五十六話
上条△!!あんな主人公を作りたい。
時を少し遡る。
場所はアルブドル山脈。
そこでの戦闘は一方的な展開だった。
終始双頭の剣龍が剣鬼を圧倒し、大した傷も負わずにデクリオンを抹殺。
残る十郎太も軽くはない負傷にこの戦いの勝敗は決した。
だが状況は一転する。
勝負の天秤が揺れ動く。
まるでこのまま終わってはつまらないと神が気まぐれを起こしたような絶妙なタイミングで。
『マスター!?』
今の今まで表情が動くことなどなかった龍が突然、まるで世界の終わりだといわんばかりに明後日の方向に視線を向けた。敵を前にしている状況では致命的なミス。あまりにも無防備、あまりにも迂闊な行動。
しかし十郎太は動かない。
否、動けない。
千載一遇ともいえるタイミングだというのに、それが分の悪い賭けゆえに。
いや、賭けにもならない。
それほどまでに両者には絶対的な力量差がある事を、十郎太はその身で痛感している。
デクリオンの死体にチラリと視線を向ける。
その顔は笑ったままで息絶えていた。
かつてない強敵と戦えた喜びが理由?
違う。
あまりにも…比べるにもおこがましい存在を前に馬鹿馬鹿しいと自身を嘲笑するかのような死に際そのままの表情だ。
いずれそう先でもない自分自身の未来を、かつての同僚たるデクリオンの死体がまざまざと見せつけている。
だが、何かが起きつつある。
剣鬼の中でも上位に位置する力を誇る十郎太は戦場の空気が、流れが変わりつつあるのを鋭敏に感じとっていた。
根拠はない。
だが自身の直感がそう囁くのだ。
(何かが起きたのは間違いない。しかもそれは龍にとって好ましくない方向に。龍自身ではないがそれに近い何かが…………異体同心ともいえる契約者が危機的状況にでもあるのか?)
あくまで推測にすぎない十郎太のそれは実に的を得ていた。剣龍が感じとったのは主たるカインの生命力の低下だ。
詳しい精神状態、怪我の有無までは距離もあるので分からないが、漠然とした感覚でカインの身が危険だというのが伝わる。何故?
原因は?
相手は誰?
双頭の龍、その二つの魂と頭脳に幾多の疑問が飛び交うが、それも一瞬。
決断はまさに即断。
『ルシス、頼む』
『ええ、先に向かう』
そんな短いやり取りで互いの意思を再確認し、龍はその姿を消した。
代わりに紅髪の美女と、銀髪の美女がその姿を現したが銀髪の美女の方は膨大な魔素を即座に展開、転移した。
後に残るは紅髪の美女たるファラと、十郎太の二人のみ。
だからといって十郎太に勝ち目が生まれたわけではない。
しかし……
(……生存できる確率は万分の一から千分の一くらいにはなったか?)
だが、まだ足りない。
もう一手。
何かしらもう一手があればそれが決定打になる。
そしてそれは第三者の存在が必要不可欠。
(……そんな都合のいい事が起きるわけないか)
そんなあり得ない奇跡の願望を切り捨てる十郎太に二度、天秤が揺れた。
いや完全に傾いたと断言できる。
その場に望まれない第三者が介入した。その第三者は十郎太にとってはその存在自体が未知数。
ファラにとっては……最悪の敵。
「やはりゲートを塞ぎに来たか剣龍。……しかも剣鬼と既に会敵していたとはせっかちな。とりあえずは久しぶりと言うべきかな?」
『不死神』、ホト。予期せず剣龍、剣神、剣鬼が一ヶ所に集まってしまったのは樹海以来。
だからこそファラは顔をしかめる。
まるで前回のようだ。
これらが一堂にまみえて事態が好転することはまずあり得ない。
絶対に。
「誰がゲートを開いたかと思えば貴様かホト。またいらぬ争いの場を人為的に作り、乱すだけ乱すつもりか、ホト」
ファラの言葉にホトは心外なとばかりに首を左右に振る。
その仕草はあまりにもわざとらしく、ゆえに自然に見えた。まるで本心と言わんばかりに。
「いらない争い?ワタクシが作るのは必要な戦いばかりだよ剣龍。必要と感じたから戦場を作り、そして死を撒き散らす。それだけだ」
