研究進捗会議
壁一面に設置された巨大なモニター群。
そこには、中世ヨーロッパを思わせる石造りの街並みや、
剣と鎧を身に着けた冒険者風の人々が行き交う市場の映像が映し出されていた。
別の画面には豪華な王宮の内部。
さらに別の画面には深い森林や地下洞窟の様子が映し出されている。
まるでファンタジー映画の撮影現場を監視しているかのような光景だった。
しかし、それだけではない。
隣接するモニターには、それらの地域を俯瞰した地図情報が表示されていた。
各都市、森林、鉱山、ダンジョンには無数のマーカーが重なり、
その周囲には発電量、人口推移、資源採掘量、気象データ、
生体反応指数など、数え切れないほどのパラメータが並んでいる。
折れ線グラフ、円グラフ、表計算データ。
膨大な情報がリアルタイムで更新され続けていた。
その光景を見つめていた男の背後から声が掛かる。
「管制室長、そろそろ会議のお時間では?」
男は振り返った。
四十代半ば。
白いワイシャツに黒いスラックスという簡素な服装だが、
首から下げられた社員証がその立場を物語っている。
彼は軽く腕時計を確認した。
「ああ、もうそんな時間か。行ってくる」
スタッフが不思議そうな顔をする。
「ご自分のデスクからWeb接続されないんですか?」
男は苦笑した。
「今回はノルンシステム・レベル7以上の機密案件だ。
一般職員には公開できない内容が含まれている」
そう言うと周囲を見渡す。
「悪いが、少しここを任せる」
「了解しました」
男は踵を返し、管制室を後にした。
自動ドアが静かに開く。
その先に続く廊下は、天井、壁、床のすべてが銀色の金属で構成されていた。
無機質な照明が一定間隔で並び、人工的な白光が足元を照らしている。
男は迷うことなく奥へ進み、やがて会議室の前で足を止めた。
認証ゲートに社員証をかざす。
電子音が鳴り、重厚な扉が左右へ開いた。
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会議室には既に多くの人々が集まっていた。
細長い机と椅子が幾列にも整然と並べられ、
正面には巨大なスクリーンが設置されている。
スクリーンには各地の支部からWeb参加している
研究者たちの映像が映し出されていた。
黒いスーツの役員。
白衣を着た研究者。
軍服姿の将校。
工場作業着の技術者。
そしてラフなワイシャツ姿の管理職。
様々な部署の人間が一堂に会している。
男も空いている席に腰を下ろした。
やがて壇上へ一人の白衣の男が歩み出る。
「皆さん、お集まりでしょうか」
男は周囲を見渡した後、スクリーンへ視線を向けた。
「Web参加の皆様、音声は届いておりますか?」
すると別のモニターに映る男が答えた。
黒いスーツを着た黒人男性。
眼鏡を掛け、髪はきれいに剃り上げられている。
「本社のロントです。問題ありません。始めてください」
「ありがとうございます」
白衣の男はうなずいた。
「それでは開始いたします」
会場が静まり返る。
「まず注意事項です。本会議はノルンシステム・レベル7以上の
権限保持者を対象としております。内容の外部共有は禁止とします」
一呼吸置く。
「また、本会議には天照大法院の定める倫理規定に
抵触する研究内容が含まれています。
閲覧および取り扱いには十分ご注意ください」
室内の空気がわずかに張り詰めた。
「それでは、バートランド聖王国・地下人工細胞研究所所長、
ジェイソン・クローヴィスより報告いたします」
スクリーンが切り替わる。
そこには次の文字が映し出された。
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アーガスノルンコーポレーション
研究進捗会議
議題:Cell# 開発状況報告
閲覧対象:ノルンシステム レベル7以上
倫理規定:対象外
開催日時:2■■1年5月29日 14:00
――――――――――
スクリーンの中央に立つ男が口を開いた。
「前回の進捗会議から期間が空いておりますので、
まずは研究成果を簡単に振り返らせていただきます」
画面が切り替わる。
そこには崩壊した都市の映像が映し出された。
倒壊した高層建築。
枯死した森林。
魚の死骸が浮かぶ湖。
荒廃した地表世界の光景が次々と表示される。
「現在、地球の大気圏は先の大戦によって
高濃度エーテル光汚染状態にあります」
ジェイソンの声が響く。
「ご存じの通り、エーテル光は極めて
高いエネルギーを持つ物質透過性素粒子です」
画面には人体組織の損傷シミュレーションが表示された。
「一般的な生体細胞はエーテル光によって破壊されます。
そのため地表は生命の生存に適さず、
人類は地下生活を余儀なくされています」
次のページが表示される。
そこには重度の熱傷を負った男女の写真が並んでいた。
会場の空気が重くなる。
