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最善の導  作者: 雨柚
第一章 三人の神官長と三人の異世界人
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第5話 寄り道をした先で

 千歳が出会った男性二人は金髪の方がヴァルト、茶髪の方はユージィンと名乗った。

 二人は異世界から来たという話を疑うこともなく興味深げに聞いている。召喚の件については、異世界人が召喚されたと知っていたようなのでとくに疑う理由もないのだろう。千歳がこの世界の衣装とは異なる格好をしていたことも幸いした。千歳にとっては見慣れた高校の制服だが、この世界の人々の目にはいささか奇異に映るらしい。


「……っく、くくっ……くはは……っ、はははははっ!!」


 千歳が事情を話し終えるとヴァルトは堪え切れなかったように噴き出し、腹を抱えて笑い出した。それも、彼らしい皮肉気な笑みではなく大口を開けての大爆笑。目尻には涙すら浮かんでいた。

 突然、美形の馬鹿笑いに遭遇した千歳は呆気にとられる。


(イケメンでもこんな風に笑うんだ……)


 普段はそこまで笑うことがないのか、彼と付き合いが長そうなユージィンもヴァルトを見て唖然としている。しかし、それもほんの数瞬のことで、しばらくすると頭が痛いとでもいうように額に手を当てていた。


「ヴァルト様」

「くくっ……、わかってる。ちょっと待て……く……っ」


 何がそんなに面白いのか、ユージィンに名を呼ばれてもいまだ笑い冷めやらぬ様子だ。ヴァルトも抑えようとしているようだが、堪え切れなかった笑い声が口から漏れていた。

 不思議に思った千歳はこっそりとユージィンに尋ねる。


「えっと……私の話、そんなにどこかおかしかったですか?」

「いいえ、むしろ異世界の権力闘争などに巻き込まれたあなたの身の上は同情されてしかるべきかと」

「………………」


 存外、彼もはっきりと物を言うひとのようだ。……大笑いするヴァルトのせいで気が抜けたのかもしれないが。


「ヴァルト様は……ひとの不幸がお好きなようで」


 付け足すように口にされた言葉は千歳ではなくヴァルトに向けられていた。ユージィンの視線を受けてやっと笑いを収める。それでも、口の端がわずかに笑っていた。


「仕方ないだろうが。これを置いていくなど、せっかく手に入れた戦利品を捨てていくようなものだぞ? 笑わずにいられるか」


 ヴァルト曰く“これ”で“戦利品”らしい千歳に自然と二人の視線が集まる。困ったように笑みを返してみた。


「あいにく、私にはそれの何が面白いのかわかりませんね」


 千歳としてはユージィンの言に同意したいところだ。


「異なる世界は神の国。ならば、そこから来たという者は神だろう。あの狂信者が……ミラン・エスパンタリオが神を置いてきぼりにしたんだぞ?」


 異世界が神の国だというのは、この世界もしくはこの国の宗教上の考えなのだろうか。そういえば、この神殿が何を祀っているのかを千歳はまだ知らない。召喚の理由などについてはエスパンタリオたちに聞いたが、それ以外に尋ねるべきことが多かったのでそういったことについては疑問にも思っていなかった。“建国時代に降臨したとされる異世界の女神”という話があったから、もしかしたらそこから生まれた考えなのかもしれない。


 それにしても、狂信者とは……どうやら、ヴァルトはエスパンタリオに対して思うところがあるようだ。少なくとも神殿でもかなりの地位に就いている相手に対する言い草ではないと思う。

 千歳にはエスパンタリオは突然泣き出す変人くらいにしか見えなかったし、接したのは短い間なので実際のところはわからないが、女神などと言い出したことから考えれば信心深いひとなのかもしれない。逆に、ヴァルトの方は見るからに神なんて信じていなさそうだ。なぜ神殿にいるのだろうか。


「敬虔なエスパンタリオ神官長にしては珍しいことかとは思いますが……神々の一柱というより、可愛らしいお嬢さんですし」


 ユージィンはちらりと千歳の方を見た。


 お世辞だとはわかっているけれど、さらりと可愛いなんて言われて思わず照れてしまう。小中高と学校こそ共学だったものの、ずっと母と二人暮らしだったせいで千歳は異性に慣れていないのだ。とくに、同世代ならまだしも年上の男性に接する機会なんてそうはなく、憧れのようなものがあることを千歳は自覚していた。男性の好みとしていえば、千歳の父親でもおかしくないくらいの年齢の男性が好みだったりする。……こういうと何かを察したような顔で見られるのであまり口には出さないが。


