第17話「厨ブキも実態を知ると身近に感じられるかもよ? その2」
今日も今日とて曇り空。いつかは降るだろうが、今はまだ。そういう天候である。
そんな中でいつもの邸宅に、ニシワタリと犬飼美咲がいた。サティスファクション都と城茂美は今はいない。なので、わりと珍しい取り合わせでの、お留守番である。
(美咲さんは聞いてこないからいいようなモノノ)
ニシワタリは少し冷や汗ものの状況にある。実は、今日は美咲の誕生日である。なのでサティスファクション都と茂美は、サプライズでプレゼントを渡す為、その準備に出ているのだ。そのことを悟られないように、とニシワタリはきつく言われている。
(あの二人がいないんじゃあ、勘付かれそうデスケドネ)
ニシワタリは、この家のWii Uにある自分のアカウントで、『スプラトゥーン』をしている。美咲は、それを食い入るように見ているというのが、今の状況だ。美咲にサプライズについて勘づかれた様子は見えない。とはいえ、いつ気が付くか分からないというチキンレースめいた雰囲気である。ニシワタリも肝を冷やしている。
(トイウカ、プレゼントを買うなんてそれこそ鬼女の走狗とか言われているワタクシの仕事デショウ。なんで今回に限って自分で行きまスカネ、あの大妖怪)
そんなことを考えているので、ゲーム上のキャラの動きは精彩を欠く。凡ミスで着水して、やられてしまう。そして、時間切れ。
「あー、もう!」
「今日はニシワタリさんの動き、なんだか荒いね。何かあったの?」
「そりゃあ、ワタクシだって特に理由なく調子悪い日くらいありマスヨ」
「そういうもの?」
「そういうものデス」
ピシャ、と言い切り、それ以上の追求の空気を断つニシワタリ。しかし、美咲はそこに気付いた様子もなく、普通に話を続ける。
「そういえば、あたしってニシワタリさんのこと全然知らないなあ、って今気づいたんだけど、質問していい?」
話が突然過ぎるが、自分に意識が向いてサティスファクション都達のことに気付かないなら、それに越したことはない。とりあえず、当たり障りのない会話に持っていこうと、ニシワタリは画策する。
「あんまり極端な質問には答えられマセンヨ?」
「それくらい分かってるよ。じゃあ、まず、どれくらい生きているの?」
「そうですねえ。歴史の順番で言うと江戸時代辺りからデショウカネ」
「結構歳なんだね」
「歳とは言わないでいただきたいデスネ。元々人と同じような年月日で定められた生活をしていた訳でもありマセン。そもそもいつ生まれたかも定かではないノデス」
「そういうものかあ。……年月日?」
(ああっと、失言!)
一瞬自分の誕生日のことを思い出しそうになっている美咲に、ニシワタリは無理やりに声を浴びせた。
「それより、他に聞きたいことはありマセンカ? 例えばサティスファクションとの出会いの話とか」
「それ、いい。どういうのだったの?」
食い付いた、と確認して、ニシワタリは出会いの話をし始める。
「サティスファクション都。昔は緋の国の鬼女と呼ばれていた妖怪と出会ったのは、……、確か明治に入った辺り、ワタクシが100年程生きた頃デショウカ」
「江戸中期の生まれだったんだね」
「そこ納得する所と違いマスガ、それはサテオキ。ワタクシとしては、今は亡き緋の国の、その名を冠する鬼女に会いに、それも倒しに行ったのデスヨ。だいぶ力を無くした過去の大妖を倒し、名を挙げるタメニ」
「下剋上だね! でも、今の関係からすると考えられないね」
「そうデスネ。それは今のワタクシも信じられないデスヨ。何せ、その戦いでワタクシは殺されかけましたカラネ」
「都ちゃん、強かったんだね」
「ええ、最初は余裕だと思ったんデスガ、それはじゃれていただけで、本気を出されたら一撃でノされマシタヨ。その後、食われそうにナッタノヲ、必死のおもねりで命を拾ったんデスガネ。その後は、ワタクシは鬼女の走狗、と呼ばれるようになるくらい、使いっぱしりをさせられるようになるンデスヨ」
「前にパッションさんも言ってたね。相当広くその名で知られてたってことかな?」
「デスネ。非常に不本意デスガ」
思い出して顔を斜めに歪めつつ、さておき、とニシワタリは斜線を引く。
「まあ、そのおかげでそこそこの大妖には成れたので、少しは感謝してもいいかもしれマセンガ。それに、色々と知っていることもありマスシネ」
「知っていること?」
美咲の疑問符に、ニシワタリは頷いて答える。
