第6.5話 とある副神官長の祈り
前話の後書きに掲載していた他者視点。読みにくいので移動させました。
《 オルドジフ視点 》
去っていく背を見送って、オルドジフは目を細めた。
「――良い子ですよねえ、本当に」
優しく心の根の正しい子だ。出会ったばかりでまだ一日と経ってはいないが、少なくともオルドジフは千歳と接してそう思った。
召喚された異世界人が彼女のような子で良かったと安心する反面、心も痛む。この国が抱えるややこしい問題に巻き込んだり薄汚い権力者に利用されたりしていい少女ではないだろう。
でも、彼も薄汚い権力者の一人だから。
「利用できるものは利用するしかない、か……召喚なんて成功しなければ良かったんですが、それは言っても仕方ないことですしね」
エスパンタリオ付きの副神官長であるオルドジフは彼の決定に従うだけだ。まあ、博愛主義のエスパンタリオが彼女にひどい扱いをするとは思えないし、彼がそんな輩ならはじめから付いていってはいないが。……いや、在るべき世界から引き離した時点で十分にひどいか。柄にもなく偽善ぶるものではない。
(あの子を利用するとしたら私の方でしょうし)
彼女に気づかれないように、エスパンタリオに悟られないように、異世界から召喚された女神を利用してエスパンタリオを大神官に押し上げるのがオルドジフの役目だと考えている。それは、エスパンタリオの派閥の神官たちにとっては正しく、本人にとっては余計なお世話だろう。しかし、召喚の儀も成功したことだし、いい加減に彼にも腹を括ってもらわねばなるまい。
「今の大神官位をあのお二人のどちらかに任せるのは不安もある……ん?」
大広間の隅に珍しい二人組が見えた。
(あの方がこんなところまで出てくるとは……大神官の地位にも召喚の儀にも興味はなさそうだったと思いますが、他に何かあるんでしょうか?)
考えても心当たりはない。あの無冠の帝王の気を引くものなんて、ただ小細工が得意なだけの副神官長にわかるはずもなかった。何より、小心なオルドジフに彼の相手は荷が重い。そういうのは自分の神官長の仕事だろう。エスパンタリオから与えられた副神官長という地位しかない身では、敵対だけはしてくれるなと願うしかない。
残念なことにこういうときの勘はよく当たる。厄介事の気配を感じ、オルドジフはがしがしとやや乱暴に頭を掻いた。気弱そうな彼には似合わない仕草だ。
「……面倒なことにならないといいんですが、ね」
そう呟きながら溜め息を漏らす。
とりあえず、良い子そうなあの少女が争いに巻き込まれて傷つくことのないようにと自分の信じる神に心の中で祈ってみた。ついでに、傷つける相手がオルドジフたちでないようにと。
――――彼の祈りが届いたかどうかは神のみぞ知る。