五十九話
全てを凌駕する『超越者』になる。
そんなホトの勝手な宣言に、しかしそれをすんなり認めるファラではない。
それがこの世界、ロードギアの均衡を著しく崩す要因になりかねないなら尚のこと。
「貴様が超越者だと?アタシやルシス……それにマスターたるカインがそれを許すとでも?」
厳しい口調で否定するファラに、怯む様子もなく飄々とホトは答える。
「許しはしない、か。やれやれ未だに世界の管理者気取りか剣龍?しかも何も知らないであろう自身のマスターをも巻き込もうとは……カインが憐れだな」
「ほざけ外道。貴様が、貴様らが望む世界とやらはカインが望む世界とは真逆だ!」
「ほぅ……つまりは平和で退屈な世界か?」
「あぁ、争いのない、穏やかな世界だ」
「くだらん」
ホトはつまらなそうにファラが語った理想を切り捨てた。
「貴様…!」
激昂するファラを冷たく一瞥するホトは再度「くだらない」と吐き捨てる。
「戦禍と戦火、その果ての混沌こそが唯一人間を進化させる方法なのだぞ?争いがあるからこそ、人間の貪欲な欲望に惹かれてくる『剣獣』と契約できるのだ!……争いなき世界は平和などではない。ただの停滞した世界だ」
「停滞…?」
「あぁ。退化もしないが進化もしないひどくつまらない、くだらない世界だ。そんなものを『剣神』の一人たるカインが望むだと?…………どうやら先達者としてはそんな愚考をしている奴に教育、もしくは矯正する必要がありそうだな」
ホトの不穏な発言に、即座にファラが間合いをつめて問答無用に剣を振り下ろす!
目にも止まらぬ斬撃だったが、ホトは難なくそれを防いだ。自身の全力をもってしての攻撃を片手で苦もなく弾かれたファラが悔しそうに歯噛みするのとは対称的に、ホトの表情はとことん冷めていた。
「……カインがお前達の影響で腑抜けてはこちらとしても困るからな。少しばかり早いが計画を次の段階に移行するとしよう。ついでに試練も与えるか」
ホトは自分以外の誰にも理解できないことを呟くと、神剣『不死神』を地面に突き刺した。
「ゲートを限定開門、対象は術者が指定した存在のみ。以後、このゲートを完全閉門」
当初はホトの攻撃に身構えていたファラだったが、時が経過するたびにようやくホトが何を行おうとしたかを悟った。
だがすでにそれは致命的なほどに遅れていた。
「ホト!貴様は!!」
無駄な抵抗とは自覚していながらも、叫ばずにはいられなかった。鼓膜をも破らんとした龍の咆哮とも言えるファラの絶叫がホトを襲う!
「やかましいな。少し黙れ」
だがそんな咆哮などに視線すら向けずにホトは魔素を展開。
「拘束剣技、光鎖闇縄」
直後に発動したホトの剣技によりファラの頭上から足の先までを隙間なく白黒の鎖と縄が拘束した。以後、ファラは声すら出せずに放置される。
現在、ロードギアと別次元の鬼界とを繋ぐゲートを開いたり、行き来する事が出来るのは『剣神』だけである。
理由は『剣神』のもつ『神剣』こそがそのカギとなるからだ。
『剣龍』の力をもって作られたゲートは、その力でしか操作出来ない。
ならば『神剣』のなかでも唯一、二つの魂をもって一本の『神剣』となる《剣殺》の片割れを鬼界に閉じ込めればどうなる?