「あのサティスファクション都の、弱みと言いましょうか」
「弱み……」
「知りたいですか?」
ニシワタリの顔に笑顔が浮かぶ。朗らかなそれは故に蟲惑的なものは感じさせない。だが、何か嫌な予感を美咲は覚える。
「えと、それは……」
「あなたには知っていてもらいたいデスネ、美咲さん。ここ一で効いてくると踏んでいマスカラ」
「えと」
実は、とニシワタリが強引に話そうとしたその時、電子音が響いた。そして声がする。
『サティスファクション? いますか?』
スピーカーから聞こえるのは、パッション郷の声である。どうやらパソコンを常時点けて、何時でもコンタクトを取れる形にしてあるらしい。
「サティスファクションならいマセンヨ」
『そうですか。ちょっと時間を間違えたようですね』
いい所で、という雰囲気のニシワタリの言葉に、そう返すパッション郷。時間、と言う部分に美咲は反応した。
「時間を合わせて、何をするつもりだったんですか?」
『ふむ。あなた達なら話してもいいでしょう。実はサティスファクションが「“96デコ”が強過ぎィ!」とか言っていましてね。使い手のわたしとしては、ちゃんと理解しないでそんな事を言うのが許せないので、きっちり教導してあげようと思いまして』
「暇デスネエ」
『否定はしませんよ。しかし、そうなると待つのが退屈ですね。……』
何かの思案に入るパッション郷。しばらく無言の時間となる。
「……どうしたらいいかな?」
「下手に機嫌を損ねるのもヤバいデスヨ。あれでサティスファクションとガチで対抗できる大妖デスカラネ」
などと喋っている間に、パッション郷は、ふむ、と納得の声を上げる。
『このまま待つのも癪なので、あなた達に“.96ガロンデコ”についての話をして、サティスファクションに伝えてもらいましょう』
「無茶苦茶言いマスネ」
『では、“.96ガロンデコ”について、覚えてもらいましょう』
有無を言わさず始まった。
『まず“.96ガロンデコ”の基本情報から。メインは射程長めで長距離シューターの部類に入るものです。そしてサブが“スプラッシュシールド”、スペシャルが“ダイオウイカ”です』
「聞くだけだと、強いって言われる感じじゃないですね」
美咲の素直な言葉に、そうですね。とパッション郷。
『ぱっと見では「それ程でもない」と謙遜しそうな所ですが、ちゃんと見ていけば強みが、そして同時に弱みも見えてくるのです。ということで、強みは何処だと思いますか、美咲さん?』
「強み? うーん。長距離とシールドは相性良さそうだけど……」
悩む美咲に、ニシワタリが助け舟を出す。
「メインの性能、パッションがまだ一つ言っていないことに気付いていマスカ」
「ん? ……、ああそうか、何発で倒せるかは言っていないんだ」
美咲の気付きに、パッション郷はふふふ、と笑う。
『ちょっとずるかったですね。知っているか試してみたんですよ。しかし、長距離とシールドの相性がいい、というのは良い視点です。長距離シューターでシールドがあるのは他に“ジェットスイーパー”辺りですが、しかし“ジェットスイーパー”は四確。対して“.96ガロンデコ”は二確です』
「二発で倒せるんだ! それじゃあ、シールドと絡めたら強みとして挙げられますね」
『そういうことです。“.96ガロンデコ”は射撃時の移動速度が遅いのも弱点であるのですが、シールドがあればそれを意識せず正面からの撃ちあいでは十分な有利が取れます。そしてそれを活用して塗ってスペシャルゲージを溜めておけば、ここぞで“ダイオウイカ”で凌げる訳です。この辺が強いと言われる所以ですね』
「でも、弱みもある、って言いましたよね? そうは思えないんですけど」
美咲の疑問に、パッション郷が答える。
『一見強ブキで、実際強ブキですが、一つ大きい弱みがあるんです。それは、塗り能力が低いという点です。“.96ガロンデコ”のメインは、射程は長く二確の代償として、メインのインク効率が悪く、更に連射速度が遅いんですよ』
「インク効率が悪くて、連射速度が遅い、ですか」
『ええ。インク効率が悪い、ということは連続で塗るのに支障があるということ。連射速度が遅い、ということは素早い塗りが出来ない、ということ。つまり、塗る能力が低めであるということです。“.96ガロン”ではこれをフォローする“スプリンクラー”と“ハイパーセンサー”がありますが、“.96ガロンデコ”には塗る能力の極端に低い“スプラッシュシールド”と、塗る能力はあんまりない“ダイオウイカ”。塗ることに関しては弱みのあるブキなのですよ』