「貴様が必要だと思う事柄は全てが災厄の類いだ」
「災厄か……ワタクシの考えだと誰もが愉快痛快になること間違いなしなんだが」
「ほざけ、貴様の行動や言動の一つ一つが悪意の塊だろうが」
「やれやれ、そこまで曲解されるとこれ以上の会話は時間の無駄かな?」
「最初から無駄だ」
「ならばワタクシは自分の目的を果たす事にしよう。なに、そちらの剣鬼との戦いの邪魔はせんよ」
「既に邪魔だ」
とりつく島さえないとはまさにこの事か。
ファラの放つ一方的な険悪オーラに、しかしホトはどこ吹く風だ。
既に両者の視界の外に追いやられた形にあった十郎太一人が、龍の怒りにヒヤヒヤしている。
「既に邪魔者扱いか。嫌われたものだ」
「貴様自身が他人に好かれる要素があるのか?」
ファラの容赦ない毒舌に、ホトは笑う。
「確かに確かに。いやこれは参った。…………ならばワタクシは徹底的に邪魔する存在として行動するとしよう」
ホトが魔素を展開すると同時にファラと十郎太は即座にその場を離れた。
ホトのあまりにも禍々しい魔素に無条件で体が動いた結果だ。
しかしホトの放つ魔素は他者を排除する為ではなく、まさに死術師としてのものだった。
つまりは、死体の有効利用。
骸と成り果てた剣鬼、デクリオンが再び立ち上がる。
二度と動くことなどない運命を無理矢理ねじ曲げられた形で。
「なっ!?」
驚愕に目を大きく見開くのはそれを初めて目の当たりにした十郎太のみ。
ファラはただ不快げにホトを睨むだけ。
「いやはやしかし素晴らしい。こんなに良質な死体は樹海以来だ。それに……」
数十、いや数百の死体がファラ、十郎太、ホトの三人をぐるりと囲む。
「破損が少ない剣鬼兵の死体もこんなに残っているとはね。笑いが止まらないよ」
ククッと笑うホトに従者のごとく付き従うデクリオンに生前の面影はなく、ただ無表情に立っている。
それは部下であった剣鬼兵も同じだ。
それらを満足そうに見渡すホトの口から発せられた言葉はやはり最悪。
「これだけの剣鬼がいれば小国の一つや二つは滅ぼせるかな?」
「……小国をいくら滅ぼしても大陸のパワーバランスは崩れないぞ」
言った本人であるファラもこれは苦しいとは自覚しつつもホトに自制を求めた。だが……。
「本気でそう言っているなら貴様はまだまだ人間の欲望の深遠の深さを垣間見てすらいないな。小国が滅べば周辺の小国が黙っていない。誰も治めていない空白地帯を求めて戦争が起きる。数万規模の大戦にはならないだろうがそれでも数千の人間が死ぬ。『災厄の時』が更に早まるぞ、剣龍」
「この世界の新たな管理者たる剣神がアレを求めるというのか!」
「あぁ。アレには再び表舞台に出てきてもらう」
「正気か!?この大陸どころかこの世界、ロードギアを滅ぼす気か!!」
「……我々がアレを抜本的に根絶する為だ。龍よ、いずれお前は我々に感謝する。長々と長引かせてきた厄介事が片付くのだから」
二人の会話にまるでついていけない十郎太だが、これらの内容は聞き逃すべきではないと半ば確信していた。
訳も分からないし、理解も出来ない言葉がいくつかこちらを無視して行き交うがそんな事は些末な事。
今この二人は世界の真理について言い争っている。
恐らくは数限られた情報であり、知る者も少ない貴重な……それこそ『鬼王』達ですら知らない世界の一端を。
「そして『災厄の時』が終わりを告げた瞬間、我々は更なる高位存在になる。『剣龍』も『剣神』も『剣鬼』も超えた新たな超越者に、な」
どんどんスケールの大きい方向へと突き進みすぎてもはや十郎太に介入できる余地はない。
(こいつらにはこのままオレの存在を綺麗さっぱり忘れていてほしいもんだ)
そんな事はあり得ないと知りつつも、十郎太はそう願わずにはいられなかった。
次回はカインサイドです。主人公も大事ですが悪役も重要ですよね~。




