『二重影』
「じゃ、次は俺が」
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先に謝っておく。
俺の話は彼女みたいな体験じゃない。
いや、体験じゃないというのは語弊があるな。
実体験なんだけど、おばけとか幽霊とか、ましてや降霊術とかそういうものじゃない。
なんつーのか、俺は"見える"人間じゃねえ。
俺を見ている視線があっても、違和感程度は感じる程度だろうなとは思う。
それはまぁいいとして。
カゲオニっていう遊びを知っているか?
簡単に概要を説明すると、オニが逃げる相手に触れるのではなくて、オニが相手の影を踏むことでオニを変えるという遊び。
俺が小学生の頃にそれが流行った。
中には竹馬に乗ってカゲオニという遊びもやった。
まぁそれぐらい流行ったってことだね。
……俺は当時竹馬乗れなかったから、ハブられてたけど、それでもカゲオニをやりたいからさ。
やってた訳だ。
放課後はみんな竹馬でカゲオニをやっている中で、俺だけ一足先に帰ってランドセル置いたら、近くの公園で一人カゲオニさ。
カゲオニというか。
目標を決めて、影を踏むっていう遊び。
公園の真ん中の影を踏んだり、風に揺れるブランコの影を踏むとか。
とにかく、そういう遊び。
そんな中でな。一人で遊んでたら最近団地に引っ越してきたらしい、俺と同年代の女の子が寄ってきたわけだ。
「なにしているの」って聞かれたからさ、そりゃあ一人で「カゲオニをやっているんだよ」って答えれば、そんな回答に興味ありげに「なあに、それ」って反応を示すわけだ。
そりゃもう嬉しくなるよな、なにせ友人たちはみんな竹馬な中一人で遊んでいるんだぜ。
一人ハブられているところで、俺と一緒に遊んでくれそうな子がいるわけだ。
あんときはこの世の春を感じたね。
いやそれはちょっと大袈裟か。
とにかくそういう訳だから、その日以降からは一緒に遊んだわけだ。
カゲオニだけじゃなくて、かくれんぼもしたし、木登りもした。
放課後から門限までが、ホント嫌で憂鬱だったけど女の子と遊ぶようになってから、変わった。
毎日の放課後が楽しみになった。
授業中に放課後のことを考えるとワクワクした。
寂しい一人遊びから、二人になった訳だからな。
今日は団地の中を探検しようとか、まぁ色々。
夕焼けで辺りが朱色に染まるころに、自然と遊びが終わって「さあ、帰ろう」となる。
で、まぁなんだ。
もちろん休日、確か夏休みのときだったかな。せみがやかましく大合唱しているときだったと、覚えてる。
その夏休みのときに、ラジオ体操が終わって一旦家に帰ることになってたんだけど、俺は結構悪い子だったからさ。
家に帰らずにそのまま公園でちょっと待ってたんだよ。
そうして、ラジオ体操やってた人。
お兄さん、お姉さんとか大人とか、同級生がいなくなってからあの女の子が来たんだ。
いつものワンピースって言えばいいのか分からんけども、まあ涼しげで動きやすいスカートの……まぁよく分からん。
ラジオ体操は義務じゃないから別にやりに来なくても、とやかくは言われない。
というわけでやっぱり遊んだわけだ。
流石にお昼のときは戻って、そうめん、ひやむぎ食って……また公園に行けばその子がいる。
生い茂っている木陰で佇んでいる女の子。
ん、この子がお化けか何かかって?
