第21話 道草は友人と
結局、アビゲイル主催のお茶会が開かれたのはあれから三日後のことだった。
ミランに確認をとった千歳が出席する旨を伝えたのが誘われた翌日。一週間くらいは先だろうかと考えていたが、その場で二日後が開催日だと告げられた。実ははじめから日程が決まっていたのではないかと勘ぐってしまっても仕方がない。
意外というほどでもないかもしれないが、お茶会参加への許可自体はかなりあっさりと出た。
三日前、千歳がミランとオルドジフにお茶会に出席したいと言ったら、彼らもアビゲイルから話は聞いていたらしく快く承諾してくれた。神官長同士は対立しているはずなのだが、その辺りは気にしないのだろうか。まあ、千歳がミラン以外の神官長と少し関わった程度で何か不都合があるとも思えないから、当然といえば当然かもしれない。
一応、何かしらの危惧を抱いていないわけではないらしいオルドジフに“念のために誰か女性の神官をお供に付けましょうか?”と訊かれたが、ミランの派閥で仲の良い女性神官はダナくらいだし、さすがに断った。もし、ダナをお茶会という名の女子会に誘ったらどんな反応をしたのか興味はあったけれど。きっといつもの呆れ顔で馬鹿にされたに違いない。
千歳とてオルドジフの言う“念のため”に不安を覚えないでもなかったが、そもそも女性神官のほとんどはアビゲイル派で他の派閥にはあんまりいない。
ミラン派は信心深いひとが多くやや年齢層が高めの印象だ。
カミロのところはまだよくわからない。たまたま見かけると“見なかったことにしてください”となぜか飴をくれる。ソフィアも同じらしい。グラウクスは何か後ろ暗いことがあるに違いないと言っていたが、そんなに悪い雰囲気でもなかった気がする。カミロの補佐らしいバルデムは口数が少ないので近寄りがたく感じるけれど、いつも眉間にしわを寄せている悪役顔の神官長よりはマシだろう。それに、グラウクスに噛み付かれているときのバルデムは無愛想ながらもどことなく困った雰囲気を漂わせていて、やっぱり悪いひとではないと思う。嫌味に言い返しているところも見たことがない。
「全員揃ったわね。では、始めましょうか」
耳に入ってきたアビゲイルの言葉に、ようやく千歳は我に返る。
お茶会までの経緯を思い返していただけなのに、いつの間にかつらつらと取り留めもないことまで頭に浮かんでいたようだ。
お茶会の参加人数は千歳を含めて六人。事前に知らされていたアビゲイルとソフィア、イーディスに加えて初めて会う女性神官二人が目の前に座っている。思っていたより小規模なお茶会のようだ。あんまり大勢だと緊張してしまうのでこれくらいでちょうど良かったかもしれない。
「まずは皆、私のお茶会に出席してくれてありがとう。今日は特別なゲストがいるから自己紹介から始めましょう」
困ったことに、主催者の発言のせいでその全員の視線が千歳の方に向かっている。ここで余裕の笑みでも浮かべて視線を跳ね返せれば格好いいのだろうが、もちろん千歳にそんな度胸はない。日本人らしく曖昧な笑みを浮かべるのがせいぜいだ。
「必要ないと思うけれど、主催者の私からしましょうか。私はアビゲイル・グリフィスよ。この場ではただのアビゲイルでいいわ。皆、立場なんて無粋なものは放っておいて美味しいお茶とお菓子とおしゃべりを楽しみましょうね」
どうやら今日は無礼講らしい。
異世界に限らず、偉いひととの接し方とかお茶会のマナーとかには自信がないので正直なところ有り難い。かといって、神官長相手にフランクに話せる気もしないけれど。千歳だけでなくソフィアやイーディスもそうだろうから、あまり砕けた場にはならなそうだ。
「次はソフィアね」
「え、わ、私ですか?」
二番手だとは思ってもみなかったようで、ソフィアが盛大にどもる。周りを見回してあたふたし出した。
ソフィアに振った本人は“困った子ね”と溜め息を吐いていて、見知らぬ二人は彼女に生暖かい目を向けている。アビゲイルの派閥では、ソフィアはこういう性格だと受け入れられているのかもしれない。
(話には聞いてたけど、ソフィアさん、アビゲイルさんたちと本当に仲良くなったんだな)
仲良くなったというより可愛がられているというほうが正しいかもしれない。もしくは気に入られている、か。ともかく、アビゲイルからソフィアへの言動の端々に、自分が召喚した異世界人というだけではない好意が窺えるのは確かだ。
(イーディスも……って、あれ?)
