エピローグその3 私達何やってんだろ?
「はい、先日はありがとうございました。
それで...はあ、分かりました。
失礼しま...」
携帯電話に掛かってきたのは先日受けた舞台のオーディションの結果。
事務員らしき女性が機械的に結果を報告すると一方的に電話が切れた。
「...どうだった?」
隣で聞いていた彩也香が伺うが、私の表情から結果は既に分かっている様だ。
「駄目だった」
「...そう」
低い声で呟く彩也香。
いつもなら、
『次よ次!』
そう言う彩也香だが、もうその元気すら無い。
それは私も同じだ。
原因は1ヶ月前に受けたテレビ局のオーディション。
その場に居た外国人。
最近話題のスーザンと言うタレント。
その美しさに圧倒された。
何よりその瞳に激しい怒りを感じた。
『私達にはあんな激しい敵愾心を持てない』
その日から全く自信を失ってしまった。
「やっぱり私達には才能が無いのかな...」
「そうかもしれないわね」
うつむきながら呟く。
地元を飛び出し東京に出てきて2年、気がつけば23歳になっていた。
最初は劇団に入り地道にやっていた。
『私達には才能がある』
そう信じていた。
大学の演劇サークルで少しは名が知られていたのだ。
サークル仲間と少しゴタついてしまい、追われる様に辞めてしまった。
「大学まで辞める事無かったかな...」
「今更よ、もう戻れないんだし」
彩也香の言葉にイライラが募る。
両親は大学を辞める事に最後まで反対した。
『お前達みたいな中途半端な人間が勤まる甘い世界じゃない、目を覚ませ』
両親の言葉に逆らい、家出同然で東京に来た。
もう帰る事は出来ない、連絡すらろくに取ってないのだから。
「今月の家賃どうする?」
「何とか払えるけど...」
先日出たバイトの給料。
深夜のコンビニバイトで稼いだ給料はたかが知れている。
アパートの家賃を払うと食費すら儘ならない。
生活は毎月がギリギリで、結局それが原因で劇団を辞めた。
チケットのノルマを果たせ無かったのだ。
「あっちの活動も出番無いし」
「アイドル?」
「そうよ」
1年前に小さなアイドルグループに入り、細々と活動していたが、周りは皆十代ばかり。
二十歳を過ぎていた私達の人気が出る筈も無かった。
「やっぱり事務所に入れば良かった」
「そんな事言っても今さらよ」
「何が『顔が利く』よ」
私達だってノープランで来た訳じゃない。
卒業した演劇サークルの先輩が以前言ったのだ。
『東京に来たら世話してやる。俺は芸能事務所に顔が利く』と。
いざ出てきてみれば真っ赤な嘘だった。
先輩は小さなケーブルテレビ局のADで何の力も持って無かった。
「考えてみたらアイツの言ってた話って誰かの受け売りばっかりだったね」
東京でバリバリ活躍するアイツの話に憧れていた。
そんな甘い話あるわけ無い、今ならそれが分かる。
「...帰りたい」
思わず本音が溢れる。もう限界だ。
「由美香...」
「帰りたいよ!こんな生活は嫌だ!」
「そんな事分かってるわ!
でも今更じゃない!どの面下げて家に帰れるって言うの!」
怒鳴る彩也香の姿に怒りが抑えられない。
「だいたいアンタが東京に行こうって誘って来たからよ!」
「私が悪いって言うの?」
「違うの?アンタはいつも私を煽るだけ煽って金魚の糞みたいに付いてくるじゃない!
凌空の時もそうよ!」
「確かに凌空に告白するように言ったよ。
でもそれに乗ったのは由美香じゃない!」
「それなら2人っきりにさせてくれたら良かったのよ!」
「それを言うならアンタこそ凌空がいるくせにクソ野郎にキスをしたからだ!」
「したんじゃない、されたんだ!!」
バイトの悪夢を持ち出すか?
それは互いのタブーなのに!
「こんな尻軽ビッチに凌空を譲るんじゃ無かったよ」
「...今何を言ったの」
「何度でも言ってやる、凌空を傷つけた浮気女!
