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第6話 宿屋

 宿を探して馬車は、多くの宿が立ち並ぶ区画へと進んだ。

 高級宿からボロ宿まで様々な宿が多い。交易都市というからには、多くの宿に人が入っているようであった。

 二人は中央通りから外れてはいるが、川沿いで窓から良い景色の見える宿を選んだ。


「ご主人、なるべく景色の良い部屋を二部屋、頼めるかな」

「見ての通り閑古鳥でさ、空いてますよ。準備いたしましょう。何日か泊まりますかな」

「とりあえず一晩」

「わかりました」

「ああ、そうだ。この後は船に乗って海の方に出たいと思っているけれど、明日、出る船はあるかな?」


 気の良さそうな主人はソラナムの言葉に表情を暗くする。


「船は、ありません」

「船がない? おかしいな、わたしは船着き場の方で仮面をかけた人たちが船に乗っているのを見たけど?」


 宿の主人は言い難そうにしていたが、良心には嘘は吐けないのか、ぽつりと言った。


「それは傭兵ですさ。大河に水魔が出たとかで、ここ最近船が沈められちまってね、船頭がみんな怯えて船がでなくなってしまったんだよ。今、傭兵を呼んで水魔を狩ってもらおうとしてます」

「なるほど、この街の物々しさはそれか」


 水魔は素養の有るものが水辺で死んだ際未練を残したままであると発生しやすい。カルマ天秤が魔の方向に傾きやすい状況で水の中にいたりなど、条件を満たすと水魔と成る。

 魔の中でも水魔は厄介な部類に入る。


 まず水魔はなぜか同族意識が強く、群れやすい。そのため兵士等級の魔であろうとも、船を沈めるくらい訳ない。

 水に堕ちればそこは水魔の領域、人間はたちまち深い水底に引き込まれて死ぬから、低い等級でも非常に厄介と言われているのである。


「物流に問題が出ているのではないかな?」

「ええ、ええ。お嬢様のいう通りでさ。おかげで閑古鳥を飼う羽目になってるよ」

「なるほど、ありがとう。なら厨房を借りても問題はないかな?」

「もちろん。お代はいただきますが」


 ソラナムは厨房を借りる約束を取り付け、金を支払う。


「それじゃあ、あなたは座ってて、すぐに極上の料理を作ってくるから」

「ああ」


 それからしばらくソラナムが厨房へ引っ込む。

 宿屋の主人は、何も言わず所定の位置であるカウンターへと戻っていった。


 手持無沙汰になったカランはとりあえず荷物を部屋へと持って行く。

 ほとんどの荷物はソラナムのものだ。カランの持ち物は今着ている服と外に置いてある馬車と、馬小屋に繋いできた馬だけだ。

 ソラナムにあてがわれた二階の部屋に彼女の荷物を置く。


「気がつかなかったけれど、結構荷物を持っていたんだな」


 カランの興味を引くのは長方形の箱だ。

 何が入っているのかやたら重く、魔導技術で施錠されている。

 それくらいであればカランでも開けられるくらいのものであった。開けるかどうか一瞬迷ってやめることにした。


「まあ、人のものを見るものではないしね」


 特に女性のものを好奇心で勝手に開いて後々まで尾を引いた事例がかつてあったため、誰であろうと女性の荷物を勝手に見ないことに決めているのだ。

 丁重にベッドわきに置いて一階の食堂に戻って席に座っていると、厨房を借りてソラナムが料理を持ってきた。


「お待たせ」

「これはすごいな」

「でしょう?」


 卓に並べられた料理は、まるで王族の食事と言わんばかりに豪勢であった。王族の食事を知っているカランが、そう思ったのだから間違いない。

 匂いからして絶食修行中の修行僧ですら、修行を忘れ飛びついてしまうのではないかというほどである。


「どうぞ」

「いただきます」


 食卓には色々な、カランが名前も知らないような料理や、名前がついていない料理がいくつかあったがまずはと手に取ったのは汁物だった。

 ほろほろに解けた肉とごろっとした野菜が入ったスープで、それはカランが昔よく作ってもらったスープに似ていたからだ。


「おお……」


 食べて感嘆を漏らすは久しぶりであった。

 スープ自体が深みのある甘さが喉奥に流れていきながら味を主張する。

 肉にはよく味が染みていて、とろとろとしていた。煮込み過ぎともいえるくらいに過剰な煮込みがなせる味わいである。


 味の方も匂いにたがわず素晴らしいもので、カランは頬が落ちて転がって行ってしまうのではないかと思ったほどだ。

 野菜の方も良く煮えていて、柔らかくほくほくしている。

 これが実に懐かしく、似たもの、というかほぼ同じものをカランは婚約者であったアネモネから作ってもらったことがある。


 文武に優れ、政治能力も高かく、天地にある全ては己の為に存在すると豪語するほどの大人物であったアネモネであったが、彼女にも苦手なものがあった。

 それが料理である。

 どうにも加減というものがぶっ壊れていたらしく、肉も野菜もとにかく煮込むということしかできなかったのだ。


 乱雑且つ巨大に切った肉を鍋に放り込み、野菜と一緒に煮込む。

 すると野菜は解けてしまうから、あとから足すという具合。

 あとは魔導を使って煮込みまくってスープを作っていたものだ。

 豪快に食材も時間も使う分、味は良くカランの好物と言えばこれだった。


 懐かしさもあってか、思わずがつがつと食べてしまってから、はっとしてソラナムの方を見ればカランを面白いと思っているのが瞳からありありと知れた。

 これにはもう何も恐れるものがないカランとしても羞恥を思わず覚えて、食の手が止まる。


「どうかした?」


