思っても、灯里と会えないのなら、想いを伝える機会もつくれないので、直匡は深く溜《た》め息をつくしかなかったようだった。

 彼は誰もが認める美青年とはいえ、業務と仕事に関わる鍛錬に集中し過ぎたからか、今まで恋愛経験をする機会が全く無かったので、相手に告白するタイミングもなかなか掴《つか》めずにいた。



 そして、ある日に、そのような直匡を近くで見ていた白虎は、煮詰まっていて元気の無い直匡を後押しすることになる。


「我が主の直匡よ。気晴らしに、久しぶりに実家に帰ってはどうかえ?? それに弟と母親は、お主にとっては感謝すべき存在であろう?」


 神通力で人の過去や心の奥にある感情まで垣間見《かいまみ》ることのできる白虎の忠告を聞き、直匡は近いうちに自分の故郷である都、正邦京に帰省をする決心をするのであった。

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