「これの話の通りなら、ミラン・エスパンタリオはこれを女神と呼んでいるんだろう」


 ヴァルトはそこでいったん言葉を切る。端正な顔に浮かんだニヤリとした笑みに碌でもないことを言い出しそうだと思った。


「普段から神への畏敬だの何だのと語っている男が、自分の呼び出した女神を放り出したんだ。ぜひ、聞いてやりたいね――神を捨てた気分はどうだ、と」


 ピシッと空気にヒビが入った音が聞こえた気がする。

 ここにエスパンタリオ本人とその取り巻きたちがいたらこんなものでは済まなかっただろうが。それでも、十分に不穏な発言であることに変わりはなかった。

 ユージィンも深く突っ込んで聞くのではなかったと頭を抱えている。彼は気苦労が多そうだ。


「……お願いですから、比較的に穏健派で知られるエスパンタリオ神官長を敵に回さないでくださいね」

「ハッ、そういうやつこそ敵に回すのが面白いんだろうが。あの腹の底では何を考えてるかわからない男がどう出るか、興味深いとは思わないか?」


 ユージィンの言葉を鼻で笑ったヴァルトは心の底から楽しそうだ。彼を見てなんとなく性格が悪そうだと思った千歳の考えは当たっていたらしい。


「まったく、思いません」


 ニヤニヤと笑うヴァルトの言葉を強く否定し、ユージィンは深い溜め息を吐く。千歳はその疲れきった表情にお疲れ様と声をかけたくなるのをぐっと堪えた。


 これ以上ヴァルトと話していても仕方がないと思ったのか、ユージィンは千歳に向き直る。


「申し訳ありませんが、今の話は聞かなかったことにしていただけますか?」

「え、あ……はい。もちろんです」

「良かった。では、そのお礼と言ってはなんですが、ぜひ大広間まで案内させてください。神殿の構造は複雑ですし、初めてではわからないでしょうから」


 能力を明かす気のない千歳にその申し出を断る理由はない。

 こうして、千歳とユージィン、それに面白がってついてきたヴァルトという組み合わせで大広間に向かうこととなったのだった。



   ◇◇◇



 ユージィンとヴァルトは神殿騎士という役職にあるらしい。

 また、この神殿には騎士の間に序列がないそうで、年齢や力量に差はあれど地位としてはみな同じなのだという。


(でも、確か……ユージィンさん、ヴァルトさんのこと我が主って呼んでたよね?)


 大広間までの道中二人から――主にユージィンから話を聞きながら、千歳はそんな疑問を抱く。

 いくら異世界とはいえ、同僚に対して主と呼びかける風習はないだろう。それに、同格だというのならユージィンに対してのヴァルトの態度は随分偉そうに見える。何より、彼らの関係は単なる同僚には見えない。


(やっぱり、何かあるのかな?)


 気にはなったが、初対面でそこまで踏み込んでいいものかわからなかったし、聞かないことが“正解”だったから、千歳は疑問を胸の奥に仕舞った。


「なんだ」

「どうかしましたか?」


 千歳が二人の様子をうかがっていると同時に声をかけられる。じろじろと見すぎたのか、やや訝しげな表情だ。

 慌てて取り繕ったが、ヴァルトの方は何か引っ掛かったらしく、しばらく千歳の顔をじっと見つめていた。後ろ暗いことがあるわけでもないのに妙に緊張する。ユージィンは気にしていない様子だったのが幸いだ。


 しかし、二人とも千歳の前を歩いていたし、後ろを見てはいなかったはずなのだが……なんで千歳の視線に気づいたのだろう。気配とか、そういうものだろうか。


 ――左に曲がる。


 余所事を考えていたから、千歳は気づかなかった。いつの間にか自分が二人よりわずかに先を歩いていたことにも、本来なら知るはずのない道を慣れたように進んだことにも――それを、ヴァルトに見咎められたことにも。


「あっ、大広間ってあそこですか?」


 本当はわかっていることを改めて尋ねるのは千歳にとっていつものことだ。


「ええ、そうですが……随分と騒がしいですね」

「あの神官長三人が集まっているんだ。うるさくもなるだろう」

「客人の前でこれとは。神殿に所属する者としてお恥ずかしいかぎりです」


 二人が言う通り、大広間の中はかなり盛り上がっているらしく廊下まで声が漏れていた。扉が開いたままだからだろうが、それにしてもうるさすぎる。神殿とはもっと粛々とした場だと勝手に考えていた千歳には少し意外に思えた。初めに出会った神官たちを見るに賑やかなのが当たり前なのかもしれない。