いや、まぁ確かに公園に行けばいつもいるから、お化けか何かと思えそうだったけど、鬼ごっことかすればきゃっきゃっと笑ってたし、足はあったし、影もあった。
あっちの家に上がったことはないけど、ウチに上がって一緒に昼を食ったこともある。
だからまぁ、お化けじゃないな。
そんなわけで、ここまでが前振り。
こっからなんだけど、正直に言うと今だと考えられないけど、住む人がいなくなって荒れ果てた庭がある一軒家ってさ。
……忍び込めたんだよね。
少なくとも、今だと大抵ホームレス避けに鍵掛かってるし、そもそも不法侵入だしで、そういうことは今は出来ないはずだけどさ。
忍び込んだわけだよ。
たしかその日の前の夜に心霊番組やってたから、女の子と一緒に「心霊番組のように探検してみよう!」と言ったわけ。
もちろん、女の子も「うん」って言ってくれた訳だから、さ。
鍵は普通に開いててね。
ドアノブというのかな。親指でツマミ? を押して引っ張れば開く扉でさ。
それをがちゃりと開いて、中に入った。
玄関にはなぁんにもなくてね。
当然電気なんて止められているから、明かり付かないし。
持ってきているのは懐中電灯ひとつだしで、靴脱いだり履いたりが面倒だから、まぁ土足で入った。
土足で入るっていう滅多にない体験をして、ドキドキしたなぁ。
そんな俺は内心ビビってて、女の子の手を握って先導したけど、正直に言うと女の子は震えてもいなくて、探検を提案したくせにビビってるとか「カッコ悪い」と思ったら不思議と怖くなくなった。
女の子の手の平が温かかったし、多分俺の中が安心したんだとおもう。
で、話を元に戻して、中に入ると雨戸が完全に閉まっていないから、夏の日の太陽ギラギラ光線が、雨戸の隙間から差し込んできて、微妙に各部屋の様子が見えてな。
例えば和室であれば畳は当然のごとく腐ってて、見れば竹が生えてた。
押入れの中には……エロ本あったけど、女の子がいる手前だし、そもそもとしてエロ本の類は知ってたけど、そういった知識なかったからな。
当然スルーした。
今にして思えば、なんて和室の押入れにエロ本があったのか、正直分からねぇ。
……ホームレス住んでたのかもしれないな。うん。
リビングに入ればそこそこ広い……んだけど、目についたのがお爺さんの写真があるんだよ。
しかも、その写真の前に線香立て。
線香は立ってないけど……さ、それを見た瞬間に何故か線香の匂いが、鼻をくすぐるんだよ。
ゾワッときたね。
シチュエーションがシチュエーションだからさ、幻嗅だとしてもさ。
線香の独特でオンリーワンなあの匂い。
更にシチュエーションがシチュエーションだからだとしても、さ。
写真が俺を見ているような……明かりの反射なんだろうけど、俺をギョロリと魚のような目で見ている気がするんだよ。
じいっと、写真だからまばたきなんて出来ない目で。
じいいっと。
多分、女の子の手の平を握り絡んでなければ、小虫が身体を駆けずり回るような感覚を半べそかいて、建物から出て行っているはずだったけど、女の子いるからね。
「カッコイイ」ところ見せるためにも、その場で自分で自分を落ち着かせた。
その後はもちろん一軒家だから2Fにも上がって、寝室とか子供部屋っぽいところみて……じっくり回った甲斐があってか。
外に出たときには、日が傾いていてな。
ようやく、開放されたーと思ったと同時にちょっとおかしなことがあってな。
まず、この家に入り込んだのが午前なんだよね。
3時間も経った感じがしないのに、もう夕方っつーのがおかしいと思うのと、あの写真を見てから外に出るまでの間、ずうっと幻嗅してたんだよね。
外に出たら流石に薄れたけど、入った当初の玄関では特に匂わず、出て行くときの玄関では非常に『お線香』の香りというのが、鼻にクるレベルだった。
色々突っ込みどころがあるけど、おいしい空気だということで、目一杯息を吸ったら、女の子が気分が悪いから、帰るといったから、その場で解散することになった。