 わかっているはずなのに、ソラナムがいじわるくカランに聞いて来るものだから、必死に取り繕おうと言い訳を探す羽目になった。


「い、いや、あまりに美味しいものだから」


 残念ながらソラナムの赤い瞳に見つめられてしまうと、カランの思考は迷宮の深みにはまってしまうようで言い訳にもならない事実しか言えなかった。

 クスリとソラナムが声を出して笑うから、少しだけむっとした。

 しかし、同時にどうして自分はこんなにも羞恥を感じて言い訳をしようとしたのかと不思議に思った。


「当然。だって、このわたしが作ったんだからね」


 その言葉にカランは思わず手にしていた木のスプーンをとり落とす。


「どうかした?」

「い、や……なんでもない。なんでもないんだ、大丈夫」


 それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。

 カランは一度、目を閉じてから続ける。


「君が、とある人と似たようなことを言ったからつい、驚いてしまったんだ」


 カランが驚いたのは、同じことをアネモネも言っていたからだ。

 まったく警戒していなかったところを暗殺者に刺されたようなものだ。

 色々と複雑な思いが胸中を渦巻いていて、どうにもカランはうまく復帰できずにいた。

 

 ソラナムもまた、それに気がついていたようだった。

 ただ特に触れる気はないのかカランが落としたスプーンを拾い拭って手渡す。


「はい」

「ああ、ありがとう」


 微妙な沈黙がふたりの間に漂っているようで居心地が悪い。

 カランは話題を変えようと、気になっていることを聞くことにした。


「そう言えば、船って? 船に乗るのか?」

「うん。乗ろうかなって思った。船はないみたいだけどね」

「水魔だよね、ここじゃよく出るの?」


 ソラナムはここの出身ではないだろうが、彼女はたいそう博識なので、詳しいだろうとカランは質問してみた。

 予想通り彼女は快活によどみなく答えた。


「いいや。むしろこの辺りは、水魔が出ない。だから、みんな困ってる」

「どうして水魔はでないんだい?」

「神がいるから」


 このランタナには、昔から一つ神にまつわる伝説が伝わっているとソラナムは言った。

 その昔、ここにはネリネという水精がいて、昔から川を下る船の為に、川の流れを調整したりした。

 大水があった時も街に被害が出ないようにしたりした。

 ランタナの人間はそんな彼女の為に、年に一度、祭りを盛大に行った。


 ネリネはとても人間のことが好きで、人の姿になっては祭りに忍び込んで善行やいたずら何かを行っていたらしい。

 そんな時、祭りの最中に一人の男と出会い、恋に落ちた。

 ネリネが恋をしたのは男は傭兵で、水魔のせいで友人の船が沈んだと話をした。

 するとネリネは彼の為に川から水魔を一掃した。


「へぇ、それは凄い。ネリネという水精はそんなに強い精霊だったのか」


 神になるのも納得だとカランはうんうんと頷いたが、ソラナムが首を横に振る。


「違うよ。彼女は強い水精じゃなかった。むしろ弱い方だね。最初の方は、流れを調整するくらいしかできなかった」

「それじゃあ、どうして強くなったんだ?」

「勇者と同じだよ。彼女は恋した男の為に頑張ったんだ」


 それは確かにカランとしてもなじみがあると話であった。自分も婚約者だったアネモネの為に邪竜を倒したりした。

 このネリネという水精が強くなったのがどうしてかもよくわかった。


「弱くともそれを成し遂げた。その功を以て、彼女のカルマ天秤は神の方に傾いて、水精ネリネは水神になった。それからランタナから川を下る船は水魔に襲われることはなくなった。でも、最近いなくなったのか、船が沈むようになったんだそうだよ」

「なるほど、君は何でも知っているんだな」

「何でもじゃないけれど、この街で起きてることの、大半だけさ」

「それは凄いな」

「凄くないよ、裏技がある」

 ソラナムのいう裏技はとても気になる。スープを飲み終わって、必要のなくなったスプーンをおいてカランは聞いてみた。


「へぇ、どんな?」


 ソラナムはドヤっという風な笑顔を作る。


「市場で聞くこと」

 それがあまりにも当然のことだったから、カランは噴き出して笑ってしまった。


「はは。確かにそうだ。君は抜け目がないんだね」


 カランがそんな風に、称賛と料理を交互に口にしていると。


「今度はあなたの番」


 そうソラナムが言ってきた。


「僕?」

「わたしは一つ話をした。今度はあなたの番ってこと」


 そう言いながら彼女はいつの間に用意をしたのか、手に徳利を持っていて杯に酒を注いでカランの前に置いていた。


「そういう趣向?」

「まあね、人の話を聞くのが好きなんだ。料理のお代ってことでひとつ。何か面白い話を聞かせてよ」


 確かに料理はおいしかったし、ソラナムばかりに色々と聞いてしまったという思いもある。

 酒もくれるというのなら、ここはひとつ何か話をしてもいいだろう。

 そう記憶を探っていると、ランタナではないが、似たような街であった事件を思い出した。


「じゃあ、僕が友達と旅をしていた時の話にしよう」

「それは面白そうだね。どんな話?」

「船に乗っていた時に、友達が神に求婚された話だよ」


 それはカランが魔王討伐の旅――ソラナムにはその辺ぼかして、友人の名前も出さないで話す――に出て、ハーゲアナという傭兵が仲間になって二人旅をしていた時のことを話すことにした。

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