休日
ベッドの中で僕は一抹の不安を抱えていた。
『目覚めたら月曜日でした』という状況が、本当に怖い。
いっそこのまま、朝まで起きていようか。
そうして土曜日を迎え、朝方に眠るのだ。
きっと午後には目が覚める。その時の僕は、無意識の僕ではないかもしれない。
考えてみれば、いつも日付が変わる前に眠っていた。
不安で眠れない今だからこそ、実験的に起きていても良いのではないか。
今の時刻は、何時だろう。
気になって起き上がろうとして、突然、睡魔が襲ってきた。
目も開けられないぐらい頭の中がぽわーっとしてきて、気絶するように意識を失った。
──目覚めると、部屋は暗いままだった。
頭はスッキリしているが、若干身体にダルさが残っている。
眠気を特に感じないまま起き上がり、部屋の電気をパチンと付けると、机の上に見慣れない袋が置いてあるのを発見した。
首を傾げながらイスに座り、机に置かれた袋を手に取って中を覗く。
これは……ネコ缶?
しかも、1つじゃない。数えると5個ある。
さらに、ピンク色の千歳飴の袋の様な物も3つあって、全て『みゅ〜る』と書かれている。
……なんで、こんな物があるの?
訳が分からないまま、ヒントを得ようと黒い日記を開く。
土曜日の日付が書かれていて、1日の出来事が事細かに書かれていた。
この先が無いので、今日は日曜日という事で良いらしい。とりあえず一安心。
時計を見ると、時刻はまだ朝方の5時。
僕は日記を見ながら、昨日の出来事をゆっくりと思い出していく作業へと移行した。
──土曜日、朝9時前。
無意識の僕は、パルプの前で人を待っていた。
「あ、幸太郎くーん!」
声の方を見ると、マカロンの様なラズベリー色のバックを肩から掛け、茶色のブラウスにデニム姿のまどかが手を振っている。
その左隣に、ベージュのキャスケットを被り、白いブラウスに薄いベージュのヒラヒラスカートを履いたしゅり先輩がいて、
まどかの右隣には似たようなチェック柄のシャツを着た3人組、すなわち親衛隊のみんながいた。
ちなみに僕は、犬の顔が中央にデカデカと書かれた白い長袖シャツを着ていて、下はジーンズである。犬種は、多分チワワ。
「みんな、おはよー」
僕も笑顔で手を振り返す。すると、まどかが先に駆け寄ってきて、僕に思いっきり抱き付いた。
「幸太郎せーんぱいっ♡」
「おっとと」
恥ずかしがる訳でもなく、僕は当たり前のようにまどかを受け止めた。
あっさりしてるなぁ……って、あれ?
まどか、前の感じに戻ってる……?
「幸太郎くん、早いじゃん!もしかして、待たせちゃった?」
「ううん、大丈夫。暇だったし」
すぐ後から、4人が笑みを浮かべ、僕の前へと到着した。
「朝方に突然、電話してしまってすまなかったな」
加藤氏が軽い謝罪の言葉を述べる。
「ホントに暇だったから気にしなくていいよ。それで、今日は何するの?」
「はいはーい!私から発表しまーす!」
まどかが僕から離れて、右手を高く上げる。テンション高いな、マジで。
「名付けて、黒猫ちゃんと先に仲良くなっちゃおう作戦ーっ!」
……あぁ、そうだった。
「幸太郎くんの顔とか匂いを覚えさせれば、スムーズにモッチの財布が手に入るでしょ?
さらに、先に黒猫ちゃんと仲良くなっておけば、探さなくても向こうからにゃんにゃん寄ってくる!
