六十五話
もはや人間らしさなど皆無な道雪の外見に、しかし気後れすることなくオレは渾身の力を込めて剣を振り下ろす!
道雪に、避けるそぶりや防御する動きはない。
斬った、そう確信した。
手応えは硬い。
手が痺れる。
予測していた手応えとはまるで違う感触に、動揺が隠せない。
何だこれは!?
硬すぎるだろ!!
これは皮膚なんかじゃない、甲殻だ!
オレの動揺した内心を看破したかのように、常に無表情だった道雪の口元がニヤリと歪む。
その意味するところは『鬼甲』という剣技に対する絶対の自信だ。
……上等、意地でもその甲殻を引き剥がしてやる!
動揺などはるか遠くに放り投げ、即座に間合いを広げる。
「属性剣技、火落」
有らん限りの魔素を込めて剣技発動!
着弾、爆発!
爆煙の向こうは…………無傷の道雪。
やはりこの程度の剣技じゃアレは突破出来ないのか。
「……やはり使い手が違うと同じ剣技でも威力がまったく変わるな。ファラ殿に比べるとまるで軽い。やはりあの客人は規格外だな」
火属性のエキスパートであるファラと比べるのがそもそも前提として間違えてるぞ、おい。
それよりも気になる発言をしたな、この『剣鬼』。
「……怪我はファラとの戦いでか?今はどこにいる?」
「さて?今頃は丁重に我が主であるキーリカ様にもてなされてるのではないか?」
「ほざけ」
オレの怒りと連動するように魔素量が膨れ上がり、剣が震える。
もしもファラに何かあったら……。
「『剣鬼』は一人残らず殲滅してやる!」
「なっ!?魔素量が増え続けてるだと!?まさか……」
「マスターの剣が、剣位昇格している?何故このタイミングで……?」
道雪が何故か驚愕している。
ルシスが何故か眉をひそめている。
……今はどちらも関係ない。今は、この剣で道雪を殺すのみ。
「燃やし尽くせ『赤帝覇刃』!」
A級聖剣に昇格した、この力で!
「属性剣技、火落」
練り込んだ魔素の量、質…ともに先ほどとは桁違いの火落を道雪目掛け発動!
慌てたように防御する道雪の腕を、一撃で粉砕。
甲殻は砕け散った。
「バ……カな……!何だっ、この威力は!?『鬼甲』を一撃で粉砕するだと!」
「別におかしくもあるまい、手負いの貴様程度の『鬼甲』を砕いても。……自慢にもならんが」
「……調子にのるな、若造が!!」
まだやる気か、こいつ?
……丁度いい、今のオレならさっき思いつきで考えた剣技も使えるだろう。
よし、まずは左腕に魔素をありったけ集中して……。
「マスター、いったい何を?」
まぁ見ててくれ、ルシス。
上手くいくと思うから、成功したら喜んでくれ。
「限定解放剣技、鬼甲」
左腕に集中させた魔素を解き放つと同時に、オレの左腕は予想通り異形化していた。
よし、成功だ!
やっぱり出来た!
「な、何だっそれは!?」
これが何かだって?お前ならわかるだろ、道雪?
これは部分化した『鬼甲』だよ。
左腕限定の、な。
さあ、まずはさっきの借りを返す為にも一発ぶん殴る!
迷いなきオレの歩みとは逆に道雪はまだオレの左腕を信じられないように凝視している。
棒立ちとはまさにこの事か。
「おい」
オレは既に道雪の間合いに入っている。 なのに迎撃は未だなし。
道雪に呼びかけると同時に、オレは更に間合いを縮める。
「!?」
いつの間に近づかれたかも認識してなかった道雪は言葉も出せないほどに驚いていた。
まぁだからと言って今更この拳を全力で振りきるのを止める気はないが。
「お返し、だ!」
道雪の驚愕した顔に一撃をみまう!
道雪の顔面も鬼甲で覆われていたが関係ない。
オレの左腕はそれすらも破壊し、貫通する。
吹き飛んでいく道雪に、既に意識はなかった。
直後に周囲から殺気が増加した。
兵隊どもが指揮官がやられた事に立腹したみたいだ。
仲間意識が強いのか、道雪が指揮官として慕われていたのか……どちらにしろ事態の好転は望めそうにないな。
囲んでいる数は……だいたい二百前後か。
突破できるといえば出来るが追撃されると面倒だな……皆殺しにしておくか?
