五十・五話
熱で体調崩しました。病人になるとどうしてあんなに気弱になるのやら(汗)健康って素晴らしい!
皆様も季節の変わり目にはご注意を。
「なるほど、アルブドル山脈で剣精の大群ね」
凛とした、しかしどこか可愛らしい女の声が室内に響く。
「はっ。それにより山脈周辺の各国の被害がこちらにまで飛び火しております」
報告する男の声はあくまで事務的だ。
そこに私情などはない。
ただ事実のみを言葉にする。
「物価の上昇ね。山脈周辺には小国しかないから。千以上の剣精には手も足も出ないでしょ」
「おっしゃる通りです。それにより……」
「こちらの力を貸してほしい……そう泣きつかれたの?」
「はっ、ご推察痛み入ります」
ロードギア最大の面積を誇るバルド大陸。
そのバルド大陸にて大国という言葉を指す国は一つしかない。
実に大陸の四分の一を領土にもつアースガルズ王国。
自他共に認める大陸、いや世界最大の国家である。
その王国を治める者こそ初代建国創設者にして現女王……そして剣神の一人である。
彼女にとって国とは自身の子供のようなものであり、また存在意義といっても過言ではない。
そのせいか、自身の国以外はさほどの興味はない。
友好国は受け入れるが、されど去る国は追わず。
ただ一度でも敵対した国には容赦がない。
それが自国を攻めた敵なら尚の事である。
アースガルズ王国は他国侵攻を良しとはしない……女王の国家方針である。
しかし攻めいる者あらば、その敵国が滅びるまで戦争をやめない。
大陸の四分の一を治める経緯はその副産物に過ぎない。
元々は五百年前に建国したこの国はどこにでもある小国でしかなかった。
しかし度重なる自衛と報復により長い年月をかけ世界最大の国家へと変貌を遂げた。
外交面にしても基本は付き合いのよい国であり、内政面においても悪政はない。
後継者問題も不要な不老の剣神につけいる隙はなく、多少の派閥争いはあるが国が割れる程ではない。
アースガルズ王国とは大国にしてはあり得ないくらいに平和な国である。
だが現在は少々厄介事が他国から飛び火していた。
アルブドル山脈周辺においての剣精による商隊被害だ。
当事者たるいくつかの小国ほどの深刻な問題ではないが、このまま放置してよい問題でもない。
物が足りない=物価が上がる=国民の生活を圧迫する。
滅多な事でこの国に対して不平、不満を言う民は少ないがそれも物価が上がり続ければそうもいかないだろう。
「当初は他国による間接的な嫌がらせかと思われましたが……どうも違うようです。剣精大群の情報の信頼性は傭兵ギルドも保証しています」
「今までに例を見ない大群、ねぇ」
国のトップたる女王の執務室にしてはシンプルな室内で、剣神たる女王が些末な問題だと言わんばかりに報告書の紙を弄ぶ。
「陛下、騎士団を派遣いたしますか?」
「そうね……助けるのは確定してるけど対価に何を貰おうかしら。何を引き出せばいいかしら、宰相殿?」
宰相と呼ばれた男が心得たとばかりに笑みを浮かべる。
「ご聡明な陛下にあくまで意見を申し上げさせて頂くならば、今回の件はさほどの対価は求めない事を具申いたします」
「あら?常日頃の貴方なら骨の髄まで搾り取ろうとするのに今回は優しいわね?」
「そうですか?まぁしかし結局は女王陛下がお決めになる事ですので」
意味深に微笑む宰相に、珍しく女王が苦い顔をする。
「まったく……どこまで見透かしているのかしら、貴方は?」
「見透かすなど恐れ多い。女王の御心は山より高く、海よりも深くございます。その深遠を私ごときが覗き見るなど不可能でしょう」
「はいはい。心にもない世辞はそこまでにしておいて。昔に比べて可愛いげがなくなったわね、貴方」
「出会いから三十年も経過しましたから、少しばかりは老獪にもなりますとも。さて、各国に騎士団派遣の対価としては輸入品の価格調整と輸出品の関税撤廃でよろしいかと」
「……前言撤回、貴方はやっぱり優しくないわ」
「いえいえあくまで期限付きです。私も無期限と提案するほど冷血漢ではありません。精々が五十年ほどです」
女王がボソリと「どんだけ鬼畜なのよ」と人知れず呟く。
「あくまで提示する条件です。そのまま受け入れるなら良し、ごねれば五年、十年単位での減少調整です。まぁ十中八九ごねるでしょうが私としては最低でも三十年は確約させるつもりです」
「足許みるわねぇ。そんな事したら多くの小国経済は傾かないの?」
「潰れはしませんよ。弱体化は免れませんがね。それも狙いの一つです。いかにこちらが潤いかつ他国を弱らすかです。そうすればこちらに対して不穏な動きを見せることもないでしょう。平和とはこうやって築かれていくのです」
「悪い笑顔ねぇ」
「問題は誰を派遣するかですが……」
国のトップ二人が議論を続けていると、やけに執務室の外が騒がしいことに気付く。
扉の向こうでは女王の護衛兵が「困ります」と強引に入ろうとしている何者かと押し問答をしているのが断片だけでも理解できた。
このやり取りで室内にいた二人はその何者かにあたりをつけた。
バン!
