5−2 いざ、浄化遠征へ
遠征許可が下りた数日後、バロン率いる第四騎士団とシス率いる王宮医師団、それにイーヴァルの他神官を数名連れ、瘴気の浄化を行うため闇の森へ一行は足を進めることになった。
第四騎士団は基本的にエラルドの護衛と、闇の森での魔獣討伐を担っている。王宮医師団は負傷者の手当てを優先する回復魔法係、イーヴァルは瘴気の浄化がどれほどできたか確認する役目と、他の神官は瘴気浄化中エラルドに結界を張るという大役があるのだ。
そして馬車に乗り込むエラルドの左腕に光る、赤い宝石がついたブレスレット。ロランは『何かあった時に守ってくれるだろう』と言っていたけれど、保護魔法でも発動するのだろうか。
「……綺麗だし、壊れないといいんだけど……」
確かゲームの中でのキーアイテムだったと思うのだが、なんの効果があったかイマイチ思い出せない。ただ、周りには守ってくれる人ばかりなので『万が一』なんてならないだろうと、エラルドは馬車の天井を一度見つめて目を閉じた。
どく、どく、といつもより少しだけ早い鼓動を感じながら、自分が緊張していることを再確認する。ゲームでは無事浄化は完了するシナリオだが、バグにバグが重なっている今の状況で本当に上手くいくのか疑問なのだ。
もし、万が一、何かあったら。
浄化に失敗するようなことがあれば、この国全体が破滅の一途を辿ることになる。
「そもそも俺には荷が重すぎるんだよ…ただのモブ令息だったのに……」
自分が転生していると気づくやいなや、あれよあれよという間に主人公ポジションに据えられてたまったものじゃない。ゲームのバグでこんなことに巻き込まれたのはエラルドのほうなのに周りから陰口を叩かれるのも意味が分からないし、オメガだアルファだ番だなど頭が混乱することばかり起こって散々な人生だ。
「浄化が終わったらどうなるんだろ……みんな放っておいてくれるのかな……」
役目を終えたバグオメガはどうなるのか。
本来とは違う聖者なので王宮が今後の生活を保証してくれるとは限らない。シスが開発した抑制剤を一生服用して生きていくわけにはいかないし、誰かと番になったほうが堅実な道であることは分かっている。
ただ、その番が決まるまでは異常な量をフェロモンを垂れ流すオメガとして、色んな人の目を気にして生きていかなければならないのだなと思うと、エラルドは深くため息をついた。
「エラルド」
「あ……バロン殿下?」
「護衛として同車することになった。大丈夫か?」
「も、もちろんです!」
馬車の出入り口からバロンがひょこっと顔を出し、かっちりとした黒い団服のマントをふわりとなびかせてエラルドの反対側に腰を下ろす。バロンはてっきり他の騎士と一緒に馬に乗って移動するものだと思っていたので、まさかの展開に一気に緊張感が高まった。
「大体は王族が同車するんだが、私が同行するのに王太子も同行するのは叶わなくてな」
「そういうこともあるんですね」
「私たちは特に双子だし、私は一応第二王子という肩書きがある。二人いっぺんに何かあれば国とって一大事になるからな」
「なるほど……」
バロンはエラルドの気持ちが分かるのか、不安だなと思った時に色々と教えてくれるのだ。第四騎士団の騎士団長であり第二王子のバロンが、護衛として聖者の馬車に同車するのは筋が通った話だろう。
ただ、しばらくバロンと二人きりだと思うと、これから起こることの緊張ではない早い鼓動にエラルドは気がついた。
「緊張しているか?」
「実は、少し…事前情報では魔獣が凶暴化しているとも聞いたので……」
「そうだな。瘴気の影響が魔獣にも及んでいて、通常よりも凶暴化しているらしい」
「騎士団からしてみれば、対処は可能ですか?」
「なんとかしてみせる。だからエラルド、君は浄化に集中して大丈夫だ」
「怪我とか…しないでくださいね……」
「うん?」
「バロン殿下に何かあったら、俺はきっと立ち直れないので……」
思ったことをそのまま口にすると、バロンは驚いたように目を見開いていた。そんなバロンの反応を見てエラルドはやっと自分が言ったことを理解し、ぶわわっと顔が熱くなるのを感じた。
「えっと、あの、その!俺は誰一人として傷ついてほしくないと言いますか……っ!」
「あ、ああ…分かっている、ありがとう」
「バロン殿下や騎士団のみなさんがお強いのは分かってます。でも、かすり傷ひとつだって…この遠征で傷ついてほしくないんです」
「それは私も同じ気持ちだ」
「え?」
「私もこの遠征で、君の体に傷一つだってつけたくない。そのために俺たちはできる限り守るつもりだ」
「……バロン殿下から"守る"って言われると、すごく安心します」
ロランは『何かあれば守れるように』と言ってブレスレットをプレゼントしてくれたけれど、バロンは『君を守る』と言って側にいてくれる。二人が似ているなと思うのは、バロンもロランもエラルドの『側』にいてくれるということ。
側にいる形は違えど、二人の王子から守られているという事実はエラルドにとって安心できる材料だった。
「君が安心できるならよかった。ただ、私は口先だけの男ではない」
「?」
「エラルドが望むなら、私は君だけの騎士にもなる」
青い瞳がじっとこちらを見つめていて、とくんっと心臓が甘く跳ねた。バロンは氷の王子というけれど、人の気持ちを熱くさせるのはどうやら得意らしい。
「そ、そんなこと言って、真に受けたらどうするんですか……」
「……真に受けてくれるのか?」
「へぁ、」
「私だって、君の番候補に……」
バロンの目元がじわりと赤く染まって、エラルドはパッと俯いた。自分の吐く息がぎゅっと服を握る手の甲に触れ、火傷しそうになるのを感じた。




