「いい加減理解しろよ!!」
あと一話。
「急展開すぎるわ!!」
「……申し訳ございません」
「……いや、お前に当たってもしょうがねえ」
六月三十日土曜日。午後七時。安部明葉宅
一緒に食事でもどうかという御法川氏を振り切っての帰宅である。
御法川理論を聞くのもそこそこに撤退してしまったが仕方なかった。
流石に「外交会」に全てを明かすわけにはいかない。
話せば狂喜乱舞して明葉を囲い込みにかかるだろう。
それは許容できなかった。
「……たくっ、俺がグラサンのスペアを持ってなかったらどうする気だったんだ。席を外したタイミングを狙ったんだろうが考えなしにもほどがある」
「……まあ、江藤蓮さんですからねえ」
「マッドマジシャンが……。ああ、これ渡しとくぞ」
そう言って光さんが取り出したのはーー懐中時計。
忘れもしない四月二十七日。兄様と初めて会った時。
その時、兄様が報酬として提示した懐中時計だった。
「真面目な話、値打ちモンだぞ。ケースはメッキじゃねえプラチナだし、蓋についてる宝石はガラスじゃねえ。俺は時計には詳しくないが――それでも二、三百万は堅いと思うね」
「それは――そうですよ。魔法鉄鋼王国国王の持ち物ですから」
明葉は懐中時計の蓋を開ける。
狂いなく時を刻む針。真っ白な文字盤。金で出来た数字。
そして――蓋の裏には後から刻んだと思しき文字があった。
『Dear My Sister Akiha. I Love you. Georg III』
英語とドイツ語が入り交じるそれは兄様からのメッセージだ。
「……兄様」
国よりも――明葉の方が大事だと言ってくれた人。
思わず涙ぐむ。
「お前も相当な年上好きだな。ファザコンか?」
光さんが揶揄するように言う。
「……そうです。お父さんもう五年も会ってないから……」
「……仕事か?」
「……お父さんの一番は仕事で、二番目はあの女で、三番目が私だから」
結局、お父さんは――明葉のことを大好きだと言ってくれたお父さんは。
一緒に暮らしてもくれないし、あの女とも別れてもくれないのだ。
男なんて――そんなもんだ。
「まあ、お前の家庭のことは良い。問題はこれからだ。――戦争になるかもしれないんだろ?」
「かもしれません。詳しいことはこれから明らかになるかと」
光さんはそこでものすごく不愉快そうな顔をした。
「……お前、俺との約束忘れてないだろうな?」
約束。
薙校には必ず受かるという約束。
自らの身の安全を優先するという約束。
「……大丈夫ですよ。自分の身は自分で守れます」
「不安以外の何者でもねえよ」
光さんは明葉の手を掴む。ぎゅっと、力強く。
「所属が変わったってことはもう江藤一族の秘術は使えないんだろ? 痛みがダイレクトに伝わってくるんだろ?」
「……そうなると思います」
江藤一族の秘術――それは召喚しないという逆転の発想から生まれる。
すなわち召喚魔法ではなく通信魔法。
精神を入れ替えるのではなく――五感と肉体と精神を繋ぐリンクだけを入れ替える。
「あれは驚いたぜ。お前の脳は明らかに『ここにない肉体』を操って『ここにない五感』の情報を取り入れてた。お前の肉体に入ってるはずの江藤命がなにをしようとお前の脳波はいっさい関係ない動きを示した」
「……おそらく魔法には『光より速く進む性質』があるんだと思います。だからこんなリアルタイム処理が出来る。『外交会』が二つの世界を隔てるものが距離だけだと判断した理由もそこにあるんだと思います」
二つの世界を隔てるものが距離だけなら――極論高速で動けばたどり着いてしまう。
数十万光年の彼方だって――光の数十万倍の速さで動けば良いだけだ。
「理論はどうでも良い!! お前は大丈夫なのか!? そんな戦争なんかに巻き込まれて大丈夫なのか!?」
「――平気です」
「嘘だッ!!」
光さんが叫んだ。悲鳴のように。断罪するように。
「平気なやつなんかいるわけないだろうが!! ああ、確かにお前は自分が傷つくことなんてちっとも恐れちゃいないんだろうさ!!」
ぐいっと光さんに襟首を掴まれる。
突き刺すような視線。
「けどな!! お前は他人が傷つくのが心底嫌いだってのはもう分かってんだよ!! 戦争なんか耐えられるか!!」
「平気です!! あなたのためならなんだって平気です!!」
叫ぶ。
根拠なんて微塵もないけど。
出来っこないって分かってるけど。
それでも――声の限りに叫ぶ!!
「まだ戦争が起こるって決まったわけじゃありません!!」
「リスクがあるってだけで十分だろうが!!」
思いっきり明葉をソファに叩きつけて光さんは叫ぶ。
「俺は嫌なんだよ!! お前が傷つくのが!! いい加減理解しろよ!! お前一人傷ついてお前はそれで満足かもしれねーけど!! 周りはみんな傷ついてるんだよ!!」
はあはあと肩で息をする光さん。
明葉はそれを――見る。
ポロポロと大粒の涙があふれてくる。
「……じゃあ、どうすればいいんですか。結局私はお役御免ですか。光さんにとって私ってそんなにどうでもいいものだったんですか!!」
「――少し良いかしら」
唐突に。
玄関から声がした。
耳に馴染んだ――しかし決してここにいてはならない人の声。
その人は玄関からすたすたと歩いてきて――極々普通にリビングのドアを開けた。
紅く赤く朱いその立ち姿。
――仁ノ宮愛がそこにいた。




