『七不思議』
「言い出しっぺだからね、最初は私」
みんなの興味津々な顔が目の前に3つある。
「いくつか……あるけど、そうだこれにしよう」
いくつか……もないけれど、そう言っておけばちょっとは雰囲気出るかな?
私はそうおもって口にする。
これは、
「私の体験談なんだけど……」
――※※――――※※――――※※――
『学校の七不思議』というものがある。
大抵は勘違いや、見間違いなどであり、それらに尾ひれがついていって『七不思議』と成るときいた。
「誰から?」と聞かれたら、それはもちろん兄さんからだ。
私は正直そういうものには、非常に興味がある。
いや、あったというべきか。
今は正直に言えばない。
何故なら。
昔の映画のゴーストバスターズよろしく、『七不思議』バスターズというものを当時の友だちとやった。
確か中学生にあがってから……だったかな。
大抵の『七不思議』でメジャーなのは、
一、トイレの花子さん
二、十三階段
三、音楽室のベートーヴェンの肖像画の眼が光る
四、歩く二宮金次郎像
五、理科室の夜中に動く剥製
六、校庭に墓地
七、ひとりでに鳴り出すピアノ
そして、全部を目撃すると……なにか良からぬことが起きるという八つめ。
これが基本型だと思うけれど、私の中学校には『七不思議』というのはとんと聞かなくて、代わりに小学校では『七不思議』どころか『十不思議』とか言えちゃうぐらいにとにかく多かった。
当時の私は怖がることは負けと思ってたし、実際今でも負けだと思っている。
だから、確かめたくなったんだ。
『みんなが何に怯えているのか』ってね。
だから、小学校からの友だちと一緒に小学校に忍び込んだ。
当時は今ほど厳重じゃなかったから、塀をよじ登れば侵入できたし、警備員さんもいなかった。
夜の学校は今にしても言いようのない、緊張させる空気があるように感じた。
よくわからないけれど、具体的に言えば……。
そう、ただなんとなく。
「授業参観で後ろからお母さんが見ているような」そんな感覚。
どこか注目されているけれど、ただなんとなく見ているような。
ラノベ的にいう、悪意とか敵意とか、好意とか興味を持たれて見られている感じではなくて、本当に見られているだけ。
その学校にはまだ導入されていないはずだけど、警備カメラで見られているかもしれない……なんてつい、今おもったけど、警備カメラとしてはやたらと視線に熱があったような気がするから、多分違うと思う。
――※※――――※※――――※※――
まず、校庭によくある『二宮金次郎像』だけど、ウチの小学校にはなかったので「なし」。
次に、『学校の下に墓地』だけど、社会科の勉強でこの小学校の下は畑だったのでこれも「なし」。
ここから本題。
『音楽室の偉人の絵の目から涙が流れたり、目が動いたり光る』というのと、『夜にピアノがひとりでに鳴る』というもの。
その内、『偉人の目』についてだけどどうしようもないほどに、しょうもないものだった。
なにせ、『目』それも『瞳』に小さな画鋲が刺さっているんだ。
ご丁寧に手でつまむ持ち手の部分が透明な画鋲で、ぱっと見では分からないほどに見難い画鋲。
透明だから光のあたり方によっては、光るように見える。
更に涙の跡も、黄色い蛍光ペンで跡っぽく書いてて、そりゃあ光が当たれば涙が流れているようにも見える。
『夜のピアノ』は天井から水が滴り落ちてて、きっと滴った水が鍵盤の上でたまって重量を稼いだ後に鳴るんだろうということが分かった。
だから、ピアノに水滴が当たらないように、ピアノの角度をちょっとだけ動かした。
グランドピアノを動かすという重労働はあったけれど、これで『七不思議』のひとつは潰した。
『偉人の目』の画鋲は背が届かなかったから、取れなかった。
『十三階段』はどう数えても11段しかなかった。
数え方は下の階段に登る前を0段として、一段目を文字通り「1」と数えて「1」「2」「3」「4」……と数えていって「11」段。
『トイレの花子さん』、『トイレ入り口の三つの鏡』のうち、『花子さん』は女子トイレの三番目とはいうけれど、向かって三番目なのか奥から三番目なのか、分からないから全部のトイレの個室で試した。
一番重労働だったと思う。
ついでに男子トイレも試した。
もちろん結果は出なかった。
ただまぁ、今でこそ男子トイレって自動水栓だと聞くけど、忍び込んだ当時って自動じゃないのに。
男子トイレと女子トイレ全部に試して、一斉に水が流れる音がしたことに、同伴していた友だちは結構ビビってた。
私はなんでもない風を装ったけど、内心結構ビビってた。
いきなり「ジャー」のあとに「ゴポゴポ」という音、もうねびっくりを通り越して本当にビビる。
トイレの中にいるのに妙な視線はまだ感じるし。
ついでにまだ夜の11時だっていうのに、いや……夜の11時なのに、チャイムが鳴るんだよ。
そのときに直ぐにデジタル時計見たから覚えてるけど、時間が11時22分。
その小学校の授業は50分で一つの授業って感じだったから、22分前後の20分、もしくは25分に鳴るってことはまず無いのに鳴ったんだ。
しかも、昼間の、そうだね。
澄んだような音色じゃなくて、錆びついた鐘を鳴らすような……ううん、なんていえばいいのかな。
