5−1 準備完了
バグオメガに特化した抑制剤は稀代の天才医師だと言われているシスのおかげで完成したが、それをもってしても一定時間しか効果を得られなかった。ただ、全く使えないというわけではなく、どちらかといえば十分に使える抑制剤だとバロンやシスは考えていて、エラルドもそれに賛成している。
イーヴァルの指導もあり聖者としての力の使い方にも慣れてきて、それと同時にフェロモンコントロールも安定してきたのだ。
「効果が切れる頃にもう一度服用をして持続させたとして、抑制剤の過剰摂取による副作用は?」
「彼に協力してもらって、遠征の日数を見越した3日間のテストを実施いたしました。フェロモンの量は減少して変化が見えましたが、そのほかの異常は確認していません」
「俺自身も体になにか異常が出たとか、目眩や頭痛がするなどの症状もありませんでした。抑制剤は十分使えると思います」
「同行する騎士たちとの相性は?」
「ラット抑制コントロールをした選抜騎士たちと聖者を会わせ、抑制剤のテストと同じく3日間行動を共にしてみましたが、こちらも異常はありませんでした」
浄化遠征を認めてもらうため、国王陛下や王太子のロランにエラルドの状態や抑制剤の効果を報告するために謁見していた。
フェロモンコントロールや同行する騎士との事前の顔合わせなどの通常ならかからない時間をかけてしまったのもあるが、瘴気が異常なスピードで蔓延していた。闇の森から徐々に瘴気に侵され、街外れの草木が枯れ果てたらしい。
もうすぐ収穫時期だった作物も瘴気の影響で傷んでしまい、人体に影響を及ぼす危険性があると判断された。
瘴気が迫ってきているという報告を受けたので、一刻も早く浄化を行わなければいけない事態になってしまったのだ。
「――分かった。浄化遠征を許可する」
「ありがとうございます。必ずや浄化を完了させて帰還いたします」
イーヴァルからは浄化の力は問題ないと言われているが、誰もが心配なのはエラルドのフェロモンだろう。エラルド自身もその気持ちは同じで、もたもたしていたら取り返しがつかないことになってしまうのに申し訳ないと思っていた。
なんせ、王宮にいる人たちからは快く思われていないのだ。
影では『氷の王子と同じ、出来損ないの聖者』と言われているのを知っている。しかも『節操なしのオメガ』とも言われているらしい。発情期でもないのにフェロモンを垂れ流していてアルファやベータを誘っている節操なし、そんなオメガが本当に聖者なのかと疑われていたり。
本当の聖者かどうかはシスが分析してくれたエラルドのデータで分かっていることだが、データ上の数値だけでは信じられない頭が固い人が多いらしい。だからこそエラルドが『自分』を証明するためには、闇の森の瘴気を浄化させるのが一番周りを納得させられる。
「(もし俺がご褒美に"王族との婚姻"を求めても、周りから大反対される未来しか見えないなぁ)」
そんな褒美をもらおうとは考えていないけれど、仮にそう言ったとして『節操なしオメガ』を王族と結婚させたら評判は下がる一方だろう。今の時点では、だけれど。
「エラルド、どうした?大丈夫か?」
「えっ?だ、大丈夫です!」
「……緊張しているか?」
「あ〜…た、多少、は……」
「緊張や不安は生理現象なので仕方ないですよ。騎士団が同行するとは言え、魔獣も出る森に行くんですから」
「回復魔法に特化した医師団も同行するし、そこまで心配しなくても大丈夫」
「ありがとうございます、みなさん。頑張りますっ!」
元々はモブ中のモブだったけれど、今や聖者補正で頼りになる仲間が周りにいてくれる。攻略対象者が味方というだけで『何があっても大体大丈夫そう』という安心感があるのだ。
「聖者様」
「あ、王太子殿下……!」
「とうとう瘴気浄化遠征が決まったな。番の件はうやむやになったか」
「えっ!王太子殿下と番の話が!?」
「ちょ、ちょ、ちがうんです……!」
ニコニコしながら近づいてくるロランの言葉を聞いてシスが大きな声を出すと、バロンとイーヴァルの瞳がギラリと光る。後ろにいた騎士たちも『番』というワードに反応してざわついていた。
「違うわけではないじゃないか。俺が君に番になることを考えてほしいと言ったのは事実だし」
「それはそうですが、ここで大っぴらに言うことでは……!」
「ふ、照れてるのか?エラルド」
「あわわわ……っ!?」
人の目があるのにくいっと顎を持ち上げられ、太陽のような赤い瞳にまたじっと見下ろされた。ロランと目を合わせると、フェロモンがなくても彼のアルファとしての圧倒的なオーラだけで発情期を誘発されそうになる。
バロンに対してなんだかドキドキしてしまうのは抑えられるようになってきたけれど、ロランを前にしてドッと大きく跳ねるような心臓の鼓動はどうやっても抑えられない。本能的にロランのような圧倒的なアルファに恐怖心を抱いているのか、ただ単に彼のことが苦手なだけなのか分からないけれど、呼吸が苦しくなってしまうのだ。
「……ロラン、それくらいに。エラルドが困っている」
「ふふ、そんなに怖い顔するなよ、バロン。聖者様の騎士様はおっかないなぁ」
「茶化すな。エラルドとのことを真剣に考えてるのであれば、浄化遠征が終わってからにしてくれ」
「はいはい、分かりましたぁ。じゃあ、聖者様。これは俺からのお守り」
するり、エラルドの左腕に通されたのは金色のブレスレット。赤い宝石が一つ着いているそれが肌に当たると、そこからじわりと太陽のような暖かさが広がっていくような気がした。
「俺の祈りを込めている」
「祈り?ですか?」
「ああ。これでも一応、神官になれるくらいの力量はあるからな。たった一回きりだが、君にもしどうしようもない危険があった時はそれが俺の代わりに守ってくれるだろう」
「い、いただいてもいいんですか?」
「もちろん。そのブレスレットを俺だと思って、一緒に連れて行ってほしい」
赤い宝石がきらりと煌めくと、確かに『ロラン』が宿っているような感じがした。