女王の執務室に入室するにしては荒々しく、場合によっては不敬ともとられる扉のあけかたに、しかし女王と宰相は動じない。
その人物が毎回こうやって入室してくるので慣れた結果だ。
「女・王・陛・下!!ただいま南の遠征から忠実な下僕が戻りました!!」
派手な出で立ち、奇抜な髪型。
予想通りの人物である。
「……息災で何よりだ、ネモ」
とりあえずは任務より帰還した部下を労う女王の言葉に、ネモはひたすらに感涙した。
「もったいなきお言葉です陛下!この愚臣たるネモを労ってくださるとは……絶対の忠誠をここに改めて誓います!!」
万事この調子である。
毎度毎度帰還する度に忠誠を固く誓うネモはこの国一番の忠義をもつ男だろう。……実に暑苦しくもあり鬱陶しい性格ではあるが。
女王自身はこの忠臣を気に入っているのでこの程度は許容範囲内だ。
執務室に入るにしてもまずは女王の許可がいるというのに、強引に入ろうとするのはこの男ぐらいである。
女王専属の護衛は本来、許可なく入室しようとする者なら将軍でも剣を抜くのだが、ネモに関してはそれは強行できない。
命を惜しむ輩は護衛兵にはいないが、そんな事で人材を失うことを宰相が嫌った結果、ネモは自由に入室を許された。
だが今回入室を止められた原因は、その格好が理由だろう。
遠征から帰って直接来たせいか埃まみれである。
さすがに汚いと護衛が判断したのは当然と言える。
結局は押しきられた護衛が涙目で恐縮しているのが扉の隙間から見えたが、宰相は何も見ていないとまぶたを数秒だけ閉じた。
こんな扱いの難しい男でも、この国には必要な人物である。
アースガルズ王国には二つの騎士団が存在する。
一つは攻める事だけに特化した狼王騎士団。
もう一つは守る事だけに特化した王国守護騎士団。
ネモは前者に所属している。
狼王騎士団の中でも更に攻勢特化した斬り込み部隊、狼王斬士部隊・総隊長がネモの役職である。
その強さは王国の五指に数えられるほどだが……あいにく人格は破綻している変わり者と、自国どころか他国にもそう認識されている。
女王に対する態度もその一つとされている。
だが誰も彼を強くは注意できない。
ネモが女王直々に登用したのも理由の一つではあるが。
S級剣使。
ロードギアにおいて百人もいないとされるS級に真っ向から勝負できる者など、この国でも女王含め四人しかいない。
しかも女王に関することなら味方を殺すのもいとわないネモに、誰が好きこのんで意見するというのか。
だがそんなS級剣使は実にいいタイミングで帰還してきたと、宰相は心の中で歓喜した。
厄介事と厄介な人物を当面は遠ざける任務があるのだから。宰相は女王に視線で遠征にちょうどいい人選だと訴えた。
女王はそれにすかさずのっかる。
「その誠の忠義に嬉しく思う。さて、遠征から帰還さたばかりの貴公に心苦しいが新たな任務を与える」
「おや、もうですか?これからしばらくはお美しい女王陛下のご尊顔を拝見できると楽しみにしていたのですが」
「……こんな目付きの悪い女の顔など見てて楽しいか?」
途端に砕けた口調になる女王にネモはニコリと笑う。
「はいとても。それと堅苦しい言葉遣いよりはそちらの普段通りの方が私は嬉しいです。ありのままの女王陛下……それを知る数少ない存在……素晴らしい!」
「……そうか。まぁネモがそれでいいならそうしよう」
天を仰ぎ見るネモに女王はやや呆れ、宰相は苦笑いしている。
「それで任務でしたか?今回はどこの戦場ですか?南は片付きましたから次は北の方ですか?」
「いや侵攻ではなく他国救済の為の遠征だ。相手は剣使ではなく剣精だ」
「…剣精ですか?」
訝しげな表情のネモに宰相が説明を足す。
「ネモ殿に剣精など役者不足でしょうがその数が異常なのです。アルブドル山脈において優に千を超える大群が出没し、周辺各国に多大な被害が出ています。直接的な被害はこちらにありませんが、経済面で少々飛び火しているのが現状です」
「更にその被害は減少どころか増大する可能性が大だ。ネモ、頼めるか」
「女王陛下のご命令とあらば例え火の中、水の中、地獄だろうが喜んで!!必ずや吉報を持ち帰ってきましょう!」
力強く宣誓するネモに女王は頷きながらも
「ネモ、一番の吉報はお前が生きて帰る以外にはない。任務の成否などそれに比べれば些末な事よ」
微笑み告げる。
これでは並の忠誠心をもつ者でも感極まるだろう。
ならば狂信ともいえる忠誠心をもつネモならば?
「へ、へい……か!も、もったい……なきお言葉……!!」
答えは泣き崩れるである。
大の大人が嗚咽しながら、感動で身体を震わせている。
(やりすぎたか?)
と宰相に目線で問うと口パクで『やりすぎです、どうするんですか?』とオレは知らないと匙を投げられた。
ここまでする気はなかったのだが………それから小一時間、咽び泣くネモに苦労した。アルブドル山脈に出発させたのはそれから三日かかったのは、カイン達には幸運だったのか不運だったのかは別の話。
次話はやっと主人公のターンです。予定です。




