第二十一話 鼓動する巨大迷宮
第二十一話 鼓動する巨大迷宮
観測基地の重い防護扉を開けて一歩を踏み出した瞬間、俺たちはその光景に言葉を失って立ち尽くした。
体内で迎える『二十一日目』——。
残り時間は、ついに一桁間近の「九日と少し」を残すのみとなっていた。
俺たちの眼下に広がっていたのは、見渡す限りの大空洞だった。
「な、なんだよここ……! まるで街ひとつスッポリ入るくらいの広さじゃねえか……!」
タクマが喉を鳴らし、ランタンの灯りを掲げる。
頭上遙か高くまで伸びる真っ赤な肉の天井と、複雑に入り組んだ巨木のような心筋の柱。縦横無尽に走り抜ける弁や壁は、まるで終わりなき『巨大な迷宮』そのものだった。
そして何より異常だったのは、その迷宮全体がまるで生き物のように蠢いていたことだ。
ドクン……ッ!!
腹の底を強烈に突き上げる地響きとともに、目の前の巨大な肉壁がぐにゃりと歪み、通り抜けられそうだった通路が力強く塞がれる。そして数秒後——。
スーッ……。
拡張期に入ると同時に、別の壁が大きく開き、新たな洞窟のような暗がりが姿を現した。
「鼓動に合わせて……壁や通路の形がリアルタイムで変化している……!?」
アオイが引きつった顔で壁の突起にしがみつく。
「はい。心臓が収縮と拡張を繰り返すたびに、心室内壁の伸縮と弁の開閉が連動し、構造そのものが数秒単位で組み換わっているんです!」
ケントがメガネのズレを直しつつ、手帳に幾何学的な変化のパターンを殴り書きしていく。
「鼓動の周期を完全に把握して進まないと、壁の圧迫に巻き込まれて押し潰されるか、無限に変形するからくりパズルの迷路に閉じ込められて一生さまようことになりますよ!」
「冗談じゃねえぞ……」
タクマが冷や汗を拭った、その時だった。
ギィシャアアアアッ……!!
変化したばかりの通路の奥から、甲高い耳鳴りのような咆哮が響き渡った。
「来ます! 魔王の心臓領域を守る『核心防衛体』です!」
ケントの叫びと同時に、暗がりから姿を現したのは、血管にいたマクロファージとは比較にならないほど凶暴な異形だった。
全身が黒く硬質化した外骨格で覆われ、鎌のような無数の脚と、赤く脈動する眼球を備えた巨大な蜘蛛のような怪物。それが二体、三体と、変形する肉壁を縦横無尽に走り回りながら俺たちへと襲いかかってきた!
「くそっ! ここへ来て防衛システムも本気かよ!」
タクマが正面に躍り出て、金属棒を構える。
「叩き潰すぞ!」
「待てタクマ、深追いはするな!」
俺はタクマの襟首を掴んで強引に引き戻した。
「正面から戦ったら、壁の変形に巻き込まれて挟み撃ちにされる! 敵の攻撃パターンだけじゃない、鼓動のカウントダウンに集中しろ!」
俺はネジ式時計の針と胸の動悸に全神経を研ぎ澄ませた。
「三……二……一……今だ、右の通路へ飛び込め!」
ドクン……ッ!
心臓が脈打ち、防衛体の巨大な鎌が振るわれる直前、右側の肉壁が大きく裂けて新しい通り道が生まれた。俺たちは一斉にそこへ滑り込む!
ガキィィン!
俺たちが直前までいた場所は、閉じた分厚い心筋の壁と怪物の爪によって激しく打ち砕かれていた。
「ハぁ……ハぁ……! 間一髪……!」
アオイが荒い息をつきながら、壁の陰でナイフを構え直す。
鼓動の周期を読み、地形が変わる一瞬を狙って移動する。防衛生物の急襲をハーケンと金属棒で捌きつつ、前進と回避を同時にこなす緊張感は、これまでのサバイバルの中でも群を抜いていた。
そうして迷宮の深部へと、死力を尽くして進んでいた時のことだった。
「……ん?」
タクマがふと足を止め、首をかしげた。
「どうした、タクマ?」
「いや……なんか聞こえねえか? 鼓動の重低音のすき間から……」
俺たちも息を殺し、耳をすませた。
すると、肉壁の向こう、迷宮のさらに深い暗がりから——微かに、けれど確かな『音』が響いてきたのだ。
『——おい! そこを通ると次の収縮で潰されるぞ! こっちだ、右の弁の裏へ入れ!』
俺たちは一瞬、耳を疑った。
怪物の咆哮でも、体内の蠢く不気味な肉鳴りでもない。
それは、まぎれもない「若い人間の声」だった。




