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3−3 王への謁見



イーヴァルから加護を付与されたと言っても通常のオメガよりフェロモンが溢れ出している状況に変わりはないからか、謁見の間に行くまでの道のりで何人もの人がエラルドを振り返った。


王宮に勤めているほとんどの人間がアルファやベータなので、オメガであるエラルドが珍しいのだろう。ジロジロと見られていたらバロンが隠すように肩を引き寄せてくれて、視線があまり気にならなくなって安心した。


「その者が次代の聖者で間違いないのか、バロン」


謁見の間に行くと、王が見下ろしてくる視線が頭に突き刺さってぶるりと震えた。広い空間に重厚に響き渡る王の問いかけにエラルドの隣で片膝をついているバロンが顔を上げ、浅く呼吸をして口を開いた。


「間違いありません。宮廷医師であるシス・フェルリから聖者と同じ浄化の力を持つと診断をされ、儀式を執り行った神官であるイーヴァル・ラミエールより加護を授かりました」

「私が施す加護は聖者のみに有効なものであり、それ以外の人間に施すと跳ね返りが起こります。エラルド・レーラココは加護の付与が可能でしたので、聖者に偽りはないと私も判断いたしました」

「そうか…まさかこの国の国民に聖者の魂が乗り移るとはな……」


本当は深刻なバグのせいなのだが、誰にも説明できないので『聖者が乗り移った』で話を進めたほうがエラルドとしてもやりやすい。謁見の間には王だけではなく大臣たちも揃っていて、エラルドを見てヒソヒソと何かを話している小さな声がしきりに聞こえていた。


「この国の民であれば、我がグラン=フェルシアが瘴気に侵され国の危機が迫っていることは理解しているな?エラルド・レーラココ」

「は、はい、もちろんです」

「闇の森から発生する瘴気の浄化は聖者の力しか頼りにならない。この国のためにその使命を背負う覚悟があるか?」


より一層低く響く声に、思わず息を呑む。自分にできることならと意気込んできたけれど、実際に問われると『本当に自分ができるのか?』という不安が押し寄せてきた。


エラルドが聖者になったのもオメガになったのもただのバグで、本来はちゃんとした聖者がいたはずなのだ。ゲームの本編に名前も出てこないようなモブが、バグのせいで主人公になるなんて――


「エラルド」


王の問いかけに返答できないまま俯いてぐるぐる考え込んでいると、隣からそっと名前を呼ばれる。チラリとそちらを見ると、いつもと変わらない表情バロンがいた。


みんなは表情がない氷の王子だと言うけれど、この顔を見たら『大丈夫なんだな』と、たった数日で安心さえ感じてしまうようになってしまった。


「……正直、自分の状況が今でも信じられませんし、理解できません。でもなんらかの理由で聖者に選ばれたのであれば、使命を全うする覚悟があります」

「その言葉が聞けて何より。この国を頼む、エラルド・レーラココ。何か必要なものがあれば遠慮なく要求するように。複雑な状況の君の安全は王宮が保証しよう」

「ありがとうございます」


大臣たちは変わらずヒソヒソと話をしていたが、謁見は無事に幕を閉じようとしていた。


「バロン。彼の異常なオメガフェロモンについてはどうするつもりだ?」

「ラミエール神官に加護を授けられてから軽減しました。ただ、通常のオメガよりはフェロモンが出ている状態ですので、神官からフェロモンコントロールの指導をしてもらうつもりです。瘴気浄化は私の任務でもありますので、コントロール指導の際は私も同席して進捗を把握したいと思っています」

「……はっ、さすが"不能の王子"だな。こんなにも強烈なフェロモンに全く動じんとは」


大臣席から失礼な言葉と笑い声が聞こえてくる。あまりにもバロンを侮辱する言葉が聞こえてきたので、エラルドがキッと睨みつけると一瞬にして笑い声が静まった。


エラルドが裏庭園へ来た日の夜にバロンの話を聞いたので、ただの噂だけを馬鹿正直に信じている人に彼のことをとやかく言われたくない。バロンを不能の王子だと言って笑う人たちに心底腹が立つくらいには、彼に近づいてしまった気がする。


「エラルド、落ち着きなさい。言われ慣れているから気にするな」

「言われ慣れてるって……!こんなの言われ慣れちゃダメですよっ」

「そうだな、君の言うとおりだ。でも今は王の面前、堪えてくれないか」


バロンから優しい声で諭されて、エラルドは文句の言葉を飲み込んだ。バロンのことを笑った人を全て炙り出して文句を言いたい気持ちはなくならなかったけれど、彼から真剣な顔で頼まれたら大人しくするしかない。


言葉は飲み込んだがムッとした表情のままのエラルドを見て、なぜか王が驚いたような顔で見つめていた。


「話が逸れて申し訳ありません。とりあえず、私に任せていただけませんか」

「今回の聖者の世話はロランに任せようかと思ったが、お前のほうが適任のようだな」

「ありがとうございます。それと、裏庭園を今後も貸していただけたらと思うのですが……」

「いいだろう。あそこは王族ではないと開けられない部屋であるから、その者にとっては聖者用の部屋より安全かもしれない」

「感謝いたします」


バロンのおかげで滞りなく話は進み、エラルドは無事『聖者』として認められたらしい。謁見の間から退室する際エラルドは大臣たちを睨みつけるように一瞥したが、苦笑したバロンから肩を抱かれて裏庭園へと戻った。


「とりあえず、無事に済んでよかった」

「聖者教育は明日からということでよろしいですか、殿下」

「ああ、よろしく頼む。ただ、この部屋でするようにしてほしい。つまり、私がいる時間帯のみということだ」

「かしこまりました」

「シス、エラルドに合う抑制剤の開発を急いでほしい」

「分かってる、任せてくれ」


明日からの予定を確認してシスとイーヴァルが部屋から出て行って、 バロンも帰ろうとしていた。彼は騎士団長だし、貴重な鍛錬や仕事の時間を削って一緒にいてくれているのは分かっていたけれど、エラルドはバロンの服をきゅっと掴んで引き留めた。


「どうした、エラルド」

「……さっきの、大臣たちの…」

「ああ。庇ってくれてありがとう、すまなかった」

「庇ったなんて大層なものじゃないです。ただ、お願いですから、ああいうことに慣れないでください……バロン殿下はあんなことを言われていい人ではありません」


第一印象は確かに怖かった、どんな人なのかよく知らなかったから。でもバロン・ハーシェルという人と話していると段々とその人のことが分かってくる。もしもバロンが二重人格だったり騙されていなければ、だけれど。


「少し、私の話をしても?」

「あっ、それならお茶を淹れます!」

「私がしよう。疲れただろうから座っていなさい」


きっと忙しいだろうに、バロンは裏庭園に残ってくれた。第二王子なのに自ら紅茶を淹れると言ってくれる彼の後ろ姿を見ていると、裏庭園の窓から差し込む太陽の光のようにエラルドの心がほわっと温かくなるのを感じた。




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