第20話 BUSHIDO in トーキョー
うまくいっていた。
少なくとも、前よりは。
現場スタッフが見る画面。
管理者が見る画面。
クライアントへ見せる画面。
以前は、それらを一つにしようとしていた。
作業内容。
写真。
異常。
確認事項。
履歴。
評価。
必要そうなものは、とりあえず全部入れた。
結果、誰にとっても少しずつ見づらくなった。
今は違う。
使っているデータは同じだ。
でも、見るものを分けた。
現場スタッフには、今日やることと、入力すること。
管理者には、進捗と異常と確認事項。
クライアントには、結果と報告。
さらに、現場ごとの違いも残した。
同じ清掃現場でも、厨房と共用部では必要な情報が違う。
日勤と夜勤でも違う。
ホテルが変われば、報告を求められる内容も変わる。
全部を同じにするのをやめた。
数字にも少しずつ変化が出ていた。
入力される割合が上がった。
抜けが減った。
写真がありません。
この作業は終わっていますか。
誰が確認しましたか。
そんなやり取りも減った。
現場から届く、
これ、どこに入れるんでしたっけ。
という連絡も少なくなった。
もちろん、ゼロではない。
入力を忘れる人はいる。
違う場所に写真を入れる人もいる。
一度閉じた画面へ戻れなくなる人もいる。
完成したとは、とても言えなかった。
それでも。
前よりは、ずっとよかった。
*
「どうですか。前よりは」
小峠さんに聞いた。
「はい。だいぶ使いやすくなりました」
タブレットを持ったまま、画面を二、三度触る。
作業を選ぶ。
写真を開く。
戻る。
以前のように、画面へ顔を近づけることもない。
「現場によって違うところも、残してもらったので」
「よかったです」
「あ、これ」
「はい」
「異常がなかった日は、ここ何も入れなくていいんでしたっけ」
「大丈夫です。異常ありを選んだときだけ出ます」
「ああ。了解です」
小峠さんは、もう一度画面を触った。
「ここは、このままでいいと思います」
「了解です」
それだけだった。
小峠さんはタブレットを持って、次の場所へ向かった。
僕もパソコンへ戻る。
違うものを、無理に同じにする必要はない。
そんな感覚だけが残った。
*
数日後。
本部とのオンラインミーティングがあった。
成功報告、とまでは言わない。
でも、少なくとも以前よりいいものができた。
そういう気持ちで画面共有を始めた。
「これが現場スタッフ用です」
「はい」
「入力項目は、かなり絞りました」
画面を切り替える。
「管理者はこっちです。全体の進捗と、異常報告まで見られます」
「なるほど」
「クライアント用はさらに絞ってます。日々の入力データから報告書を出す形です」
コンサルは、しばらく画面を見ていた。
何度か話したことがある人だった。
声を荒らげることはない。
こちらが説明しているときは途中で遮らない。
聞いた上で、必要なところだけ質問する。
「これ、いいですね」
「ありがとうございます」
「かなり作り込みました?」
「まあ、それなりに」
少し笑った。
自分でも分かるくらい、声が軽くなっていた。
何度も現場で直した。
せっかく作った項目を消したこともある。
逆に、いらないと思っていたものを戻したこともある。
小峠さんにも見てもらった。
そうやって作ったものを、いいと言われた。
「これ、他の現場にも展開できそうですね」
「はい。そこまでできたらと思ってます」
「いいですね」
うまくいった。
一度、そう思った。
「ただ」
コンサルが言った。
画面を見たままだった。
「現場ごとに、項目が違いますよね」
「はい」
「全社で使うなら、ここは揃えたいですね」
一瞬、意味が分からなかった。
「揃える?」
「はい」
「でも、必要な情報が現場ごとに違うので」
「そこは分かります」
コンサルは頷いた。
「一現場なら、これでいいと思うんです」
画面を指す。
「その現場に一番合ったものを作る。使う人に合わせて表示を変える。すごく合理的です」
「はい」
「でも、五現場になったら五通りですよね」
僕は黙った。
「例えば、スタッフが別の現場へ異動したら、また覚え直すことになります」
「多少はそうですね」
「管理者も、五種類の画面を見る」
「はい」
「教育資料も五つになる」
少し間を置く。
「どこかを改修するたびに、五パターン確認する」
「そうですね」
「数字を比較するときも、項目が違えば単純には並べられない」
どれも、その通りだった。
「もちろん、全部を同じにする必要はないと思います」
コンサルは続けた。
「でも、会社全体で使うなら、共通化できるところは共通化した方がいい」
僕は画面を見る。
現場スタッフ用。
管理者用。
クライアント用。
さらに、その中にある現場ごとの差。
「現場ごとに一番使いやすいものを作ると」
コンサルが言った。
「全社では一番使いにくくなることもあります」
強い言葉だった。
でも、嫌な感じはしなかった。
少し前の僕なら。