もう謝る事も出来ないのよ!」
4年前、凌空に拒絶された記憶が甦る。
冷たい瞳をした凌空は一切の謝罪を拒絶した。
凌空の隣にいた巨大な外国人の女、その迫力と殺気に私達は決して彼に近づいてはいけないと覚った。
「許さない!」
「なによ!」
彩也香の髪を掴むと向こうも私の顔を引っ掻いて来る。
私達は怒りで我を忘れていた。
「うるさいわね!!」
「テメエ等殺すぞ!」
「「ヒッ!!」」
アパートのドアを蹴飛ばす音と同時に聞こえる男女の怒鳴り声。
お隣に住む夫婦からだ。
柄の悪い連中で私達はいつも避けていた。
「次騒いだらマジぶち殺すからな」
「全く時間を考えなさいよ」
『時間って、今は夕方の6時じゃない』
当然言い返す事は出来ないので息を潜ませた。
「行った?」
「みたいね」
乱暴な足音に続いてドアの閉める音、どうやら部屋に戻ったらしい。
「...やっぱり帰ろうか」
「彩也香...」
「私達には無理だったんだよ、芸能人なんて」
さっきと全く逆の事を彩也香は言う。
いつもそうだ、私は乗せられやすくて彩也香は流されやすい...
最近やっと自分達が分かってきた。
「地元に帰ろ、お父さん達も許してくれるよ」
「そうよね、大事な娘だもん」
ここは彩也香に乗ろう、もう沢山だ。
「またやり直しね、でも社会に出たら関係無いわ、みんな一緒だもん」
「そうよね、スタートラインは同じ、それに私達には沢山の経験があるし!」
そうと決まれば話は早い。
翌日、バイトを一週間後に辞める事を店に伝えた。
『急な事だね』
店長は困った顔をしたが、了承してくれた。
そのままバックレたりはしない。
良い店長なので迷惑を掛けたく無かった。
「これで全部ね」
「意外と少なかったわね」
いらない荷物を処分すると、私達が持つのは旅行鞄一つで納まった。
まだ両親に連絡をしてない。
拒絶されるのが怖いのだ。
頭を下げたら何とかなる。
まさか引っ越したりしてないよね?
夜行バスに乗り、流れる夜景を眺める。
2年前、夢を膨らませて来た東京、これでサヨナラだ。
「ただいま...」
「由美香...彩也香」
日曜日の早朝、ようやく辿り着いた実家。
インターホンを押すと、お母さんが出てきた。
「...帰ってきたのね?」
「「...うん」」
「バカ心配ばかり!!」
お母さんのビンタが私と彩也香の頬に当たった。
頬の痛みより、泣き顔の母に心が痛んだ。
「入りなさい、お父さんも居るから」
「はい...」
恐る恐る家に上がる。
お父さんは私達を許してくれるだろうか?
「...お前達」
「「お父さん...」」
懐かしい父の姿。
私達はお父さんにすがりついて泣いた。
「で、今後はどうするんだ?」
2年間にあった出来事を話終えると、お父さんが静かに聞いた。
「「...分かりません」」
本当に分からない。
これから何をしたら良いんだろ?
「二回目だな」
「二回目?」
「前回だ、5年前の時」
「ああ...」
高校時代に凌空を裏切り、妻子あるバイト先の店長と不倫した悪夢。
「あの時にちゃんと叱っていれば良かった。
私達が甘やかしたばかりにお前達はまた過ちを犯した」
「「...はい」」
その通りだ、高校時代は凌空を裏切り、大学時代は演劇サークルの仲間を裏切った。
何よりお父さんとお母さんを裏切って来たんだ。
「働きなさい」
「分かりました...」
「...働きます」
当然だけど、それしかないよね。
「人生はこれからだ、凌空君も結婚して子供が居るんだ。
お前達にあれほど傷つけられたのに」
「「本当?」」
「本当だ、いつだったかお前達も見ただろう?
外国の方だ」
「あの時の」
「あの人か...」
脳裏に再び浮かぶ射殺されそうなあの視線。
もう二度と私達が凌空に近づく事は無いだろう。
「もう人を裏切らないでくれ...」
「本当よ...」
「「...ごめんなさい」」
涙を堪えるお父さんとお母さんに私達は泣き崩れた。
次ラストです。