「――待った」
明かされる――二十年前の真実
「神聖王国法王フランシスコ様。お入りください」
公爵の感情の消えた声が響く。
現れたのはスーツの男。
白く白く輝いて。
誰が主役なのかを見せつける。
「……二回目ですね」
先手をとって明葉は告げる。
「ええ、お久しぶりです」
優雅に男は微笑む。
静かな火花が二人の間に散った。
「――クラウディオさんから聞きました。私を追い返そうとしたと」
「そんなことを言いましたか、彼は」
クスクスと法王は笑う。心の底から楽しそうに。
「学術科学都市は仁ノ宮愛を殺すつもりなどはじめから無かったと。あなたが私のみならず仁ノ宮さんまで騙していたと」
「あなたはそれを信じるのですか?」
興味深そうに法王はあごを撫でる。
「信じます。あの銃撃には本物の殺意があった。嘘偽りとは思えません」
法王は一瞬呆気に取られた顔をする。
「……ええと、それはあなたを殺そうとした人の意見を信じる、と言うことですか?」
うまく飲み込めないという顔をする法王。
「それだけ本気だってことでしょう?」
「本気であなたを排除しようとしてるようにしか思えないんですけど……」
呆れたように苦笑する法王。
――彼にはわからないだろう。
殺すものと殺されるもの。
その間にある友情とか信義とか――あるのは殺意だけじゃない。
「……まあ、私も魔法使いです。言ってることはわかりますが……」
「ならばいいでしょう」
「あなたが、それが分かるというのが意外なのですよ。平和な国の何の変哲もない中学二年生が――いやその化けの皮も随分はがれかかっていますがね」
法王はすっと立ち上がるとそのままこちらへ歩いてきた。
三歩の間合いを残して法王は足を止める。
「それは戦士の思想なのです。安部明葉さん――あなたはいったい何と戦ってきたのです?」
すうっと法王の目が細くなる。
こちらの奥底を見透かそうとするように。
「戦ってなどいません。逃げ続けの人生でした」
明葉はその瞳から視線を逸らさず言い切った。
挑むように。戦うように。
「……その目。初代様を思い出しますねえ。やれやれ――女は怖い」
「初代、様」
「神聖王国初代勇者斉藤優香様ですよ。もっとも私も数回しか会ったことはないのですけどね」
斉藤優香。
初めて聞く名前だった。
「どんな人、でしたか」
「狂王というのが一番しっくりくるでしょうね。20年に渡る戦乱の時代をご自分のエゴで巻き起こした人ですから」
狂王という言葉と斉藤優香という平凡な名前のギャップにぞくりとなる。
「もっとも、彼女も哀れな操り人形に過ぎなかった訳ですが。それでも彼女のしたことが許されるわけじゃない」
「彼女は、いったい、何をしたんですか?」
沈黙が下りた。
法王は薄く笑って明葉を見ている。
「――何をしたと思います?」
形の良い唇が音を紡ぐ。
それは明葉の耳に絡みついた。
蛇のように。鎖のように。
「…………魔法鉄鋼王国に攻め込んだ?」
「惜しい」
クスクスと法王は笑った。愚かな自分を嘲笑うように。
「彼女はそれがしたかった。魔法鉄鋼王国を滅ぼしたかった。悪しき異世界を滅ぼしたかった。しかし、彼女に従う軍は無かった。――どうしたと思います?」
法王は歌う。狂王の歌を。
狂気に囚われた哀れな女の歌を。
「…………………まさか」
そんな、まさか。明葉の動揺を見透かしたように法王は笑う。
「多分それで正しいですよ」
恐る恐る明葉は言う。戦慄とともに。
「国を……神聖王国を作った?」
「惜しい――正解は神聖王国、農業連合、北限国家、南洋連合の四つの国を作った、です」
「…………………………どうして、そんなことを」
声が震える。肩が震える。恐怖がこみ上げる。
「全ては魔法鉄鋼王国を滅ぼすため。彼女にとっての悪しき異世界を滅ぼすため。そのための兵力として四つの国は作られた。――四人の勇者によって」
「四人の勇者……」
「初代様と言われる方々です」
――初代勇者五人の死。
クラウディオさんの言葉が蘇る。
「『真祖』佐藤雄介。『氷原』高橋雪。『麦秋』鈴木京也。『聖女』斉藤優香。『真珠』南風原真吾。――元々初代という言葉は『真祖』斉藤雄介だけに付いていた。二十年前、斉藤優香が裏切るまでは」
佐藤雄介――衛藤連。
帝都大学の教祖。
「死んだんですか――五人とも」
「死にました。自らのしでかしたことの重さに耐えかねて死を選びました」
「しでかした、こと」
一歩。
法王が距離を詰めた。
「戦争ですよ。ついこの間ようやっと和解がなった泥沼の戦争が始まってしまったんです。斉藤優香が――願った通りに」
世界を滅ぼすための戦争が――始まってしまった。
「どうして――どうしてそんなことを願ったんですか」
また、一歩法王は近づいて。
明葉の前に片膝をつく。
そして、耳元で囁いた。
「――愛する人を手に入れるため」
その言葉が明葉の心臓を射抜いた。
温かい血がだくだくと流れ出していく。
熱を奪われた体が凍るように冷たくなっていく。
「『聖女』斉藤優香は『真祖』佐藤雄介が好きだった。愛していた。――しかし『真祖』は『聖女』の思いを拒んだ。今はまだ魔法鉄鋼王国に集中していたいから、と」
その時。
『聖女』の心の片隅に悪魔が住み着いたのだ。
――魔法鉄鋼王国がなくなってしまえば、と。
「あなたとは真逆ですね。勇者様」
体を離して法王は立ち上がる。
「魔法鉄鋼王国がなくなってしまえば、あなたはお払い箱だ。勇者でなくなったあなたに仁ノ宮光は興味を示さない」
明葉を見下ろすその目は――刃のように鋭く尖っている。
「このままでは遠からずそうなります。――その時あなたはどうするんです?」
「どういう、意味ですか?」
「まさか、本当に――あなたのために七国の王全員が集まった――とは思っていないでしょうね?」
そうだ――と明葉は思った。
法王はまだ一度も明葉に自国の勇者になれとは言っていない。
思い返せば、エル様もそうだ。
勇者になれとは言わなかった。
「私は七国の王が集まる口実に過ぎなかった、と?」
「魔法鉄鋼王国からはそう聞いていますよ。勇者召還に関して七国全ての力を借りる必要のある重要事があると。今いる勇者とは一旦契約解除する必要があると」
契約解除。
それはもう呼ばれなくなると言うことだ。
もう、光さんのお役に立てなくなると言うことだ。
「――嫌ですッ!!」
とっさに叫んで。
白スーツの襟首を掴む。
近づいたその顔は淡々と事実を告げる。
「契約の際に言われませんでした? 『契約は突然解除される事がある』と」
言われていた。
その時は聞き流していたその言葉がずきりと心に刺さる。
「とにかくあなたはもう用済みです。今までお疲れさまでした」
そう言って。
法王は明葉を振り払いそのまま踵を返す。
もう後の事には興味がないと言わないばかりに振り返る事なく歩み去っていく。
その背がどんどん遠くなる。
「――待った」
声がした。
玉座とは反対側。明葉の背後。
思わず振り返る。
「せやったら――嬢ちゃんの命うちで貰い受けようやないか」
学術科学都市市長クラウディオ・ベガ。
真打ち登場である。
振り向いて欲しかった。
認めて欲しかった。
愛して――欲しかった。
ただそれだけ。




