第一話「塗るって大事かもよ?」
街外れにあるその屋敷には、妖怪がいると言われている。
「妖怪と言うより妖精と言って欲しいけどね」
そういうことを言うのが、その妖怪である。季節は冬から春にかけてであり、なので未だにおこたでぬっくぬくとしている。見るからに暑そうに見えるのだが、ちゃんちゃんこも着ており、まるでだるまの存在感である。その顔は見れば端正である。日本人形という言葉がしっかりくる。しかしそれも着だるまでは存在感は薄い。
その名は。
「サティスファクション都」
だそうだ。
そのサティスファクション都は、湯呑みのお茶をずぞぞと飲む。
「冬ね」
春である。既に春一番は吹いており、寒の戻りも最後の頃である。もう春である。
「何で二度言うのよ、というのはさておき、今日も来たわね」
サティスファクション都がそう言うと、ガラガラと玄関の開く音がした。そしてとたとた歩く音したかと思うと、障子がパーン開く。
「都ちゃん。あのゲームしたい!」
入ってきたのは、サティスファクション都の数少ない、数の少ない、本当に数の少ない友人である。
「しつこいわよ」
「何言ってるの、都ちゃん?」
「いえ、こちらのことよ。美咲」
サティスファクション都の友人、犬飼美咲はそんな事を言うサティスファクション都にずずいと近寄り、犬歯をむき出しにしてやたら興奮していた。犬系、それも大型犬系、更にバカ大型犬の雰囲気を発散されている。ぶっちゃけ身長はそれ程もないのだが、前のめりな行動が大きく見せているのである。
「で、美咲。猪突猛進はいつものことだけど、今日は特に主語が曖昧ね?」
ずぞぞー。と湯呑みを飲み干し、たんっと置いて、一息。その横ではっはっはっはと息を荒げている美咲の落ち着くを待つ。美咲は落ち着かない。
「ちょっと喉乾いた!」
と言うと、この家の勝手を知っているので、どたどた台所に向かい、湯呑み(自分用)にお茶を入れ、戻ってきてごくごく飲んでぷはー!
そして言う。
「ゲームがしたいんだよ!」
「だから、主語が大きいのよ、美咲。ほら、何がしたいとかあるでしょ? ジャンルだとか、特定のゲーム名だとかがね?」
「その辺がすっかりわかるのがゲーム妖怪じゃないの?」
「ゲーム妖精って言って欲しいけど、今はそれよりも、美咲」
「うん」
「私を便利な検索機械と勘違いしている様ね。流石の私も、ノーヒントでどれか、と言われても困るわ。何か分かるヒントを頂戴」
「うーんと、ばしゅばしゅ撃ってばしゅばしゅ倒すの」
「シューティングの類ね。それは浮いてるの? 歩いてるの?」
「歩いたり!」
「歩く、ならFPSかしらね」
「後、潜ったり!」
「潜る」
「あ、あれだあれ、撃ってあちこちべたべた塗るの!」
「……となると」
ゲーム妖怪サティスファクション都の脳内コンピュータが高速回転する。と本人は申しております。
「事実よ」
失敬。
美咲が何言ってるの? と首を傾げるのを手で制して、サティスファクション都はその答えを導き出した。
「『スプラトゥーン』、ね?」
「そう、スポブラトーン」
「『スプラトゥーン』」
「『スプラトゥーン』。それがしたいの! あるでしょ?」
「まあ、ゲーム妖精としては目ぼしいゲームはすべからくするべしよ。でも珍しいわね、美咲。あんまりあの類のゲームはしない方じゃなかったかしら?」
「うん! あの人が撃ってだだだって倒すのはあんまり好きじゃない! でも、あの、『スプラトゥーン』は違うと思ったの! 普通のそういうゲームとは違うって!」
身を乗り出さんばかりの食い付きように、サティスファクション都は中々に面食らう。美咲もゲーム妖怪サティスファクション都のところにくるだけあってゲームをする方だが、FPSやTPSの類を美咲がやっていたのを、サティスファクション都は見たことがない。それがこのバカ大型犬の一直線具合である。なにやら理由がありそうだ。そこで、サティスファクション都は言った。
「いいわ、存分にしなさいな」
「こういうのも変だと思うんだけど」
と、Wii Uをシュバババ手早くセッティングするサティスファクション都に言う美咲。
「あたし、いつもはこのタイプのゲームしないのに、とか、もうちょっと理由とか聞かないの?」
「ゲームやりたいことに対するモチベーションは何でも構わないわね。『スプラトゥーン』は良いゲームだし、する人が増えたら私はそれだけで十分嬉しいの」