それでから……。
女の子は来なくなった。
最初の数日はめげずに、公園に行ってずっとずっと待った。
それでも来なかった。
女の子の家にもやっぱり事情はあるだろうし、お盆があるだろうしね。
おじいちゃん、おばあちゃんの家とか行ってるんだろうとは、思ったりもしたものの。
女の子は俺が行けば必ず、公園にいたからな。
「なんでいねえんだよ!」とか、自己勝手に思ったりした。
そんな自己中に考えても来ないのは来ないから、親父がやってたというスーパーファミコンとかいうのと、プレイステーションとかいうふっるいゲーム機でゲームをやって、凄いハマった。
プレイステーションなんかは親父も2コンで参戦してきて……小学生相手に本気出して中々大人気なかったな。
でも、夏休みが終わる頃には親父に普通に勝てたけど。
そんな感じで夏休みが刻々となくなっていって、夏休み前から育てていた朝顔の観察日記が終わりに近づいたときに。
ふっと何故か夕方に公園に行きたくなった。
なぜかは分からないけれど、呼ばれたような。心にざわめきというか。とにかく、ざわざわと来た。
だから、行った。
行ってみると、女の子がいた。
夕焼けのせいかわからないけど、顔が赤く、でも下を向いていて表情が読めない女の子。
あのときに別れたときとは違う格好だけども、確かに彼女だった。
ただ、違うのはこの時間にもいること。
いつもだったら、帰ってたこの時間。
それなのにいる……彼女。
「ねえ、カゲオニしよう」と女の子は、俺に対して言った。
この夕方にカゲオニ。
世界が朱色に染まり、影が薄くそして伸びる時間に。
「ねえ、カゲオニしよう」
蚊の鳴くような声で誘われた。
普通なら何かある……とか、お化けの類と思うかもしれない。
なにせ、今まで会わなかった女の子に、久しぶりに会ったら何かを言うでもなくに、唐突に。
「ねえ、カゲオニしよう」
と。
でも、俺には何か思うよりも。
とにかく、嬉しかった。
俺と遊んでくれた理解者が、また一緒に遊ぼうと言ってくれたんだ。
だから。
「ねえ、カゲオニし――」
「ああ、やろう」
それでからは、初めて会ったときのように、それこそ真っ暗になりつつ影が消えかかるまで遊んだ。
そして、影が消えそうになって続行ができなくなったときは、俺がオニで、女の子は逃げる側で、いつものように唐突に立ち止まられて、あっさりオニ役が交換になった。
そのときにさ。
いつもだったら、「さよなら。また、明日」って続くところが……さ。
彼女の方から手を握って……さ。
言ったんだ。
「わたし、しょうこ。いたみ しょうこって言うの」って、唐突に自己紹介するわけだよ。
「え、あ。う、うん」と唐突に自己紹介されても、頭が追いつかなくてね。
そんなしょっぺー返ししか出来なくて、動揺していたらさ。
――わすれないで。
って言うが早いか。目の前で消えた。
消えたと同時……とは言えないけど。
確かに、女の子が消えるほんの一瞬前までは、カゲオニするための影が見えていたのに。
その一瞬後には、影なんか見えないぐらいに真っ暗だった。
ぞわっとクるね。
「なっ」と思わず唸るぐらいにはビビる。
煌々と白くぼんやりと光る、公園の中の明かりがあるのに、俺の周りは何故か暗くて。
もしかしたら、ここで明かりがあれば女の子……いや、『いたみ しょうこ』ちゃんが出てくるかもしれない。
でも、懐中電灯なんてものは持っていない。
結局、どうにもならずに自宅に帰った。
門限無いとはいえ、遅かったら割りと怒るのに対して、特に怒られずその日はそのまま終わ……らなかった。
いやね、更にビビったんだよ。
小学生だからさ、アニメ見たいんだけどさ。親父とかおふくろとかさ、ニュース見るんだよ。
そしたらさ、出たんだよ。
『いたみ しょうこ』ちゃんが、さ。
なんのニュースで出たと思う?