「大神官は、グリフィス神官長にしか務まらないわ!」

「いいや、イリクリニス神官長の方が大神官に相応しい!!」


 大広間ではかなり大勢のひとが揉めているようだ。

 近づけばはっきりと聞こえてくる声にユージィンは顔を顰めている。意外にもヴァルトはつまらなそうな表情だった。もっと面白がりそうな印象だったので不思議に思う。


「ええっと……」


 さあ入れと言わんばかりに開け放たれた扉を前に、千歳は言葉を詰まらせた。

 目的地である大広間には到着したものの、この中に入って行くのはなかなかに勇気がいる。何やら揉めているうえに見知らぬ場所であれば、なおさら。

 その気持ちがわかったのか、ユージィンは困ったように微笑みながら言う。


「――仕方ありませんね。この様子では入りにくいでしょう。エスパンタリオ神官長か他の神官に私が声をかけて来ます」


 千歳が間髪入れずに“お願いします!”と頭を下げるとユージィンは嫌な顔ひとつせずに大広間の中に入って行った。本当にいいひとだ。


 問題は、この場に残されたいい性格(・・・・)のひとの方だった。


「おい」

「な、何ですか?」


 初めて声をかけられたときのことが尾を引いているのか、千歳の声が裏返る。

 ヴァルトは少し、怖い。ユージィンがいるときならまだしも、いないときに話しかけられると緊張してしまう。あのとき感じた恐怖からさほど時間が経っていないことも関係しているのかもしれない。


「お前、一人でもここまで来られただろう」

「え!?」


 言われたのは想定外のこと。

 身構えていたのに、思わず驚きの声が漏れた。表情に動揺が出てしまっていないか心配だ。


(まさか、バレた……っ!?)


 落ち着こうとしても落ち着けるものではない。

 頭の中は“なぜ”と“どうして”が渦巻いている。内心の動揺を悟られないように必死で表情を取り繕うが、上手くいっている自信はなかった。


「………………」


 心のうちまで見透すような視線に負けそうになる心を立て直して、千歳はぎゅっと手を握り込む。


 能力がバレた? ――まだ。疑われている。

 どこで? ――数か所で二人の先導なく道を進んだ。

 誤魔化せる? ――可能。


(大丈夫、誤魔化せる。“正解”の通りにすればいいだけ)


 能力を打ち明けた方がいいかという疑問に対する“答え”を見られない弱い心には蓋をして、誤魔化せるという“正解”にだけ安堵した。

 能力がバレているわけではない。どうすれば誤魔化せるかも知っている。だから大丈夫だと自分を奮い立たせ、千歳は意を決して口を開く。


「えっと……ヴァルトさんも知っての通り私はこの世界には来たばかりで大広間(ここ)には入ったこともなかったので、一人じゃ来れなかったと思いますよ? 運が良かったら、何時間か彷徨ったくらいで着けたかもしれませんけど……どうして、そんなことを?」


 疑うな。疑うな。疑うな。疑ってくれるな。

 能力になんて気づかないで。おかしいと思わないで。この力を――千歳(わたし)を否定しないで。


「案内されることなく道を進んだ気がしたが、俺の気のせいか?」

「え、そんなことありました? 男のひとと並んで歩く機会ってあまりないので、舞い上がって先に行っちゃったのかも。適当に進んだのに、道が間違ってなくて良かったです」

「………………」


 無言でじっと見つめられる。千歳はそれに“まだ何か?”と首を傾げて見せた。


「………………」

「………………」


 長い、長い沈黙。実際にどうかはわからない。長く感じているのは千歳だけかもしれない。

 疑いの目を向けられながらの沈黙にも心が折れなかったのは……不安になって変なことを口走らなかったのは、千歳が“正解”を知っているからだ。

 能力にばかり頼っていてはいけないのに、いつも肝心なところでそれに頼っている。


「まあ、いい」


 その言葉とともに張り詰めたような空気が緩んだのを感じた。

 誤魔化しは上手くいったらしい。千歳はホッと肩の力を抜く。


「女神様!!」

「……チトセさん!」


 タイミングよく神官を連れたユージィンがやって来た。というより、ユージィンが神官に引っ張られている。

 小走りでこちらに来るその神官には見覚えがあった。彼は千歳に気づくと安堵の息を吐いていて、もしかしたらはぐれたことを気にしてくれていたのかもしれないと申し訳なく思う。


 呼びかけに応えようと――正直、女神呼びには応えたくないが――手を振ると、いきなりその手を取られた。驚いて掴まれた方に顔を向けると、やけに楽しそうなヴァルトと目が合う。それは、楽しそうな笑みなのに獲物を見つけた猛獣を連想させるような物騒さで。千歳の心が不安で占拠されるには十分だった。

 非常に、嫌な予感がする。


「迎えも来たようだし、今回は見逃してやるが……お前に興味が湧いた。俺は隠されると暴きたくなる性質なんだ――これからが楽しみだな、チトセ?」

「ひ……っ」


 まるで蛇に睨まれた蛙のように千歳はその場で固まった。そんな千歳の反応を軽く笑って、ヴァルトは悠々と大広間の中へと入って行く。その際に肩を叩かれたユージィンは訝しげにしながらも千歳に一礼してヴァルトの後に続いた。

 二人の背を見送りながら、千歳は内心冷や汗をかく。


(誤魔化せてない、よね?)


 異世界に来て早々、厄介な相手と知り合ってしまったようだ。



 ――――今さらながらにその事実に気づいた千歳は今日の行動をやり直したいと心の底から思った。





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