単に面倒なことだったらイヤだなと思って、とは言わない辺りがこずるい感じである。
「熟達と言って欲しいわね。さておき、聞いておいてほしいなら聞くのもやぶさかじゃないわよ? 美咲」
「うーんとね、都ちゃんはスプラトゥーン甲子園って知ってる?」
「ふふん、これでもゲーム妖精よ私は。その辺も手広いわよ? 中々の熱戦だったわ」
「なら話は早いかな? 丁度ニコニコ闘会議でそのスプラトゥーン甲子園をやっているのを直接見る機会があったのね」
「ああ、行くって言ってたわねそういえば。で、やりたくなった?」
「うん! 面白そうだった!」
「そういうポジティブな理由、嫌いじゃないわよ? ならプレイしてみる、その前に」
「その前に?」
「これだけは知っておきたい、『スプラトゥーン』の基本の基本!」
どこからともなく紙芝居めいたものを取りだすサティスファクション都。その光景に美咲は何だか訳が分かっていないがとりあえず拍手した。そこにサティスファクション都の咳払い一つ。
「うっ、うん。じゃあ始めるわよ、『スプラトゥーン』についてのお話!」
「サブアカ作っていいの?」
無視して始めようとする美咲を手を伸ばして強引に紙芝居に向けさせる。
「やっぱり妖怪じゃないの、都ちゃん?」
「妖精が手を伸ばしていけないと言う法は無いわよ? それはさておき、まず『スプラトゥーン』をする前に知っておかないといけないことを、あるいは知っておいた方がいいことを、私は言おうとしているのにだからなんで無視するの!?」
「なんでって、やれば分かるじゃない?」
「甘い! 甘いわ美咲。微糖の缶コーヒーみたいに甘いわ」
「大して甘くないんじゃ……」
「黙らっしゃい! とにかく、プレイする前にまず知っておくべきことがあるの」
「うーん、やればすぐ分かると思うんだけどなあ」
「直感型なあなたらしい発言だけど、とりあえず、一つ。一つだけ知っておくだけでいいからちゃんと聞いて?」
嘆願するサティスファクション都に美咲は、「まあ、一つなら」と受け入れる。
サティスファクション都は再び咳払い一つ。
「うっ、うん。いい、美咲? この『スプラトゥーン』というゲームにおいて大事なことはね?」
「うん」
「……塗ることよ」
「……」
それが? という顔をされて、サティスファクション都は怯む。あまりに無垢に、しかしどうしようもなく何で? という雰囲気にのまれそうになるサティスファクション都。
「のまれないわよ? さておき、いい、美咲? この塗ると言う言葉にはたくさんの意味合いがあるのが、『スプラトゥーン』なのよ?」
「そうなの?」
「『スプラトゥーン』というのは塗るゲーム。その理解は正しいわ。でも、それだけでは不足なのよ。ここを理解してプレイするとしないとでは大違いなの。そういうことで、このゲームの塗るというのがどれだけ大きいことなのか、と言う話をしていきましょうか」
ドン! という音が響き、紙芝居の一枚目がめくられる。
“塗るとはどういうことか、分かっているのか!”
と書かれている。
「どう、美咲。塗るということがどういうか、分かっている?」
美咲は小首をかしげる。
「塗れば勝ち、じゃないの?」
「それは正しいけれど、全部じゃないわ。『スプラトゥーン』において塗ると言う行動は、様々な意味合いがあるの。まず」
そう言って、サティスファクション都は紙芝居を一枚めくる。またドン! という音が響く。そう言う仕様らしい。
そこに書いていることを、サティスファクション都は読みあげる。
「“塗ると、勝ちに近づく”。これは美咲の言う通りではあるわ。これはレギュラーマッチとガチマッチでまたちょっと違うのだけれど、とにかく、塗るのが勝利の近道」
「でしょ?」
「そう、だけれども、どうしてそれが勝利に近づくか、というのが不足しているのよ」
「どういうこと?」
「『スプラトゥーン』は自分たちの色に塗っているか、それとも相手の色に塗られているかで、状況が天地の差があるの。スプラトゥーン甲子園を見たなら分かると思うけど、プレイヤーさん達は極力自分たちの塗った色の上に居たでしょ?」
「ああ、うん。言われてみれば」
「それはつまり、ね」
そこでまた、紙芝居がめくられ、ドン!と音が鳴る。
「“こちらの色の上は超有利!”だからなの」
「超有利」
「どれくらい有利かと言うと」
そこでまた、紙芝居がめくられ、ドン!