成程、と美咲。
「強みは戦闘面、弱みは塗り面、ということですね」
『そうです。理解がいいですね。さておき、ガチマッチなら相当の戦果をあげることが期待されるブキですが、ナワバリバトルではかなり難度の高いブキと言えるでしょう。そのどちらで戦うかによって、戦い方も違います』
こほん、と空咳してから、パッション郷は続ける。
『ナワバリバトルで戦う場合は、まともにぶつかるのはよろしくありません。こちらのブキ種にも寄りますが、基本的に奇襲で落とすのがいいでしょう。連射力が無いので、一発外すと相手はきついです。そういう部分を突くことが重要です』
ですが、とパッション郷は続ける。
『そもそもまともに戦わないのも選択肢の一つです。ナワバリバトルは畢竟、塗った方の勝ちです。塗りの弱い“.96ガロンデコ”の弱みにつけ込んでいくのも重要です。また、“スプラッシュシールド”の有効な場所に近づかないのも、一つ覚えておきたい所ですね。そこに行くと一方的にやられる、と言う場所がマップにはいくつかあるので、そこに迂闊に近づかないようにしたいですね』
「ガチマッチだとどうなるんですか?」
『エリアならまだ違うんですが、ヤグラとホコでは強みを前面に出され易いので、如何に虚を突くか、が肝になりますね。先にも言いましたが、一発外すと隙大きいので、上手く隙をつけるかが勝負です。足回りが弱い点も突きたいですね』
「おおざっぱデスネ」
『強みを押し付けられると有利な位置を取ったチャージャー並みに辛いブキですからね』
さておき、とパッション郷。
『大体話すことは以上なので、これをちゃんとサティスファクションに伝えておいてください。それでは』
そう言うと、パッション郷は一方的に通話を解除した。
残される、美咲とニシワタリ。
「えーと。なんだったっけ?」
「さっき貴女が言った、“.96ガロンデコ”の強みは戦闘に長けている点、弱みは塗りに長けていない点。でいいんじゃないデスカネ」
「細かい所が忘れちゃったよ!」
「その辺はワタクシがフォローしますよ。……、と」
不意にニシワタリが耳を澄ました。なんだろう? と思った美咲の耳にも、その声が聞こえてきた。
「だからね、城。それは無いって思うんだけど」
「いや、これで合っているったら合っているんだ。何度言わせたら気が済むんだ君は」
「だって、それ普通に可能性低すぎるって思う訳よ。だって……」
「いいから! 安心してくれって言っているだろう!」
「うーん、いやでも」
何やら言い争いである。
(このままの流れでプレゼントフォーユーはないデスナ)
そう思ったニシワタリは動く。玄関まで急いで飛ぶと、意識が向いていない茂美とサティスファクション都の間に登場し、二人に同時にチョップを入れる。
「うお!」
「ひゃん!」
変な声を出す二人に、ニシワタリはきつく言う。
「五月蠅いデスヨ、お二方。……そんな雰囲気でプレゼント渡すって奴がありますか」
後半声を落としたニシワタリの機微を察し、茂美とサティスファクション都も小声になる。
「いや、でも城の選択したプレゼントがちょっと」
「いや、これであっているから。大丈夫だから」
「もういいんデスヨ、それは。とにかく、和やかになっていただかナイト。今の空気はプレゼント渡そうってのじゃないデショ」
「……」
「……」
沈黙を了解と受け取り、ニシワタリは続ける。
「いいデスカ? スマイル。スマイルデスヨ? それがプレゼントを渡すって顔デス。いいデスネ?」
「分かったわよ」
「分かったよ」
「それなら行きマショウカ。美咲さんも待っていマスヨ」
そう言って、ニシワタリは二人をキリキリ先導し始めた。
その後、プレゼントを巡ってまた一悶着あったのだが、それはまた別の話。
.96ガロンデコについての話回でした。ナワバリバトルでは本当に難しさを感じるブキですが、まだ修練が足りないからガチマッチに導入できない、というのでガチマッチの話は大雑把なものに。基本隙を突くのが倒すコツなのは変わらないかと思いますが。
次回はそろそろこの話の幕引きへと、と思っていますがどうなるやら。『スプラトゥーン』ネタならまだ全然あるので、もっとだらだら続けてもいいかもですけど。本当にどうなるやら。