ちらりと隣に目をやると、イーディスは一人きりっとした顔をしている。どこか緊張しているようにも見えた。彼女もアレシュ曰く下っ端らしいので、無礼講と言われていても神官長を前にしては緊張せざるをえないのだろう。
「ソフィア・ストレーガです。ま、魔法が得意……です」
やっとのことでソフィアが自己紹介を終わらせた。とはいっても、顔は俯いていたし声もぎりぎり聞こえるくらいの小さなものだったが。
アビゲイルは“不満はあるがまあ及第点”といった顔をしている。思い返してみれば、千歳が初めて会ったときのソフィアの紹介はアビゲイルがしていた。それに、初日のやり取りを考えるとソフィアが胸を張って――は言いすぎか。ためらいがちにでも魔法が得意と言えたのはすごいことかもしれない。
「じゃ、次はイーディスね」
「……私でよろしいのでしょうか?」
イーディスの視線は残りの二人に向いている。彼女の様子から察するに二人のどちらか、もしくは両方とも彼女より立場が上なのだろう。
(そういえば、確か服の袖が違うんだっけ)
ふと、いつかの会話を思い出した。
立場や階級で神官服の袖に施された縁取りの色が違ったはず。あのときのオルドジフからは正規の神官が濃紺で見習いが水色としか聞いていなかったが、後で確認したらミランは銀色でオルドジフは紫色だった。金色は大神官だから今はいなくて、神官長補佐は何色だっただろうか。緑系統は低位神官から中位神官に多いと聞いた気がする。
そっと目の前の二人の袖の辺りに目をやった。一人は見慣れた濃い紺色が見て取れたが、もう一人の方はここからでは見えない。
――橙色。神官長補佐の一人。
使うつもりのなかった能力が正解をくれる。まあ、これくらいのズルは許されるだろう。千歳がミラン派に所属しているとは言いたくないが、仮にも他派閥のお茶会の席である。偉いひと相手に失礼があってはいけない。
「特別なゲストは最後が相応しいし、あなたはもともと知り合いでしょう? 手短に済ませていいわよ」
「わかりました。イーディス・キャンベルと申します。実家は商家を営んでおります」
「堅いわねえ」
ハキハキとした面接中のような自己紹介にアビゲイルが苦笑を浮かべた。
「じゃあ、次はヘザー」
「わたくしはコールドウェル家の次女でヘザーと申します。グリフィス神官長のような淑女になるのが夢ですの」
(お嬢様だ! この子、絶対にお嬢様だ!)
絵に描いたようなお嬢様の登場に内心でおののく。
聞いた話では、この神殿には貴族の令息令嬢がそれなりの数在籍しているらしい。神殿内で地位を持つ者もいるが、血筋に反して下位に属する者も少なくないと聞いた。
彼女の位を示す色は濃紺。身分は貴族でも、平民だというアレシュやイーディスとここでは同格というわけだ。
(貴族にとって神殿は要らない駒を置く場所、か)
最近、千歳に異世界での常識を教えてくれている相手の言葉を思い出してしまい、思わず顔を顰めてしまう。我ながら、あの口の悪い男に物を教わるのはそろそろ止めた方がいいかもしれない。……悲しいことに現状ではこちらから関わりを断つことができないのだが。
「ヘザー、この場ではアビゲイルでいいわよ。ずっと“グリフィス神官長”なんて呼ばれていたら息が詰まっちゃうわ」
「わかりました。では、アビゲイル様とお呼びしますわね。ふふ、なんだか新鮮です」
ヘザーはそう言って上品に微笑した。
彼女に微笑み返した後、アビゲイルが最後の一人に目配せする。
「初めまして、チトセさん」
橙色が視界を掠めた。
「ジェマ・クェンビーよ。ヘザーと違って私は貴族じゃないから、気軽に接してね」
お手本のように綺麗なウィンクが飛んでくる。ちょっとお茶目なひとのようだ。
容姿からしてアビゲイルと同年代のようだが、神官長を務めている彼女より親しみやすそうな雰囲気があった。見るからに年上ではあるものの、ジェマの地位を知らなかったら近所のお姉さんくらいの距離感で接していたかも。
「ありがとうございます、クェンビー補佐。私はチトセ・チズと申します。エスパンタリオ神官長にお世話になっている異世界人です」