「こちらは違反者を対象に実施した照射試験の結果です」
冷静な口調だった。
「人間も例外ではありません。
全身の細胞が破壊され、最終的に死亡します」
誰も言葉を発しない。
静寂だけが流れる。
やがてジェイソンは次のスライドを表示した。
「そこで我々は、地表での生命復活を実現するため、
細胞改変研究に着手しました」
ミトコンドリアの模式図が現れる。
「着目したのはエネルギー代謝を担う細胞小器官ミトコンドリア。
そして当社独自のナノテクノロジーです」
映像はナノスケールの構造図へ切り替わる。
「エーテル光代謝回路および通信ネットワーク機能を組み込むことで、
エーテル光を利用可能なナノマシンネットワークを開発しました」
ジェイソンは言った。
「我々はこれを『ナノエーテロイド』と呼称しています」
顕微鏡映像が映し出される。
細胞内部で光る微細構造体。
「本日は、このナノエーテロイドを用いた
生体細胞改変研究についてご報告いたします」
次々とグラフや実験結果が表示される。
「我々は戦前に回収した生物種サンプルから採取した細胞へ
ナノエーテロイドを融合することで、
エーテル光耐性細胞――Cell#の作製に成功しました」
画面が切り替わる。
そこには青空の下で育つ植物。
野原を駆ける動物たち。
地表で生きる生命の姿が映し出されていた。
会場がざわつく。
「まさか多細胞生物で成功したのか……」
「環境修復計画が現実になるぞ」
「垓亜重工は似たコンセプトで原始的な細菌を使って
エーテル光による発電に成功していたが、
それ以外では不可能と言われていたぞ」
ジェイソンは続けた。
「さらに、この技術をヒトへ応用することで、
エーテル光耐性を持つ人工人類――
マナサピエンスの開発にも成功しています」
映像が切り替わる。
石畳の街。
鎧を着た兵士。
ローブを纏った魔法使い。
管制室長が日常的に監視している世界が映し出される。
会場にはどよめきが走った。
「そこまで進んでいたのか……」
「研究所への立ち入り制限はこのためか」
「競合企業に漏れたら大問題だ」
ジェイソンは頷いた。
「文明再建計画は現在最終フェーズに入っています。
詳細は研究企画室の報告をご参照ください」
そして声色を変えた。
「続いて、副次的に発見された現象について説明いたします」
動画が再生される。
洞窟。
ローブ姿の男。
男が手をかざした瞬間、青白い光が集まり、火球が放たれた。
火球は異形の怪物へ命中し、爆炎を巻き起こす。
会場の誰もが映像に見入っていた。
「各発電所を管理されている管制室長の皆様は
既にお気付きかもしれません」
ジェイソンは静かに言う。
「現地で『魔法』と呼ばれている現象は、
大気中および体内に存在するナノエーテロイドによって発生しています」
会場に再び衝撃が走った。
「魔法だと……?」
「理論上は可能と言われていたが……」
「2030年頃には疑似的なものが発表されていましたな」
「ついに実現したのか」
一人のスーツ姿の男が立ち上がる。
「ここまでの成果が出ているのであれば、
現生人類へ適用可能なのでは?」
ジェイソンは首を振った。
「残念ながら、重大な欠陥があります」
会場の空気が再び重くなる。
「エーテル光を消費し尽くし、
低エネルギー状態へ移行した場合――
宿主に深刻な影響を与えます」
彼は後方を振り返った。
「実際の映像をご覧ください」
別のモニターが起動する。
そこには軍服姿の女性が映っていた。
「ヴァレンディ公国・地下防衛技術研究所のリサです」
彼女の背後には巨大な隔離実験室。
銀色の壁面。
白いぶかぶかの完全防護服の研究員たち。
そして中央には首輪型デバイスを装着された若い男が立っていた。
次の瞬間。
男が苦しみ始める。
首輪の緑色ランプが赤色へ変化した。
「被験者のLEAC濃度がHEAC濃度を上回りました」
研究員が報告する。
「変異現象を確認。警戒してください」
男の身体が異様な角度へ反り返る。
直後。
全身が膨張した。
服が破裂し、肉体から無数の腫瘍状組織が噴き出す。
白い胞子が周囲へ舞い散った。
リサは感情のない声で命じる。
「滅菌処理を開始してください」
火炎放射器が一斉に火を噴いた。
怪物へ変貌した男は業火に包まれ、そのまま焼き尽くされる。
映像が終わる。
会場は静まり返っていた。
ジェイソンだけが口を開く。
「このように、ナノエーテロイド――
現地でいう『マナ』のエネルギーが枯渇すると、
生物は変異します」
彼は淡々と言った。
「現地では、この現象を『魔物化』と呼んでいます」
重苦しい沈黙の中、次の発表者が映し出される。
東洋系の白衣の男だった。
「光覇朝・地下変異体解析研究所のリーです」
彼は資料を開く。
「続いて、変異抑制因子探索計画の進捗をご報告いたします」
こうして、極秘研究会議はさらに深部へと進んでいった。




