閑話 兄さんのお友達
「時間だ!」
時計は日曜朝の4時55分。
眠いなんて言ってられない。
今や毎週一回、この時間が私にとって欠かせない習慣となっていた。
「よし」
自室に置かれたパソコンのモニターを起動させる。
愛用のペンタブを脇にどかし、ウェブカメラをチェックする。
ちゃんと写ってるよね?
モニターで自分の姿を見ながら約束の時間を待った。
『Hi Hana!』
通信が繋がり、モニターに映ったのはスーザン。
白人の女性って本当に綺麗だ。
今回で彼女を見るのは4回目なのに全然慣れない。
妖精みたいに美しい姿に溜め息が出る。
「おはようスーザン、イラストは届いた?」
『アリガトウ、[ルーシィ]ね、すごく綺麗に描けてるヨ』
先日送った自作のイラスト。
スーザンはカメラの前にイラストを置いて自分の顔と並べる。
うん、自分で言うのも何だけど良く描けたな。
やはり金髪キャラは本場の人には敵わないと実感する。
『...久し振り』
次に映ったのはジャニス。
今日は紫のウィッグを被ってる。
着ている制服は手製だろう。
黒いカーディガンを羽織る姿。
これは分かる、あのキャラだ。
「おはよう[有希]」
『...ありがとう』
真っ赤な顔で俯くジャニス。
彼女は毎回コスプレ姿で登場するのが恒例だ。
エキゾチックと言ったら良いのか、日本人と違った東洋人の魅力が溢れているよ。
『あれ?みんなもう集まってたの?』
「うん」
『...遅い』
『Too late』
『何で?時間通りだよ』
モニター越しに頬を膨らませるハンナ。
やっぱり彼女の美しさは一際輝いている。
私が日本人だからかもしれないが、東洋人の血に西洋人が入ると何ともいえない美しさだ。
簡単な近況を交えながら雑談で盛り上がる。
会話は殆ど日本語。
日本語に堪能なハンナのお陰で、会話は止まる事が無い。
それにスーザンとジャニスの日本語も凄い上達振り。
私も時折拙い英語で返すが、
『ソレだと違う意味にナルヨ』
「ウッ!」
こんな感じで訂正が入る。
意外と厳しいが、兄さんの環境に居るみたいで嬉しいのだ。
「へえ~公園に行ったんだ」
『うん、ようやくママから外出許可が出てね。
手始めはスタンレーパークに』
嬉しそうにハンナが笑う。
なんでも兄さんの英語は凄い上達をみせているそうだ。
まあ兄さんなら当然だろう。
昔から勉強が出来ていたしね。
「電車で行ったの?」
『ううん、車よ』
車って...そうか、カナダは16歳で運転免許が取れるんだ。
『...スーザンのロマーノに乗って』
「ロマーノ?」
ロマーノって何だ?
『ごめんなさい、スーザンの車に付いてる愛称なの。
イタリア車でロマーノ』
『[Fiat]ヨ』
「ああ!」
成る程、こんな所にもアニメが出てくるのか。
本当にアニヲタなんだ。
『これが写真ね』
携帯にスーザンからの着信が入る。
添付メールを開けると笑顔の三人が兄さんと写っていた。
バックに写ってるのは...
「トーテムポール?」
『そうよ、先住民の作ったレプリカだけど』
「へえ...」
カナダにもインディアンが居たのか。
アメリカと陸続きだから、当然と言ったら当然か。
「兄さんビックリしたでしょうね」
『うん、スタンレーパークは広いからね。
戦車も昔置かれてたそうだし』
「戦車?」
何で戦車なんだろ?
『今は違う所に展示されてるの』
「博物館とか?」
『ううん、ビルの横ダヨ』
「ビル?」
『...私達の通う高校の近く』
『ビックリした?』
「...ええ」
どうやら日本の常識と違うわ。
『もちろん走らないけど』
「当たり前でしょ!」
こんな会話で大笑いしてしまう私達。
だけど、やっぱり話は兄さんの事に戻ってしまう。
「最近の兄さんは?」
『うん、2ヶ月前と比べたら笑う時が増えたと思うけど』
ハンナの笑顔が曇った。
やっぱりか。
『...心からの笑顔じゃない』
『ワタシ達に合わせてるダケヨ』
「...そっか」
分かっていたが、兄さんが受けた心の傷は深い。
あの馬鹿姉妹が...
『クソビッチはドウシテル?』
「クソビッチ?」
スーザンが呟いた。
『...お前が聞くのはおかしい』
『全く』
何だ?何だ?
『イイノヨ、私だからハナにキケルの』
妖艶な笑みのスーザン。
どうしたんだ、別人みたいだよ。
「あの二人は1ヶ月程引き籠っていたけど...」
ビッチ姉妹と私は同じ高校に通っているから、否が応でも情報が入って来る。
馬鹿な行為は高校にも知られ彼女達は1ヶ月の停学処分となった。
正直甘すぎる。
あの姉妹がした事は心の殺人だ。
...私がもっと早く気づいていたら。
アイツらは中学の時に向こうから告白したんだ。
昔から身体の小さかった兄さん。
同年代の男達からからかわれていた。
そんな兄さんを私は一生懸命に支えた。
身体が小さいのが何だって言うんだ。
優しく可愛らしい容姿の兄さんは一部の女子から人気があった。
アイツが告白したのは愛情からだと思っていた。
しかし違った。
結局馬鹿共は兄さんというマスコットが欲しかっただけだ。
そうじゃ無ければ40過ぎの中年なんかに身体をホイホイ差し出すもんか!!
『ソンナモノヨ』
「そうかな?」
『リクのキズはアナタからシタラそう。
絶対ユルセナイ、コロシタイホドネ。
デモ、周りから受けるペナルティはソレガ...』
『妥当ね』
『ソウソウ』
『...分かる』
「成る程」
そんな物か、許せないけど実際はそうなんだ。
『...早くハンナが助ければ良いのに』
『何で私なの?』
『Sissy』
なにやらおかしな方に話が行ってない?
『...ハンナはまだリクの初恋が自分と言ってない』
「え?」
『...だって』
真っ赤な顔でモジモジしてるハンナ。
こんな彼女は新鮮だ。
「言わない兄さんもだけど」
『リクは悪くナイ』
『...傷ついたリクに言わせるのは酷』
「そっか...」
皆でハンナを見詰める。
彼女はまだ下を見つめたまま固まっていた。
『...クリスマスには』
ハンナがポツリと呟いた。
クリスマスは10日後だけど、大丈夫かな?
『ムリね』
『...ヘタレバージンには無理』
『ウゲ』
辛辣だ。
外国ではこれが当たり前なの?
日本との文化の違いなのかな?
で、ハンナはバージンなのか。
「バレンタインにしたら?」
『は?』
『Valentine?』
『...聞いた事がある、日本じゃ女から男に告白する日』
『Wao!』
「ね、ハンナ。
まだ2ヶ月以上もあるし、頑張ってみよ?」
『...うん 』
ようやく顔を上げたハンナ。
本当に兄さんが好きなんだね。
ハンナの気持ちに私まで幸せが伝わる。
『兄さん、今度こそ幸せになってね』
心で祈った。