自分でも声が強張っているのがわかった。失礼のない程度に砕けた態度で返したかったのだが、思いきり失敗したらしい。
周囲からの視線を感じる。やっぱり堅すぎたか。
(“異世界人です”って自己紹介、ちょっと面白いかなって思ったのになあ……)
これは、だいぶ滑っている空気だ。そもそも、こういう場でセンスのない千歳が笑いを取るのは難しかったのだろう。
「あなた……」
ジェマが口を開く。
つまらないとか言われるのだろうか。元の世界で友人に"そのギャグつまんない”と言ってしまったことは謝るから勘弁してほしい。
「私の役職を知っていたのね」
「え?」
思いがけない一言に目を瞬かせる。
「誰が教えたのかしら。驚かせようと思ってたのに。まさかソフィア?」
「ち、違います」
「じゃあ、イーディスね?」
「違います。というより、そんなこと企んでたんですか、クェンビー補佐」
即座に否定したイーディスは呆れ顔で首を振った。
千歳が思っていたより彼女たちは仲が良いらしい。言葉には親しみが込められていた。
「私じゃないわよ。アビーが言い出したの。私はそんな趣味の悪いこと言い出したりしませーん」
「あら、私の趣味が悪いって言いたいわけ? いい度胸ね、ジェマ。あなたの分のお茶菓子はヘザーにあげることにするわ」
「ありがとうございます、アビゲイル様。たくさんあるので同室の子と食べますね」
千歳が驚いている間にどんどんと会話が進んでいく。
自分と同じ状態を期待してソフィアの方を窺うと、彼女は楽しそうにニコニコと笑っていた。アビゲイル派ではいつもの光景なのかもしれない。
千歳には見覚えのない光景のはずなのに、なぜだか懐かしい気がして不思議に思う。その理由にはすぐに気がついた。
(……皆、どうしてるかな)
元の世界にあるものを思い出す。友人たちとくだらないことで笑い合っていた日々が懐かしい。
優しくて寂しくて苦くて……でも温かい、郷愁のような感情が湧き上がって――消えていく。帰りたいと泣く前に真実を知ってしまった千歳には、故郷は遠すぎる。
この世界に留まりたいと思う理由はないのに、日に日に帰りたいとも思わなくなっている。
(だって……)
だって、あの世界には母がいない。
母が亡くなったという現実だけが、息をしている。それは千歳にとって何より残酷なことだ。
「ちょっと待ってよ。それはひどいわ」
暗い思考を振り切るように、目の前の彼女たちの言葉に耳を澄ませる。まあ、澄ませるまでもなく聞こえてくるのだけれど。姦しいとはまさにこのことだろう。
「だったら、撤回する?」
「でも、ホントに言い出したのはアビーだし……って、そうよ!」
お茶菓子取り上げの危機を脱しようとしてか、ジェマが突然大きな声を上げた。
ばっちり目が合ったけれど、千歳にはお茶菓子をどうにかする力はないので諦めてほしい。彼女の助けにはならないだろう。
「私の役職、誰から聞いたの?」
強引にでも話題を変えて誤魔化そうとしたらしいジェマの問いは、千歳にとって有り難くないものだった。
(いやー、実は誰にも言ってないんですけど私って変な能力を持ってて、それでわかったんです……なんて言えないしね)
言った方がいいのかと能力で確認することすらできない臆病さだ。この場で隠し続けた力を明かせるわけがない。
どうにかこの場を乗り切ろうと口を開き、それっぽい言い訳を探す。
「袖が見えたんです。橙色は神官長補佐だと聞いていたので」
嘘ではない。縁取りの色については知っていた。神官長補佐の色なんて忘れていたけれど、そんな事実はおくびにも出さない。
真実は胸のなかに秘めたまま。
「あー、やっぱり。だから、袖は隠そうとしてたのに」
「はじめは見えなかったんですけど、自己紹介のときにちらっと見えたので」
すらすらと紡がれていく言葉は、千歳自身が考えたものなのか、それとも。
―――どちらだったとしても大きな違いはないのではないかと、千歳にしては珍しくそんなことを思った。