――※※――――※※――――※※――
「んー、電車の帰りラッシュとか……ああいう系のインタビューに……とか?」
と、目の前の俺の友人はそう聞いてきた。
当然答えは違う。
だから、首を横に振って、更に聞いてみた。
「ほかには、どんなニュースに出たと思う……?」
「……事件……とか?」
友人の隣にいる、この怖い話の言い出しっぺの彼女の答えに、俺は。
――※※――――※※――――※※――
そう、なんだよ。
事件……いや事故に遭ったんだ。
彼女が寝ている間……かどうか分からないけれど、両親がパチンコ行ったんだってさ。
車の中に置き去りさ。
それも駐車場に置いとくと、色々言われるから滅多に人が通らないという小路で、大通りからは木陰になっていて、見難いところ……らしい。
窓開けてるから大丈夫だと思ったとか、色々ニュースで言われてて、「ふーん、怖いな」とか思ってたけど、ニュースキャスターがさ「いたみしょうこ」って言うから「え?」って思ったんだよ。
『いたみ しょうこ』って言えば、さっきまでいた女の子だったからさ、思わず顔を上げれば字幕に『伊丹 祥子 (6)』と俺の2個下の年齢で書いてあるわけよ。
そりゃもう頭が真っ白だよ。
漢字読めないけどさ、『いたみ しょうこ』って言ってて、且つ俺と同年代。
それも住んでいる地域というか住所が近いんだよ。
どうみたって本人だと思うだろ。
――え? え?
と混乱の極みの中で、ニュースキャスターはまだまだ詳しく言うんだよ。
小路の近くで犬の散歩をしていた人が、昼間からあった車両であったため中を覗いたら、女の子がいることを発見。
通報されて警察と救急車が来て、車両の主がどこに行ったか分からないから、緊急ということで車両のドアを破壊して救助するも、意識不明の重体で側の病院に駆け込み、色々したけども甲斐なく亡くなった。
ということだった。
『いたみ しょうこ』ちゃんの両親は、パチンコから帰ってきて変わり果てた車両と警官から御用されて、詳しく話を聞くと、寝ている祥子ちゃんを起こすのも悪いということで、"たまたま"駐車場が満杯で、"たまたま"パチンコ屋の近くで、"たまたま"木陰で涼しそうなところがあって、"たまたま"人が来ない場所で、"たまたま"大通りからも見えにくい場所に駐車。
で、最低限空気窓は開けて、車上荒らし対策に、本当に最低限しか窓を開けずに云々。
で、パチンコ常習者だったんだってさ。
両親。
朝から晩までパチンコ。
"たまたま"と言っていた割には、割りとよくその車両がそこに置いてあるのを、近くの住民が見ているのを知っているとか。
まぁ思い出すだけで胸糞悪い。
――※※――――※※――――※※――
「一緒に遊んだあの頃の『いたみ しょうこ』ちゃんはさ。なんつーか、さ。
いつから二重影、いやドッペルゲンガーっていうのかな。そんなのが現れたのかわかんねーんだよね」
誰も、言葉を挟まない。
だから、俺も話し続ける。
「最初は本人だったけど、両親のパチンコって夏休み入ってからよくパチンコ屋で見かけるようになったっていうし、その頃からの彼女は本人だったのか。それともドッペルゲンガーだったのか」
――あ、やばいな。
「で、さ。あんなに毎日遊んで、楽しくてさ。二人っきりで彼女本人か、ドッペルゲンガーか分からないけれど、彼女の温かい手を握ってさ。あの探検だけじゃなくて、色々裏山とか回ったんだ」
――やっぱり彼女を思い出すと。
「その子のことを、俺は好きだったんだろうな、と思うわけよ。
当時の級友よりも、たった短い期間とはいえ、ずっと一緒に遊んで、夏休みであれば丸々一日使って一緒に遊ぶんだぜ。
好きじゃなかったら、丸々一日使って一緒にいたりしない」
「…………、」
「凄い今更だけど、あのとき。自己紹介されたとき、あんなしょっぱい回答をしないで、俺も名前を教えて。もっと言葉を繋いで」
「…………、」
「『好きだ』と言っていたら、もしかしたら……と思うわけよ」
「…………、」
「…………、」
「…………、」
「ま、無理か。男女の好きとか嫌いとか、当時分からなかったし。向こうも言われても分からなかっただろうし」
「…………、」
「というわけで、俺の話は終わり。ほら、次。次々」
――やっぱりキツいな。
――※※――――※※――――※※――
そう話を急かす友だちの顔は、顔が歪んでいてとても無理していそうな顔だった。