第6話 私がハンナです! 前編
3つに分けます。
「準備は良い?」
「はい!」
「大丈夫だ」
バンクーバー国際空港の出国ロビーでママは私達に最後の確認をする。
もちろん準備は完璧だ。
お気に入りの服に化粧品、日本のガイドブック、そして日本のお義父様とお義母様に渡す土産も忘れずに持ってきたのだが...
「どうしたのハンナ、何か忘れ物?」
「違うよママ...」
私が言いたいのはそんな事じゃない。
「どうしたのトイレなら早く済ませなて来なさい」
「...ハンナのトイレは長いからな、乗り遅れたら次の飛行機と言うわけに行かないぞ」
お前らだ!
なんでスーザンとジャニスが旅行鞄を持ってここに居るんだ!
それとどうして、リクの両隣に並んでるの?
「ねえスーザン」
「何かしら?」
「昨日行ってきますの挨拶したよね?」
「ええ」
「『気をつけて』って、スーザン言わなかった?」
「言ったわよ」
「なんでここに居るの?」
「偶然ね、私達も日本に行く用事があって」
「嘘つけ!」
スーザンは見事な笑顔でしらばっくれる。
なんて奴だ!
「...良いじゃないか、ハンナはリクの両親に挨拶するんだろ?
今はそこまでお邪魔する気無い」
そう言うジャニス。
何よ、『今は』って?
「まさか着いて来るなんて...」
ママがこんな事をするとは、やり過ぎだ。
「ハンナ、私達は失恋旅行なのよ、恋に破れた乙女にあんまりじゃない?」
「誰が乙女だ!」
そんなビッチの乙女が居るか!
懸命に言葉を堪えた。
「...一杯泣いたからな、失恋の痛手は旅で癒す」
そう言うジャニスはリクの腕に身体を押し付けて笑ってるじゃないか!
リクは腕を振りほどこうとしているが、太極拳で鍛えたジャニスには無駄だよ、私だって苦戦するくらいだ。
「二人共説得力無いわよ」
「そう?」
「...気のせいだ」
「ごめんハンナ...」
リク、悲しそうにしないで。
あなたは頑張ったわ。
私が告白した日にちゃんと、
私と付き合う事になりましたって二人に話してくれたもの。
『そうなんだ、Bearに美味しく頂かれるのね、...良かったわ』
『リク...グリズリーと幸せにな』
そう言って祝福してくれたじゃないか。
って、誰がヒグマだ。
「席は違うんだから」
「そうね、席に着くまでよハンナ」
パパ達はそう言うが、ママが飛行機の便を二人に教えたからじゃないか!
「席を交換しない?」
「しない!」
「...ハンナの隣じゃリクが押し潰される」
「潰さない!」
一体人を何だと思っているんだ?
そんな会話の後、私達は飛行機に乗り込んだ。
「帰りは譲ってね」
「...頼む、金は出す」
そう言って消えて行く二人。
で、なんでビジネスクラスなんだ?
ジャニスが金を出したな?
こっちはエコノミーなのに。
でも、やっと二人っきりになれたよ、パパとママが前の席に座ってるけど。
「...こんなの考えもしなかった」
「何が?」
席に着いたリクが呟いた。
「カナダに来た時だよ。
あの時は悲しくって、寂しさから泣きそうだったからね」
「...リク」
「まさか半年して、こんなに幸せな気持ちで日本に帰れるなんて」
リクは私を見て微笑む。
その右手は私の左手をしっかり握ってくれていた。
「リク、一時帰国だよ」
「そうでしたね」
パパが前の席から訂正する。
何だろ?凄い気合いだ。
「アナタ!」
「すまない」
ほらママに叱られた。
「ゆっくり過ごしなさい、10時間以上掛かるし」
「ありがとうございます」
「うん」
ママは後ろを見て微笑んだ。
やっぱり素晴らしいよ、貴女は理想の母親だ。
こうして最高のフライトを...直ぐに寝てしまった。
だって、日本にリクと行くって聞いてから準備が大変だったから。
でも幸せ...