砂を噛んだ歯車のような、ガリガリとした音色。
歪みきったような感じ。扉の蝶番が錆びていて無理矢理開けた時のような不快音。
そんなのが放送用のマイクから鳴っててさ、ラジオのようにジジジ……っていう音がするってことはマイク入っているってことだし。
友だちか、それとも私か分からないけれど、誰かの生唾を飲み込む音がとても耳に残った。
それぐらい、嫌な音をずうっと放送用のマイクから鳴り響いててさ、『七不思議』バスターズとして忍び込んできたわけだから、当然行くわけで。
友だちは、もう嫌だって言ってたから。
その場に置いていったけど。
で、放送室は二階にあって、私たちがいたところは一階の保健室前のトイレだったんだけど、行くのが本当に怖かった。
ぼうっと点灯している消防用設備というのかな。
あのプラスチック製のもので蓋をされているスイッチがあって、それを押すと消防車が来る奴。
あれと非常口マークのあの光だけが道を指し示しているあの空間。
赤い光と緑色の光で、放送室への道を指し示しているようでさ。
そんな中を一人で行くんだ。
てくてくと。
中学生といってもまだまだ子どもだと思うし、実際子どもなんだけど。
もう心細いってレベルじゃない。
――帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。
って、思いながら棒になったかのように、歩けない足を無理に動かすように進ませて放送室について。
「開かなかったらどうしよう」とかぐるぐる考えている内に、扉のドアノブに手をかけて……。
開かなかった。
安堵した。
「誰かいるんだ……」って。だから「開かないんだ」って。
でも、ドアノブ……ってさ、手を掛けたあと下に傾けて引くと開くものじゃん?
引いても開かなかったから、良かったと思ってさ、戻したんだ。
置いた手を戻して、傾きが下斜めじゃなくなって、水平になったときに。
『カチャリ』って音がしたんだ。
戻ったときの音ならまだしも、何故か。そう何故か。
――「解錠」された。
そう、思ったんだ。
だから、自然に手がドアノブに触れて、傾けて引っ張ったら。
開いた。
中はまだ見ていない。
ただ、「開いた」ってそんな印象を受けて、「開いちゃった」と思って、「開かないで欲しかった」というのと、さっきは引っ張ったのに、今度は力を入れずに開いたことに言いようのない恐怖を感じた。
ついでに、チャイムは途中で掻き消えた。
途中というのも言い表しにくいのだけど、普通なら「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン」って鳴るんだよね。
それが「キーンコーンカー」で止まったんだ。
それも、例の歪みきった音で、途中で止まって。
急に静かになったお陰で耳鳴りがひどくて、オエッと気持ち悪くなったけど、それでも目は放送室の中に釘付けだった。
そして中には、
――『誰もいなかった』。
もぬけの殻とかじゃない。
本当に誰もいない。
人がいたら、人の気配が残っているものだけど。
そんなものを感じさせないぐらいに、何もなかった。
そして放送用マイクはOFFになっていた。
簡単にON/OFF出来るスイッチだったけれども、どうみても自動的にON/OFF出来るような仕組みではなかった。
試しにスイッチONしたけど、例のチャイムは鳴らなかった。
あの音はなんだったんだと思いながら、部屋を出た。
扉を閉めて、もう一度開けてみてもやっぱり何もいなくて、結局チャイムは鳴らなかった。
放送室が終わってから友だちのことを思い出したけれど、怖がって使い物にならない友だちは置いて、今のうちに……ということで全部見たんだ。
『ホルマリン漬けにされて脱色した蛙が瓶のなかで動く』というのは、円筒状の瓶だから光の加減で……ということらしい。
じっくりねっとりと見ても動かず、光を当てて首を左右に振ったら辛うじて「動いてる」と思える程度には動いてたけど、どう見ても瓶マジックだった。
その後友だちを迎えにいったら、用務員のおじさんに怒られていた。
私も怒られた。
「忍び込むということは泥棒のやることだ」って。
結局、怒られるだけで済んで、学校から蹴りだされた。
――※※――――※※――――※※――
「ということが、私が体験した中でも怖いものかな」
目の前のクラスメイトたちの顔を見ると千差万別で、青い顔で血の気引いてたり、興味津々だったりと様々だ。
「一応、この話にはオチがあって……」
私が言ってみると、これまた一様にみんながこちらを見る。
「あの学校に警備員さんはもちろん、用務員さんいないんだよね。
……私と友だちを蹴りだした人って……」
――誰?
とは口には出さなかった。
けれど、誰もが私の言いたいことに反応してくれた。
――結局。
「あの視線と、あのチャイムと、あの用務員さんが分からずじまいで終わったのが、『七不思議』バスターズの活動結果かな。何か感想ある?」
みんなは特になさそうだった。
どうやらつまらなかったかもしれない。
――あのときの母校は本当に違った。
それは、誰かから聞いたことだ。
先生といった大人がいなくなり、学校の主人公たる生徒たちがいないとき、そこは異界になると。