七十三話
『大魔女』、マレフィキウムが現れてから戦闘は中断……していたのはオレとルシスだけだった。
アベルの影から這い出てきた黒い何かが複数、ファラとキーリカに襲いかかっている。
だが片や『剣龍』の片割れ、片や『剣鬼』の王の一人。
まるで勝負にならず、黒い何かは一分も経たずに全滅した。
すかさずフリーになったファラとキーリカがこちらに向かって走ってくる。
どうやら加勢してくれるらしい。
しかし、そこで初めてマレフィキウムが動き出す。
「破壊剣技、剣雨」
オレとファラ達を分断するという妨害という形で。
無数の大小の剣の刃が、ファラとキーリカの二人だけを目掛けて降り注ぐ。
「チッ!!」
「展開範囲が広い!?」
盛大な舌打ちをするファラと、驚嘆のあまり普段よりキーの高い声をあげるキーリカ。
剣の暴雨から逃れた二人の視線は当然、上空の『大魔女』に向けられる。
「駄目じゃない、兄弟の再会を邪魔するなんて。無粋ってもんよ」
全身血塗れのアベルと、殺気を隠そうともしないオレを見たこの状況が兄弟水入らず、感動の再会に見えるなら、あの女には戦争すら舞踏会に見えるんじゃないか?
「さあ、空気が読めない邪魔者は相手しておくから二人は存分に再会を祝って。何なら抱き合ってもいいのよ。周りの目なんか気にすることないわ」
空気を読めてないのはお前だ!
しかもアベルに抱擁しろだと? オレに死ねと言ってるのか、あの魔女は。
無言で殺気を増大させるオレを見て、事態をようやく察したのだろう。
マレフィキウムは……何か知らんが嬉しそうだ。
あれ?
察してない?
むしろ何か興奮してないですか?
「つまり殺したいほど二人は愛し合っているのね……素敵!究極の愛の形がここにあるわ!!」
どんな究極形だよ!?
というか何でそんなに興奮してんだよ! 興奮する要素なんか欠片もないだろ!?
「とりあえず邪魔されないなら、それにこした事はないしね。お言葉に甘えて殺し合おうよ、カイン?」
血塗れのままニコリと笑ったアベルは、その手に『神剣』を具現化させた。
《狭間》と呼ばれるアベルの特性が、未だに何なのかすらわからないままだが、やるしかない。
オレは覚悟を決めて……アベルとの距離を一気に縮めた。
初撃をアベルの頭頂部に躊躇いなく振り下ろすが簡単に避けられた。
続けて二撃、三撃と手足を狙って休まず剣を振るがカスリもしない。
速すぎる!
「成長したね、カイン。昔より格段に強くなってるよ」
どちらが兄で、弟なのかわからない発言だな。
「でも、まだまだ精進が必要だね」
優しく諭すように呟いたアベルは、剣を振りきっていた。
いつの間に?
そして何故、オレの左肩から血が出てる?いつ、斬り裂かれた?
まるでオレが認識するのを待っていたかのようなタイミングで、血が飛び散る。同時に痛覚も。
「ガアあぃぃっ!!?」
何だ?
どうやってやられた?
斬られた感触すらオレはわからなかったぞ!?
「ほらほら、混乱しているヒマなんかあるの?」
悔しいがアベルの指摘どおりだ。
混乱しているヒマなんかない。
いま考えるべきはどうやられたかじゃない、次はどうやられないかだ!
一瞬たりともアベルの『神剣』から目を離してはいけない。 だが、そう意識したにもかかわらず、今度は右の太股が斬られていた。
またも認識したと同時に出血、次いで痛みも。
溢れ出てきそうな驚嘆、驚愕を無理矢理押し殺してアベルを睨む。
そうする事でしか、闘志を奮い起こせなかった。
いや、そうしなければオレの心がへし折れてしまいそうだったからだ。
まずい、このままじゃ否応なく負ける! アベルはまだ剣技すら使ってないのに、オレを一方的に追いつめている。
これで混乱するなと言う方が無理だ。
アベルは一切の魔素を展開してないので、幻惑剣技の類いではないはず。
ならば単純に身体能力で凌駕されているだけの結果か?
いや、これは速力だけの問題じゃない。 何かがある。
だがその肝心な何かがまったく見当もつかない。
「くそっ!!早くも絶体絶命かよ」
このまま為す術もなくアベルに切り刻まれるだけの未来だけだと?
「どうしたのカイン?急に大人しくなって?諦めたの?」
「んなわけあるか」
諦める?
諦めるだと?
