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「っ!」
木々の間から飛び出してきたものを見て、あなたは体のバランスを崩した。
山の地面の急な傾斜を転がり落ちてしまう。
視界を横切ったのは、ブツブツと呟きながら宙を飛ぶ女の生首だ。
生首の目もあなたを映したが、彼女はあなたに少しの興味も示さず、どこへともなく飛んでいく。あなたの親くらいの年ごろで、髪が短かった。
──坂道を転がり落ちたあなたは、なにかにぶつかって止まった。
曲がりくねり、皮がひび割れた古い巨木だ。
全身に痛みを感じながら体を起こし、あなたは木の根元に座り込んだ。
……ぶぅーん……。
ハエの羽音が聞こえる。少し変な、不快な匂いが漂ってきた。
きい、きい、とブランコをこぐときのような音が頭上から降ってくる。
嫌な予感に心臓の動悸が激しくなっていく。
あなたは恐る恐る顔を上げた。
「ひいっ!」
期には奇妙な果実が実っていた。──女の体だ。
枝に結んだ紐の先で、ぶらぶらと揺れ動く。
さっき飛び回っていた生首より髪が長く、若い気がする。
彼女の周りでは、ブンブンと歌いながらハエが踊っていた。
腐った肉から白い蛆が落ちてくる。
あなたは四つん這いで避けた。
立ち上がる気力はまだない。
「ねえ……」
どこからか聞こえてきた声に、あなたは息を止めた。
幻聴だ。そうに違いない。ここにはハエ以外、音を上げるものはいない。
女が揺れているのは風のせいだ。
あんな体で生きているはずがない。肉が落ちて骨が見えている部分もあるじゃないか。
風に吹かれてハラハラと、抜け落ちた長い髪が舞っている。
「ねえ、聞こえているんでしょう?」
あなたは震える足で立ち上がる。
「ここへ来て、私の隣に。ひとりは寂しいの。……ねえ!」
最後の「ねえ」は怒号に近かった。
あなたは耳を押さえて走り出す。
「早く来なさいよ! そんなヤツじゃなくて、あたしを生き返らせてよっ! 生 き 返 り た い の よ お お お っ!!」
突き刺さるような怒声が背中に浴びせられたけど、あなたは無視して走り続けた。
ハエを呼び寄せる腐臭に満ちた風が後ろから吹きつけてくる。
その中にひと筋だけ、爽やかな柑橘系の香りがあった。
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