「着いた!」
羽田空港に着いて、出国手続きを済ませたリクがロビーで嬉しそうに背伸びをする。
やっぱり自分の国が一番なんだね。
「さあ、ここからだ」
「そうね、ヤマサキさんの家はここから新幹線に乗らないと」
「そうですね」
そうだった、リクの家は東京から新幹線で三時間掛かるんだ。
三年前の前回は別行動だったからね。
秋葉原も良かったけど。
「それじゃ私達は」
「...うむ、私達は一旦ここで」
スーザンとジャニスはここで一旦別れる。
彼女達はこのまま日本中を回るそうだ。
アニメの聖地巡礼。
少し羨まし...いやそんな事は無いぞ。
でも写真を頼んでおこう。
空港からリムジンバスに乗って一路東京駅まで。
早く着かないかな?
もちろんバスの席もリクの隣。
嗚呼、まるで新婚旅行だ!
「ほらハンナ、もう着くよ」
「フエ?」
リクに言われ目を覚ます。
しまった、また寝ていたのか!
「ハンナ、ヨダレ」
「ウゲ」
ママ、言わないの!
慌てて口を拭う。全くデリカシーを持ってよ。
年頃の娘なんだから!
「ここがリクの産まれた街なの?」
新幹線を降りて駅の構内を見渡す。
当たり前だけど、周りは殆ど日本人。
「ここから数駅だよ、でも高校はこの駅で乗り換えてたんだ」
「そっか...」
高校生のリクはここを歩いていたんだね。
新幹線の改札を抜け隣の構内を歩く。
何故か不思議な気がした。
もしリクの彼女が裏切らなかったら、リクはカナダに来る事も、私と会う事も無かった。
しかし今、リクはこうして私の隣に居る。
私は運命に導かれ、ここに立って居るんだ。
「...リク」
「何?」
「愛してる」
「え?」
真っ赤な顔で私を見つめるリク。
ごめんね、我慢出来なかったの。
「ハンナ、後になさい」
「そうだぞ、これからなんだ」
パパとママの真剣な顔。
そうだよ、これから私達家族はリクの家族と話をしなくては駄目なんだ。
予定ではリクの家族は改札の外で待っている。
そして私達家族はリクの家に向かうんだ。
その後、数日を掛けて話をする予定。
リクの将来の事を...
「ハンナ、僕も愛してるよ」
「リク!!」
「痛っ!」
「「ハンナ!!」」
思わずリクの手を力一杯握ってしまいパパ達に叱らてしまった。
「おー凌空!」
「凌空!」
「兄さん!」
「お父さん!お母さん!華!」
改札の外から聞こえた声にリクが叫ぶ。
あれがリクの家族か。
写真では見たが...リクは母親似なんだね。
「凌空!!」
「ちょっと...」
改札を出るとリクの母親がリクを抱き締めた。
リクの母親は泣いてる。
ママも泣いてるよ、私まで泣いちゃいそうだ。
「ありがとう、リック」
「とんでもない、久しぶりだなリュウジ」
「ああ」
父さん達はしっかり握手。日本人はハグしないんだね。
リクのお父さんって大っきいな。
家のパパも大柄だ、二人共190センチはあるから目立つよ。
「ハンナ」
静かに近づく一人の女の子。
もちろん分かるよ、何度もモニター越しにお話したもんね。
「久しぶりで、良いのかな?」
「...ううん、初めましてで良いよハンナ」
にっこり笑うハナ。
その笑顔はリクに似ていた。
意外と身体大きいね、私より頭一つ小さい位か。
つまり170センチ前後だね。
「ビックリした?
モニターじゃ分かんないでしょ?」
私の視線にハナは恥ずかしそうに笑う。
「ううん、私だってこんなんだもん」
私も大きく腕を広げて笑う。
少し恥ずかしいけどね。
「ハンナ!!」
「ハナ!!」
飛び込んできたハナを全身で受け止めた。
『ああ義妹よ!』
心で叫んだ。