これしきの事で諦めてきてたら、今この時まで生き延びてねぇよ。
今回も……足掻くだけ足掻いてやるさ。 死ぬその瞬間まで、オレは諦めない!
全身にありったけの魔素を注ぎ、強化剣技を限界まで発動。 更には左腕限定の鬼甲も発動、今やれるだけの全力をもってアベルに挑む!
「あはっ♪それでこそカインだよ。やっぱりカインは……」
最高にバカだってか!?
「カイン!」
「ファラ、余所見しない」
キーリカの忠告に舌打ちする暇すらなく、遥か上空から剣の雨が止めどなく降り注ぐ。
この止まない剣の雨によってアタシとキーリカは完全にカインから分断され、尚且つ距離が遠ざかっている。
無論、マレフィキウムがカインとトゥアラの戦いを第三者に邪魔させない為に、だ。
「キーリカ、鬼甲でこの雨を突破しろ!」
「そうしたいのは山々だけど、この雨の一粒一粒が鬼甲すら貫通する代物だよ。突破しきる前にわたしの全身は穴だらけだ」
「アタシが援護すれば……!」
「それに『大魔女』様をよく観察してみなよ」
言われるがままにマレフィキウムを見上げた瞬間、アタシは無意識に呻いた。
「連続剣技……!」
「しかも魔素の質と量からしてこの剣の雨よりヤバイ剣技だね。さすが魔剣使最強にして、三大魔剣使筆頭と名高い『大魔女』だ。わたしたち二人がかりでも手に余る」
「せめて上空のアドバンテージさえ奪えれば……!」
それさえなければ条件はイーブンなのに……。
「確かに、あの位置さえとられてなければまだ何とか出来たかもしれないけど……運がないね。現状で滞空を使えば的にしかならないし、かといってこのままじゃじり貧。ルシスに希望を託す?」
「いや、ルシスが相手にしてる奴も一筋縄にはいかない。アタシ達がどうにかするしかない」
「しんどいな~……。けどやるしかないか」
剣の雨は降り続ける。
「また会えたなルシス。嬉しいぜ」
「ワタシは獣に会ったところで何の感慨もないが」
目の前にはありあまる闘志をみなぎらせるメルレガが魔素を展開し、ワタシを嬉々として殺そうとしている。
そういえば『逆襲鬼』は全般的に執念深い性分だったな。
「前回の借りを返すぜ!」
「いらないから帰って」
一刻も早くマスターの元に駆けつけたいのに邪魔をするなんて……獣は即座に駆除するに限る。
血気盛んに突っ込んでくるメルレガの首目掛けて二刀交差で挟み斬らんとしたが、寸前に素手で防がれる。
その際にわずかな違和感を感じた。
……気のせい?
メルレガの反応速度と硬度が上昇している?
こんな短期間で?
「おいおい、まさか今のだけでもう見切ったのか?」
今のメルレガの発言で言質はとれた、そして疑問は確信へと変わる。
やはりこの狂獣は成長している。
前回よりもわずかにではあるが、強くなっているのだ。
目に見える形で。
それがどんなに異常な事態で、危険な状況なのかをワタシは理解した。
常に成長し続ける『逆襲鬼』なんて……最悪だ。
今日この場でこいつを殺しきらないと、この獣は更に強くなって後日、またワタシの前に立ち塞がるのは確実だ。
三度目はないと心得ていかないと。
「獣の成長は早いと聞くが本当だな。そこまで人間を捨てているとは恐れ入る」
「人間なんて生き物に愛着はねぇから清々するぜ。まだ獣の方が何倍もマシってもんだ。少なくとも、獣は快楽で同族を殺さない」
「人間も元をたどれば獣だぞ?」
「そりゃあ獣に失礼ってもんだ」
……思考、性格ともに取り込んだ『剣獣』に感化されてる。 以前よりも更に進行している……だが本人に自覚はなし。
まだ人間だと思いこんでいる。
その外見すらも中身同様に歪んできているというのに。
……メルレガも最早他の『逆襲鬼』と同じく、先は長くない。
内部から『剣獣』に肉体と精神を喰い破られ、自滅する。
いや、よくぞここまで制御出来たと評価すべきか。
メルレガが取り込んだ『剣獣』の位階はS級。
常人なら一日ともたない暴獣を、詳しくは知らないが年単位で飼い慣らしていたのはメルレガが初めてだろう。
その精神力だけは賞賛に値する。
だからそれに対して敬意を払うという意味で、貴様は自分が人間だと思ったまま殺してやる。
それがワタシに出来るせめてもの手向けだ。
散れ、メルレガ。
次話は一旦ヴェルガード視点へ。




