「――無理なら、諦めるしかないわなあ。嬢ちゃん」
メルセデスさん登場
「何のつもりだ。クラウディオ・ベガ」
「何のつもりも何も――嬢ちゃんはうちの初代勇者つー事になっとったはずじゃろう?」
振り返らないまま足を止めた法王の背にクラウディオさんはニヤリとした笑みを突き刺していく。
「七国の決定に逆らうつもりか」
「七国? 五国の間違いやないか? なあ――銀行商業都市市長メルセデス・バルトロメ?」
クラウディオさんの陰からスーツを着た人影が現れる。
ピンストライプのグレイのスーツ。
シルバーフレームの眼鏡をかけて小脇にアタッシェケースを抱えたその姿はいかにもな銀行マンであった。
年はクラウディオさんより少し若い――三十前後。
黒髪を短く刈り込んで、眼鏡の奥には金色に近いような明るいブラウンの目。
黒猫が立ち上がってスーツを着て銀行家になったようなそんな人である。
「一流の魔法使い二十人の一日分のレンタル代――魔法鉄鋼王国金貨で二十枚。悪くない取引かと」
法王はそこで初めて振り返った。
明葉が今まで見たこともないほど憎悪に顔を歪めて。
「貴様ら……自分が何言ってるのかわかっているんだろうな」
「――嬢ちゃん」
クラウディオさんはそれを無視して明葉に呼びかけた。
「五国の成立についてはわかったか? わしら都市国家は五国の戦乱から逃れてきた者の集まりじゃ。五国の横暴には断固として反対する」
「私たちはより良い取引があればそれを優先するだけですので」
メルセデスさんの眼鏡がきらりと光った。
「――悪くないですね。それ」
見れば。
王座の傍らに公爵とエル様がいた。
「小童と雌狐か……」
「ベルグストローム様とシュンペイター様。お二方も一口お乗りになりますか?」
メルセデスさんはくいっと眼鏡を上げると慇懃に礼をした。
「私は乗りましょう。あなたはどうしますか?」
「私も乗らせていただきましょうか」
二人は微笑みあって頷いた。
「金貨二十枚の内――五枚を魔法鉄鋼王国が出しましょう。彼の方は我が国の王妹殿下で在らせられる故」
「同じく五枚を農業連合が出しましょう。それが我が国の勇者の望みで在る故」
「捨てた勇者の首に縄付けようゆう腹かい……。ええ性格しとんな、ぬしら」
ぎりぎりと殺気のこもった目でエル様と公爵を睨みつけるクラウディオさん。
でも――金貨十枚は大金だ。
経済封鎖中の学術科学都市にとっては喉から手がでるほど欲しいものだろう。
「……嬢ちゃん。あんたはどうじゃ?」
クラウディオさんはエル様と公爵を睨みつけたまま明葉に問う。
「金貨二十枚分一日で働けるか?」
「無理です」
即答した。金貨一枚がどれくらいの価値か明葉にはわからなかったけど――多分五万円ぐらいかなあと勘で当たりをつけてみるけど――とにかく二十枚分も一日で稼ぐのは無理だ。
「わしらとしては防災の技術を売って欲しい。兵器関連の技術ももちろん欲しいが――それは売りとうないじゃろ」
「いや、だから無理ですって――」
「――無理なら、諦めるしかないわなあ。嬢ちゃん」
かつん。かつん。
クラウディオさんが近づいてくる。
「二つに一つじゃぞ。嬢ちゃん」
かつん。かつん。
「勇者を諦めて愛しい男の前から去るか」
かつん。かつん。
「金貨20枚稼いで勇者として残るか」
かつん。かつん。――ぴたり。
「選びい」
クラウディオさんは。
明葉の目の前で足を止めたクラウディオさんは。
明葉を撃った時と同じ目をしていた。
「――私を送り返すんじゃなかったんですか?」
爪を剥いで。指を寸刻みにして。
二度とここへは来られないようにするんじゃなかったのか。
「――嬢ちゃん。言ったそうじゃな?『私は暴力には屈しない』と」
「言いました」
「――気に入った」
クラウディオさんは明葉のあごを掴んで自分の方に向けさせる。
「暴力には屈しない――それは学術科学都市の理念そのものじゃ。嬢ちゃんがそれを貫くと言うのなら嬢ちゃんを勇者として認めてやる」
クラウディオさんの瞳に明葉が映る。
江藤蓮と同じ緑色の瞳。
江藤蓮と同じ冷たい目。
まもなくここは新世界と激突する。その時のために――嬢ちゃんの目が必要じゃ」
明葉の目。
恨みがましげな三白眼。
見たものを決して忘れない世界を越える写真機。
「手抜きは許されん。今までの客分扱いとは違う。魂削って働きや――ここにいたいと思うならそん覚悟が必要じゃ」
「――私に戦争の手伝いをしろと?」
鋭く鋭く。クラウディオさんを射抜くように鋭く。
私の目は一本の槍。
嘘を決して許さない――槍!
「――そうなるかもしれん。ならないかもしれん。平和に友好的に交流が出来るのかもしれん。そうでないのかもしれん。――全てはここからじゃ」
淡々と何でもない事のようにクラウディオさんは言う。
その目に映るのはダークブラウンの瞳の少女。
きつくきつくクラウディオさんを睨みつけるその目はどうしてだか恨みがましげな三白眼に見えた。
「――その前に。一つだけ前提条件を確認しておきましょう」
涼やかに公爵の声が割り込んだ。
「ちょうど準備ができたようですし」
そう言って公爵はすっと道を空けた。
奥から現れたのはブラウンの髪。
緑の瞳の端正すぎる顔立ち。
――江藤蓮がそこにいた。
江藤蓮登場。
さて、何が起こるのか……?