「いい? まず“イカになって高速移動が出来る”。このゲームのキャラクターがインクリンクという、まあイカなわけだけど、これが攻撃出来る人間態と移動の早いイカ態になれるの。ただ、イカになって高速移動できるのは、自分たちの色のインクの中だけ。つまり、自分たちの塗ったところなら、すすいと素早く移動できるというわけ」
「成程、なんで常にイカになって移動しないのかな、って思った時は、確かに相手の色に塗られた辺り近くだったな」
「でしょ? 次に、“イカ状態になって塗った場所に潜ると、インクが急速回復する”。塗る為にはインクが必要なのだけど、それは人間態ではほとんど回復しないわ。でも、イカ状態になって塗った場所に潜れば、素早く回復するの。これも、甲子園で見た光景じゃないかしら?」
「だから、移動以外でも塗った場所に潜ってるんだ」
「そういうこと。次に、“イカ状態で塗った場所にいると、相手に見つからない”。潜った所から出たのに、相手が気付いてなくてやられているって場面は見たでしょ? あれは、潜んでいると見えないからなの」
「ああ、あったあった!」
「あれはイカ移動していると見えてしまうんだけど、それはさておき、最後に、“塗った場所に居ると耐久力が回復する”。地味だけど、積み重なったダメージのせいでちょっとしたことでやられてしまう場合もあるから、重要よ」
サティスファクション都はそこで一息。既に中身のない湯呑みの、それでも残っているほんのりの残滓で喉を潤す。
「塗ると言うのは、これだけの優位をもたらす行為なの。で、これには裏があるわけよ」
「裏?」
そう、と言うと、サティスファクション都は紙芝居を一枚めくる。ドン!とやっぱり音がする。
「“相手に塗られた場所は超不利”!」
「不利なの」
「そう、不利よ。それもとんでもなくね」
紙芝居がめくられ、ドン!
「ここは一気に行くわよ! “塗られた場所では人間態の移動が極端に遅くなる”。ほとんど動けないというレベルで遅くなるわ。“塗られた場所ではイカ移動が出来ない”、“塗られた場所ではインク回復が出来ない”、“塗られた場所では潜伏出来ない”。つまり、塗られた場所の上ではイカ態になれないから、イカ態による恩恵も受けられない訳ね。で、“塗られた場所では微ダメージを受ける”というのも不利の一つ。これのせいで、普段なら耐えられる段数を耐えられないから、重要よ」
「へー、そんなに違うんだ。というか、有利と不利の差が凄いね」
「そういうこと。『スプラトゥーン』は、こちらは自分たちの色の上に居て、相手はこちらの色の上に居させることが勝利につながるゲームなの。それがまず、分かっているのといないのとではプレイの質が変わってくるのよ。そして、上達にも影響もあるわ。そう言う訳で、こういう話をさせてもらったの」
「んー、なんだか難しい?」
「まあ、もっと単純に言えば、出来るだけ自分たちの色に塗る、というのを心がけるだけで違う、って話だけどね」
「成程、結局塗ればいいんだね!」
サティスファクション都はあれ、何も伝わらなかったか? と思ったが、いつかプレイしていて思い出してくれればいいか。と思い直すのであった。
「じゃあ、とりあえずプレイしてみるよ!」
「最初はチュートリアルだから、きっちりと操作を覚えるのよー」
サティスファクション都は、そう言い残してお茶を補充する為に台所へと足を向けるのであった。この後、いきり立った美咲によってゲーム屋に連れていかれ、Wii Uを美咲の家まで持っていく羽目になるのだが、それはまた別の話。
『スプラトゥーン』についての小説を書きたくなったので、こうやって書いてみた次第。どれくらいかは分からないけどそれなりに続きます。そして、明確にある作品のオマージュとして書いている部分もありますが、元の卓抜さが書いていると理解できます。あれはあれで凄いんだなー。