物騒な思考がそのまま垂れ流しされ、殺気がもれてしまったようだ。
二百あまりの殺気が全部オレに集中した。
面白い、やるか。
まさに一触即発の場面で不意に左腕をつかまれた。
誰に?
「マスター、力に酔っています」
ルシスのその言葉に急速に頭が冷めた。ルシスはあまり感情を表に出さない。だがその目を見れば何となくそれが伝わってくる……オレの身を案じていると…。何をやってんだオレは?
怒りと優越感で頭の中がお花畑になってたようだ。
本能のままに行動すれば獣同然だというのに……度しがたい阿呆だな、オレは。
「すまん、助かった。どうにも頭に血がのぼりすぎたようだ」
制止してくれたルシスに感謝しつつ、周りを見渡す。
こちらは冷静になったが向こうは未だ肌に突き刺さるような殺気を放っている。この状況を招いたのはオレだから自業自得。
一戦は避けられないな。
「全部隊撤収しろ!ここは『八鬼衆』たるこの十朗太が預かる!」
しかしその覚悟を決めたまさにその時、別の『八鬼衆』が介入してきた。
左目に切り傷のある『剣鬼』の指示で渋々ながらも兵隊達の殺気が遠ざかっていく。
「あれは……」
「知ってるのかルシス?」
「はい。アルブドル山脈で戦った『剣鬼』です。奴からファラは『鬼界』に閉じ込められたと聞き出しました」
……何でそいつが戦いを止める?
増援として加わるならともかく、兵を退かせるなんて理解できない。
「道雪、起きろ」
「……っうぅ。十……朗太、か?」
「おう、お役目ご苦労さん。キーリカ様達もこの結果には満足してたぞ」
「いい……脇役…ぶりだった……ろ?」
「名演技だったよ。あとはゆっくり休んでろ」
「……後半は…演技じゃ……なかっだが」
「……一つだけでも驚くべき事なのに二つもあれば、な。お前だけじゃない、誰も彼もが驚いていたよ」
……会話から察するに十朗太って奴も脇役か。
ならその背後にいるのが脚本家ってわけだ。
こんな二流……いや三流脚本を書いた奴には是非とも挨拶したい(物理的に)
「……今更だがお二方、信用できないとは思うが城まで付いてきてくれ。会わせたい方々がいる」
「あぁ、わかった」
「……即答か。誰が待っているかは聞かないんだな」
「心当たりがあるからな。それに、城にはファラもいるんだろ?」
「あぁ、大事な客人として歓待している」
「なら考えるまでもない。先導してくれ」
「わかった」
ルシスに目配せして頷くと案内役である十朗太の後に続く。まあ、ここから城は見えるんだけど。
「道雪はあのままでいいのか?」
素朴な疑問で少し気になったことを質問してみた。お宅の同僚は負傷して座り込んでいるが。
主な原因はオレのせいだけど。
「あぁ大丈夫ですよ、あれでも『八鬼衆』の一員ですから。しばらく休めば問題ないでしょう」
「そうか」
ならいいのかな?
「マスター、『剣鬼』の心配など無用です。今はファラの方を」
「そうだな、すまない」
優先順位を間違えるなとの指摘に素直に頷く。
やっぱりルシスは『剣鬼』に対して厳しい態度だ。
一向に軟化しない。これは根が深い問題だな。
一人『剣鬼』に関して悶々と考えながら歩いていると、いつの間にか目的地である城に到着していた。
周囲の景色があまり代わり映えしなかったから認識が遅れたが、視線を上に見上げると巨大な城門が目の前にあった。
しかしこれはまた……。
「デカイな」
呆れたように呟いたオレの言葉は、城門が開門する音に掻き消されていく。
そして巨城の城門が完全に開かれた先には見知った顔が一つ……いや二つあった。
やはりと言うべきか、予想していた人物がそこにはいた。
「ヴェルガード」
「よう、久しぶり」
軽いノリで挨拶してくる『鬼神』ヴェルガードとそれに付き従う忠臣の姿を視認すると、傍らのルシスの機嫌が急降下。……これって板挟みってやつ?
唐突に中間管理職の苦労や辛さの一端が理解できたのは気のせいじゃないだろう。
現れるタイミングを考えてくれ、ヴェルガード。
内心、眼前で能天気に出迎えている友人に切実にそう願った。
ヴェルガード再登場!
そろそろもう一人の友人も出る予定です、お楽しみに~




