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第五話

目の前のまるまると膨れた腹をつんとつついてみる。

指の先にやわらかい肉の感触を得て、なんとなくもう一度触ってみた。

「くすぐったいよ、ともちゃん」

大の大人がやる行為ではないことを平然としている知明をみて、里都は苦笑を禁じえない。

知明も穏やかな表情である里都にどこか安堵しながら笑みを返す。

「ほんと大きくなったな」

「そうね」

里都は腹に生命を宿して9ヶ月目、もうすぐで生まれそうである。

それを考えると思うことはいつも一つ。

「兄貴って手が早かったんだな」

両想いになったと知ってすぐ、両親に子供ができました、結婚します、と報告しに来た時は正直どっかのガキ大将みたく好きな子をいじめていた昔の兄と今の兄が同一人物か疑ってしまった。

まさか、付き合い始めたその日にやって、子供ができるとは思わなかった。

「ていうか、そんなに手が早ければ、里都が引っ越す前に堂々と想いを告げて、さっさと付き合えばよかったのに」

いまでも悪夢としてよみがえる知明の人生ワースト3に入る日々、里都が引っ越したとたん、兄は知明を精神的にいびり始めたのだ。

暴力だけは振られなくてよかったとは、けっしていえないほど兄の精神攻撃はすごかった。

一ヶ月したらようやくおさまったけど、そのたった一ヶ月で知明の体重は2kgも減った。

それ以来、いままで以上に知明は里都の情報を得て、それを兄に教えることで兄のご機嫌取りをしてきた。

里都に今まで一人も彼氏ができなかったのは幸いだった。

あと、里都の心変わりしなかったのも幸いだ。電話口から伺える里都の気持ちはいつも兄に向いていた。

そうでなければ、今知明は生きてはいなかったかもしれない。

「本当にね。いやになっちゃうよ。あの暴言はないよね。いくら私とともちゃんの仲を引き裂きたかったといっても、自分が逆に正直に告って、玉砕すればよかったのに」

「ははは・・・」

確かに、早々と告白すればよかったのに。

何をとち狂ったんだか、ブラコンをにおわせるような発言をし始めた。

でも、すぐに兄の里都への想いには気づいたから、何とかくっつくように仕向けたのに、この二人は鈍すぎた。

里都は知明の真実を述べた言葉より、兄の上辺だけの言葉を信じた。

兄は兄で里都がいないところで、知明をいびることだけに専念して、二人ともどうしてか自分気持ちに正直になることはなかった。どれが最良な行動なのか、全く理解できなかったのである。

それを思えば、今は天国だ。

ほんの少し知明が二人が出会うきっかけを作っただけで、地獄のような板ばさみから脱出できたのだ。

後は二人が夫婦喧嘩をしないよう祈るのみである。

「あっ動いた」

知明が空笑いをしながら、過去の暗黒たる思い出を振り返っていると里都が声を上げた。

「マジで」

「マジで。ほら、ともちゃん」

里都は知明の手をつかむと自分の腹にその手を導いた。

確かに何かがうごめいているような感じがする。

しばらく、二人してその動きを感じることに専念した。

だから、いつの間にか背後にいた存在に気づけなかったのかもしれない。

「おい、知明。お前、俺の嫁さんに何で俺に無断でさわっている」

「えっ、あ、兄貴、いやこれは」

知明が振り返ったら、そこにはどす黒いオーラを従えた兄の姿。

「たけちゃん、おかえり」

「ただいま、里都。知明はこれから用事があることを思い出して、もう帰るそうだ。そうだろ知明?」

にっこりと笑いながら知明に向ける目は逆らうんじゃねえぞ、と語っている。

「そうだった。うん、急いで帰らないと」

殺されそうだ。

「そうなの、ともちゃん、ごめんね。長々と引き止めちゃって」

「いいや。大丈夫」

里都は悪くない。その隣にいる悪の大王がいけない。

「それじゃあ」

「ばいばい」

玄関に向かう途中、最後に振り返ったならば、目に入るのは、まだ手を振っている里都とその隣でこちらのほうをちらりとも見ず、里都の肩をだき腹にもう片方の手をあてている兄の姿。

天国にいるはずなのに、今までのように幼馴染に会うことができなくなり、どこか悲しい。


それでも二人が幸せならいっかと思い、知明は玄関の戸を閉めた。



これにて完結です。

書き上げてみて一言、話の展開が速かったような気がする・・・。

申し訳ないです。もっといろいろ書いてもよかったのですが、ブラコンとツンデレ兄貴を書くのはとても難しかったのです。周りにそんな人がいないとどうも描写に欠けるんですよね・・・。

そんな中篇小説を読んでくださった方、本当にありがとうございます。

これからも清水明良をよろしくお願いします。

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