3−4 ハーシェル兄弟
宣言通り本当にバロンが紅茶を淹れてくれて、それが美味しかったものだから驚いた。王子様というのは紅茶の準備をはじめ、身の回りのことは大抵侍女や侍従がやってくれるものだと思っていたけれど、自分で色んなことをできるようなハイスペックにならないと王子様は務まらないのかもしれない。
「バロン殿下って、何でもできてすごいですね……」
「俺だって何でもはできない。ロランには劣る欠陥王子だと言われているし」
「は、はぁ!?欠陥王子は初耳なんですが!?」
「ふ、はは、あはは!」
氷の王子、不能の王子という理由を聞いたら不名誉でしかない二つ名の中に今度は『欠陥王子』という異名まであると知ってしまった。
バロンは確かに王位継承者ではないけれど、第一王子の身に何かあれば代わりに王となるのはバロンしかいない。それに彼は22歳で第四騎士団の騎士団長に上り詰めた才能がある人なのだ。
そんな人に対して不名誉な異名をつけるなんて腹立たしいとエラルドが怒っていると、当の本人は声を出して笑っていた。
「な、何を笑っているんですか!?」
「いや、すまない……君は面白い子だなと思っただけだ」
「何も面白くないです!殿下がそんなふうに言われるのは、全然納得できません!俺みたいな変なオメガも助けてくれるような優しい人なのに……」
「エラルド、君のように私のことを"ちゃんと"見てくれている人がいるから、私は何を言われても耐えられる」
「だからって、傷つくことに慣れてはいけないと思います。出会ったばかりの俺が失礼なことを言うようですが、殿下だって"人間"じゃないですか……」
「そうだな、うん……君の言うように、私は"人間"だ。実はそれを時々忘れそうになる」
ゆらりと揺れる紅茶の水面を眺め、ティーカップの縁を指の腹で撫でるバロンの言葉に息を呑んだ。
自分が人間であることを時々忘れそうになる、なんて。エラルドはこのゲームに詳しいと思っていたけれど、攻略対象者であるバロンのことについて、ほとんど何も知らなかったなと実感した。というより、この世界で『生きている』のだから、製作者側も知らない『心』があるのだなと思ったのだ。
「"グラン=フェルシアの王家に双子が生まれたら、この国は不幸の道を歩むだろう"」
「なんですか、それ……」
「グラン=フェルシアに古くから伝わる言い伝えだ。双子は不吉の象徴だと昔から言われてるのと同じだな」
「不吉の象徴、ですか」
「普通は一人しか生まれないのに何らかの異常で二人に分たれた、神様からの啓示と思われているのも一つの原因。王家に至っては、同等の身分である双子が生まれると王位継承問題が更に複雑になると言われている。本来なら兄も弟も、双子にはないからな。第一王子、第二王子という位置付けが難しい」
「じゃあ、どうしてバロン殿下は第二王子なんですか?医師から取り上げられた順番、とか……?」
双子の場合どちらが兄でどちらが弟なのかを決めるのは、医師から取り上げられた順番でしか白黒つけられないものだろう。エラルドがそういう意味で質問すると、バロンは苦笑して首を振った。
「どちらが先に、国王陛下から抱き上げられたか、だ」
「そ、そんな決め方……!?」
「ああ。王の器であると判断するのは、いつだって王しかいない。それで選ばれたのがロランで、私はロランに何かあった時のための"駒"であり"身代わり"。ロランを出し抜いて王になろうと思うな、お前は王の器ではないと言われ続けてきた。それで段々と人との関わりを避けるようになったんだ」
「……」
「でもロランが第一王子になり、次期国王という立場になってよかったと思っている。私はどちらかといえば武術や体術に関する授業のほうが好きで、机の上で大人しく勉強をするのは好きではなかったから」
バロンの第一印象は厳しくて真面目というイメージだったので、机の上での勉強が苦手というのは意外だった。もしかしたら昔は今よりも明るく、外で遊ぶのが好きな子供だったかもしれない。成長するにつれて自分の役割が分かってきて、今のようにあまり笑わない『氷の王子』になってしまったのかもと思うと、ただの想像だけれど胸が締め付けられた。
「ロランは、何でも器用にこなすんだ。私が得意だと思っている武術もロランが本気を出したら敵わないかもしれない。双子だと言っても私とロランは全くの別人で、同じ部分なんて容姿くらいだ。エラルド、君も会えば分かる」
エラルドから見れば、バロンは今まで会った誰よりもすごい人だと思う。今の話を聞いただけで彼の周りは敵のほうが多いと分かったが、それでも折れずに自分で自分の地位を固めるなんて誰にでもできることではない。
それなのに、バロンはどんなに頑張ってもロランには敵わないのだと諦めているのだ。
「君は兄弟がいるか?」
「兄が一人……俺と違って優秀なアルファで綺麗な奥さんもいて、レーラココの男爵家は兄が継ぐ予定です。俺はただのサポートというか、雑用係というか……」
「"俺とは違って"」
「え?」
「君も使ったな、その言葉」
「あ……」
「自分より優秀な人が側にいると自然とそう考えてしまう。ただ、自分が与えられた役割があるのだと思うしかないんだ。今の君はこの国で最も重大な役割を担っている、聖者なんだよ」
「……じゃあ、聖者である俺を守ってくれる重大な役割は、バロン殿下が担ってくださいますか?」
本来なら今回の聖者の担当は第一王子のロランだったと、先ほど王が言っていた。そのロランの姿は謁見の間にはなくエラルドはいまだに会ったことがないけれど、バグオメガの聖者と氷の王子でこの国を救ってやろう。
エラルドの中に謎の仲間意識や対抗心が芽生え、そんな言葉が自然と口から出ていた。
「……私はアルファなんだ、エラルド」
「へ?それは知ってますけど……」
「フェロモンがほとんど効かない私でも、君のフェロモンは少し反応すると話したはず」
「あ、は、はい……」
「このまま一緒にいると私だっていつ理性を失うか分からない。それでも、本当に私が君を守るために側にいても?」
「………先に、側にいるって言ったのは殿下です。俺は、側にいてくれるなら殿下じゃないと嫌です」
出会ってからずっと、言葉通りいつも側にいてくれるバロン。彼のことは信じられる、いや、信じたいのだとエラルドの心が言っていた。
「――君がいいのなら、私に守らせてくれ」
なんとなくだけれど、氷の王子の凍てついた心が解けていくのを感じた。