私ってホント、頭良いなー!」
当日でなくても、黒猫は現れる。しかし今日まで1回も遭遇していない事から分かるように、かなりレアな動物なのだ。
だから、折角フラグを立てたのに、黒猫イベント未達成でモッチの財布を断念……なんていうプレイヤーが後を絶たない。
見つけるのが大変だが、この人数なら人海戦術ですぐに見つかるかもしれない。
……まどか。僕のために動いてくれて、本当にありがとう。
「それで、まずは何をするんだい?」
しゅり先輩が微笑みながら、まどかに問う。
「とりあえず……みんなで、朝ごはん?」
「ハハッ、良いだろう。パルプの中にある、モックバーガーで良いかな?」
「さんせー!!」
めっちゃ楽しそうだな。普通に羨ましい。
パルプは平日10時オープンだが、土日祝は9時から開いている。
入り口を入ってセンターコートを突っ切り、すぐ右に曲がるとモックバーガーがある。
この時間は朝専用メニューとなっていて、例えばハンバーガーの代わりにマフィンバーガーになっていたり、
フライドポテトの代わりにハッシュドポテトになっていたりする。
攻略対象によっては、フライドポテトじゃないと好感度減少、という事があるので気を付けなければならない。
というか、その対象の人物が……。
「あ!この時間ってポテト無いじゃん!失敗したぁー……」
頭を抱える、まどか。やっぱりこうなるのか。
「ハッシュドポテトあるよ?」
無意識の僕が無邪気に発言をする。ダメなんだよねぇ。
「ダメなんだよ!ポテトの、カリッカリしたのが食べたかったの!ショックゥー……」
落ち込み方がエグい。ポテト好きだもんね。
「仕方ないだろう?奢ってあげるから、ガマンしなさい」
しゅり先輩が宥めるように言う。
「いや、そう言う意味で言ったんじゃ……」
「なぁに、元々お金は全員分払うつもりだったんだ。遠慮なく、好きな物を頼みなさい」
「全員って、我々まで!?」
「悪いですよ、桜小路氏!」
「お金無くなっちゃいますよ、桜小路氏!」
親衛隊のみんなが、申し訳なさそうな顔で口々にしゅり先輩へ物申す。っていうか、いつの間に『桜小路氏』になったんだ。
「たかだか数千円くらい、どうってことない。春休みにアルバイトで蓄えた貯金が有り余ってしまってね。
自分の為に使うより、親しい友人のために使った方が有意義だろう?」
出た、しゅりウィンク。もはや高校生の色気じゃないな。
「しゅりちゃん、本当に大丈夫……?」
「まどか君は本当に心配性だなぁ。素直に甘えなさい?」
しゅり先輩の右手がそっと伸びて、まどかの頭を優しく撫でる。
「ひゃっ!?」
「わかったかい?」
「ひゃ、ひゃい……わかり、まひた……」
顔、超真っ赤じゃん。あー、かわいい。この場に居たかった。羨ましい。無意識の僕に嫉妬しちゃう。
各々が注文をし、テーブル席へと移動する。結局、みんなマフィンバーガーセットを頼んでいた。
まどかはというと、セットに付いているハッシュドポテトを、最初は渋々齧っていた。
しかし、口に入れてしまえばフライドポテトも同然である。
すぐに機嫌が良くなって、いつものテンションで話し始めていた。
「みんなでお出掛けって初めてだねー!」
「こういう集まりは良いものだ。普段はカフェで大人しく過ごしているから、新鮮な気分になれる」
「我々は毎週、アニメショップに繰り出している。それにしても、女性と休日を過ごすのは久々だ」
「俺なんて記憶にないよ」
「なんだか急に緊張してきたな……」
「大丈夫だよー!私だって男の子とお出掛けなんてしないもん。
だけど、今は緊張するどころかすっごいワクワクしてて、このままどっか飛んで行っちゃいそう!」
「宇月さん、異世界の僕のために企画してくれてありがとう。明日の僕も今頃、喜んでると思う」
めっちゃ嫉妬してます。でも嬉しいです。
「それで、この後はどうするの?」
無意識の僕がマフィンバーガーをモグモグさせながらまどかに問う。
「まずは、黒猫ちゃんと仲良くするためにエサを買いに行きます!
どんなエサが好きなのか、幸太郎くんは知ってるんでしょ?」
「まぁね」
「オッケー、だったら焦る必要なし!ゆっくり食べてから行こっ!」
こうして、無意識の僕達は和気あいあいとした雰囲気で朝食を楽しんだ。
なるほど、ここにある袋がそのエサって訳だ。
でも、ここにエサがあるって事は、やっぱり黒猫は見つからなかったのだろうか。
真相を確かめるべく、僕は記憶をさらに辿っていった。