「カイン単独は無論、残った片割れだけでは鬼界に行けないし、ゲートの開閉も不可。六本のカギは五本に減る」
そうすれば、今後は誰も開いたゲートを閉じようとする存在はいなくなる。
少なくとも自分とは関係ないゲートが開いていたとしても、すぐに動くような殊勝な精神をもつ『剣神』は皆無だ。
後々になれば分からないが、今はそれで十分だ。
「何と言っても次に開くゲートは過去最大にして特大級だからな」
クククッと一人笑うホトは、ファラだけを対象にしてゲートを開く。
『剣鬼』しかいない鬼界……鬼の世界にこれからファラはたった一人で放り込まれる。
いかに『剣龍』の片割れたるファラでも、無事ではいられない過酷な世界だ。
しかもマスターであるカインは助けにも来られない。
「アハハハハハハハッ!!さいっこうだな!やっぱり未熟な『剣神』にはこれくらいの試練を与えないとな、ハハハハハハッ!」
拘束され、一言も喋れないファラは抵抗することも出来ずに足元からゲートへとのみこまれていく。
「……!………!!」
「何も聞こえんよ『剣龍』。ではせいぜい向こうで元気に暮らせ。な~に、いずれは頼もしく成長したカインが助けに来てくれるかもしれんぞ?何百、いや何千年もかかるかもしれんがな?」
面白くて仕方ないとばかりに笑い続けるホトを睨むことも出来ないままに、ファラはこのロードギアから強制的に退去させられた。
行き先は鬼界。
『剣神』以外では独力での帰還は不可能な異世界へ。
そしてゲートは無情にも閉じられる。
ゲートが閉じてから約一分ほどしてようやく笑い続けていたホトの笑い声がピタリとやんだ。
「さて、計画の前倒しをあの二人に伝えなくてはな」
もうこの場に用はないとクルリと振り返ったホトの前には茫然自失に立ち尽くす十郎太がいた。
こいつは誰だったかな?と記憶を探りおよそ十秒ほど経過してからようやく思い出した。
そういえば『剣鬼』がもう一匹いたなぁ、と。
ファラを異世界流しにするのに夢中で今の今まで忘れていた。
「なんだ、まだいたのか?」
そのあまりの無関心な言葉にも、十郎太は何も反応しなかった。
(……つまらん素材だ)
ホトが十郎太に対して興味を示したのはほんの一瞬。
すぐに見切りをつけて十郎太の横をただ通り過ぎる。
そのすぐ後ろを今や従順な下僕となったアンデッドのデクリオンが続く。
(サンプルは十分に揃ったしアレはいらんな。何かの役には立つかもしれんが、それほど魅力的にも見えんし)
関心など微塵もなくし、数百の剣鬼兵を連れて自身の拠点へと転送し、ホトはアルブドル山脈を後にした。
残ったのは使えないと判断した剣鬼兵の死体と、生き残った十郎太のみだった……。
ルシスがアルブドル山脈に到着した時には、全ての決着がついていた。
瓦礫と化した『剣鬼』専用の拠点となるはずだった砦跡には、先刻対峙した『剣鬼』の幹部クラス一人、十郎太。
あとは死体だけだ。
(ファラは……いない。気配も何も感じないし、テレパシーも応答なし、か)
ルシスは再度周囲を見渡すがやはり十郎太以外は誰の姿も視認できない。
生き残りは十郎太のみ。
ルシスは『剣鬼』に話しかけるのも嫌だったが、それを何とか我慢して十郎太に声をかけた。
目撃者はコイツしかいないのだから仕方ないと殺意を押し殺しながら。
油断なく、慎重に。
「ファラはどこだ?」
完全には抑制しきれていない殺気が言葉の端々から漏れているが、構いはしないとばかりに割り切って再度ただ立ち尽くしている十郎太に話しかける。
二度目の呼びかけにようやくルシスという存在に気付いた十郎太が、ルシスへと視線を向けた。
十郎太の目には何も映ってはいなかった。
あえていうなら虚無か?
十郎太はルシスを見ているようで見ていない。
まるでここより遥か遠い何処かを見つめているようだ。
(ホトの幻惑剣技にでも精神をやられたか?)
ならば何を聞いても無駄だろうと危惧したが、幸いそれは杞憂に終わった。
「『剣龍』の片割れか……」
と見た目に反してしっかりとした口調で呟いたからだ。
未だに正気かどうかすら判断しかねるが、喋れるなら多分問題はないはず。
(どうやらこちらの事も認識できるようだし、壊れてはいないはず)
そう結論付けて、ルシスは十郎太に三度問う。
「ファラはどこだ?」
「……あんたの片割れか?アレなら突然現れた化物にゲートの向こうへ送られた」
淡々と語る十郎太のその言葉に、ルシスは少なからず衝撃をうけた。
足元がグラリとゆれた。
だが強靭な精神力をもって何とかすぐに持ち直し、踏ん張る。
自分の今の顔色は蒼白だろうなと自覚しつつも、この事態を一刻も早く把握しなければと自分自身を叱咤しながら。
十郎太が言っている化物とはおそらくホトのことだろう。
確かにアレはもう化物みたいなものだ。 肉体にしろ、その精神構造にしても。
「……それからその化物とやらはどうした?」
「ゲートを閉じて去っていった。あとは何も知らない」
……ゲートの向こうは鬼界。
『剣鬼』のみしかいない敵地だ。
ファラの事だから簡単には死なないだろうがたった一人ではあまりにも不安だ。
(こうしてはいられない、すぐにマスターに報告しなくては!)
ルシスは急いでカインの元へと転移した。
再び一人だけ残る形となった十郎太だが、その場から動くことはなかった。
数日経過してもその姿はアルブドル山脈にあった。
一週間後も同じ位置にいた。
二週間後も。
だが一ヶ月後、そこには誰もいなかった。
十郎太という名の『剣鬼』がその後どうなったのか?
今のところは本人以外、誰も知るよしはない。
次話からはカイン達を取り巻く周囲が動きます。