たぶん同じことを言っていた。
*
現場ごとの差を残した。
その結果、小峠さんは使いやすくなった。
入力率も上がった。
問い合わせも減った。
間違ってはいない。
でも。
現場ごとに違う。
ということは。
現場ごとに覚える。
ということでもある。
現場ごとに教える。
現場ごとに直す。
現場ごとに管理する。
画面の中に並ぶ五つの現場を見た。
分けることにも、コストがある。
その言葉が、頭の中に残った。
「どこまで共通にして、どこから個別にするかですね」
コンサルが言った。
「そうですね」
少し遅れて答えた。
「現場にとって使いやすい方がいいとは思うんです」
「もちろんです」
また、否定されなかった。
「そこは絶対に必要だと思います」
「はい」
「ただ」
コンサルは少し姿勢を変えた。
「現場にとって一番いいものと、会社にとって一番いいものが、いつも同じとは限りませんよね」
僕は答えなかった。
「会社としては」
コンサルが続ける。
「利益が一円でも多く残る選択をするべきですよね?」
一円。
妙に小さな数字だった。
でも、否定できなかった。
というより。
否定したいとも思わなかった。
利益は必要だ。
会社が続かなければ、人は雇えない。
給料も払えない。
設備も買えない。
新しいシステムへ投資することもできない。
現場にとって最高のものを作った結果、会社がなくなる。
それが正しいとは思わない。
「……そうですね」
本心だった。
*
「それと」
コンサルが画面を切り替えた。
表が出た。
これまで蓄積してきたデータ。
施工時間。
投入人数。
報告内容。
異常件数。
修正履歴。
スタッフごとの作業実績。
「かなりデータも溜まってきてますよね」
「はい」
「だったら、一度AIに分析させてみませんか」
「AIに?」
「はい」
コンサルが数字を見ながら言った。
「どこまで共通化できるか」
次の列。
「どこに無駄があるか」
さらに。
「人員配置も含めて」
「なるほど」
「例えば、この作業には本当にこの人数が必要なのか」
画面をスクロールする。
「現場によって時間が違うなら、その原因は何なのか」
さらに。
「スタッフごとの差も見られますよね」
僕は黙って聞いていた。
「感覚じゃなくて、データで判断できますよね」
反論する理由がなかった。
それこそ。
自分がやりたかったことだった。
AIを使う。
データを集める。
属人的だったものを、仕組みにする。
経験や勘だけに頼らず、再現できる形にする。
僕自身が、ずっとそういう方向へ進めてきた。
「……そうですね」
「一回やってみましょう」
「分かりました」
僕は分析用のデータをまとめた。
施工時間。
人数。
作業内容。
現場。
スタッフ。
異常。
修正。
AIへ渡す。
AIは別に何も言わなかった。
読み込ませた数字を受け取る。
項目を確認する。
欠けているデータを知らせる。
条件を整理する。
ただ、それだけだった。
不気味でもない。
冷たいわけでもない。
見えているものを、見ている。
*
「仕組みにするなら」
コンサルが言った。
「人による違いも、できるだけ減らしたいですよね」
「はい」
反射的に答えた。
そのあとで。
「でも、現場では――」
そこまで言って、止まった。
効率化。
標準化。
属人化をなくす。
全部、自分が何度も使ってきた言葉だった。
なのに今。
僕は、
でも、現場では。
と言おうとした。
小峠さんの顔が浮かんだ。
以前、画面に顔を近づけていた。
僕が説明する。
小峠さんが聞く。
あのときは、僕がこちら側に座っていた。
気がつけば。
今は、反対側に座っていた。
小峠さんも、こんな感じだったのだろうか。
少しだけ考えた。
それ以上はやめた。
分かった気になるのも、違う気がした。
*
「どう思います?」
コンサルに聞かれた。
画面を見る。
現場ごとの差を残せば、使いやすい。
共通化すれば、全体では管理しやすい。
利益は必要だ。
AIで分析することも間違っていない。
どれか一つが明らかに悪ければ、簡単だった。
悪いものを捨てればいい。
でも。
そうではなかった。
「……分かりません」
僕は言った。
コンサルは少し頷いた。
「じゃあ、分析結果を見てから考えましょう」
「そうですね」
「今日はここまでで」
「ありがとうございます」
通話が切れた。
*
一人になった。
パソコンの画面では、AIが処理を続けていた。
数字が並んでいる。
施工時間。
人数。
作業量。
異常。
現場。
スタッフ。
僕は机の上の紙を一枚引き寄せた。
ペンを持つ。
利益。
書いた。
少し離して。
現場。
書く。
その二つを見る。
利益。
現場。
どちらも、間違っているとは思えなかった。
だから、困る。
パソコンの画面では、数字が動いていた。
AIは答えを出すだろう。
少なくとも。
与えたデータの中から。
僕は、もう一度紙を見た。
利益。
少し離れて、
現場。
その間には、まだ何も書いていなかった。




