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アーガスノルン・コーポレーションの日常  作者: A.N.C.


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始まり

ピピピピ。


目覚ましが鳴る。


目をゆっくり開く。天井が白い。壁も床も何もかも白い。

この部屋に引っ越してきた日、

俺は白という色がこれほど人間の精神を削るものだとは知らなかった。

今では慣れた。慣れてしまった、というほうが正確かもしれない。


俺は重い瞼を擦り、スマホの画面を確認する。


「7:00か」


だるい。

体の芯に鉛が詰まっているような感覚は、

昨日も一昨日もそのまた前の日も変わらない。

だが、仕事に行かなくてはいけない。それだけは変わらない。


冷蔵庫からパンとコーヒーを取り出し、

スマホでニュース動画を流し見しながら簡単な朝食を取る。

映像の中では白髪の女性キャスターが、完璧な笑顔で数字を読み上げている。


「エリア9A管理区域での発電量は、

既に上半期で前年比160%増を記録しました! 

アーガスノルンコーポレーションの業績は、

史上最高益を達成するでしょう。続いてのニュースです」


160%増。俺はコーヒーを一口飲みながら、その数字を頭の中で転がした。

去年も確か過去最高だった気がする。

その前の年も。数字は毎年更新されていく。


洗面台で顔を洗い、髭を剃り、歯を磨く。

鏡の中の自分の顔を見る。ジョセフ・ヴォルコフ、32歳。

アーガスノルンコーポレーション第三管制部門、エリア担当主任。

特に不満はない。特に望むものもない。


「さて、行くか」


白い玄関、白い扉を開く。


光がまぶしい。



そこは外ではない。


扉の向こうに広がるのは、高さ方向に大きく吹き抜けた、

ショッピングモールに似た構造の空間だ。

壁も床も天井も白で統一されており、

朝の人工光が隅々まで均一に行き渡っている。

自然光とは異なる、影の生まれない光。


俺は3階部分の一室に住んでいる。

各フロアを繋ぐ回廊には、すでに多くの住人が行き交っていた。


空中には透明な巨大ディスプレイが複数浮かんでおり、

ニュース映像や気象データ、

企業の業績グラフが絶え間なく更新されている。

どのディスプレイも、

今朝のトップニュースはエリア9Aの発電記録だった。


建物内にアナウンスが流れる。


「おはようございます。2XY1年5月29日。

本日の大気中エーテル光汚染は中レベル相当です。

屋外作業をする際は、耐エーテル光装備が必須です」


俺が生まれた年からずっと、この数字は積み上がってきた。

だが正直なところ、その実感は薄い。世界はずっとこうだった。

この白い空間も、エーテル光汚染も、

アーガスノルンコーポレーションも、

全部、俺が物心ついた頃にはすでに存在していた。


「アーガスノルンコーポレーションの社員は、

8:30までに勤怠管理ナノデバイスを体内に投与することが

義務付けられております。

管理センターへの立ち寄りをお忘れなく」


回廊を歩き、駅の改札に似た構造の通路を

他の人々と同様にくぐり抜ける。


受付に立ち寄り、腕を差し出す。

白衣の担当者がデバイスをセットし、カチリと音を立てる。

針が刺さる感覚はない。

ナノデバイスは血流に乗り、

今日一日の俺の位置情報と生体データを会社へ送り続ける。


エレベーターに乗り、所定の階で降りる。

銀色に統一された廊下をまっすぐ進み、銀色の自動ドアを抜ける。


そこは、広大な空間だった。


すでに多数の人間が詰めかけており、

机と椅子が規則正しく並んでいる。

各デスクの上にはモニターとキーボード、そしてヘッドセット。


前面の壁には、縦横に敷き詰められた大型モニター群が

ひとつの巨大な情報パネルを形成していた。


いくつかのモニターには、映像が流れている。


中世風の石畳の街並みを歩く人々。

鎧を身につけ、腰に剣を帯びた者たち。

それから王宮の廊下、松明の揺れる洞窟、見渡す限りの森。

ファンタジー映画の撮影現場を覗き見ているようにも見えるが、

俺にはもうそう見えない。

あそこに映っているのは人間ではない。

少なくとも、こちら側の人間ではない。


別のモニターには地図が映し出されている。

様々な区域が色分けされ、

パラメータとグラフが絶えず数値を更新し続けている。


「よお、ジョセフ。調子はどうだ?」


後ろから声がかかった。ジャックだ。

同期入社のエリア担当。顔色が悪い。

目の下の隈が深く、肌にツヤがない。


「まあまあだ。お前はどうだ?」


「休日出勤ってだけでも最悪なのに」

と彼は疲れ果てた口調で言った。


「昨日の午後4時くらいに突然警報が鳴ってな。

エリア3C管理区域でLEAC濃度がHEAC濃度を上回る反転現象が起きて、

その対応でへとへとだぜ」


「結局どうしたんだ?」


「どうにもならないから、管制室長判断で強制再起動だ。

まあ、2%の損失で済んだから大した問題じゃないがな」


2%の損失。俺はその言葉を反芻した。損失。

俺たちはいつもそう呼ぶ。数字として処理する。

管制室の中では、それが正しいやり方だ。


「エリア9Aの連中は、過去最高の発電量を記録したそうだな」


ジャックは乾いた笑みを浮かべた。


「今年のボーナスどうなるかな。

おっと、俺はそろそろ上がらせてもらうぜ。

徹夜で対応したから、めちゃくちゃ眠いぜ。じゃあな」


「ああ、お疲れ」


ジャックは、ふらふらになりながら管制室を後にした。

その背中を見送る。


俺は自分の席に着き、ヘッドセットをつけ、

モニターを起動させる。キーボードを叩き始める。


今日の仕事は、ジャックから引き継いだ担当区域、

エリア3Cの再調整だ。


現地では"アイアンレッド魔導隔離区域"と呼ばれているらしい。


管制室のパネル上では単なる数字とグラフだが、

モニターに映し出された映像の中では、

鬱蒼と茂る森林地帯に大きなクレーターが映し出されていた。


そのクレーター付近に、数人の人影がある。

鎧姿。剣を手にしている。


俺はパラメータ調整の画面へとフォーカスを移した。


「ふう」と小さく呟く。「長い一日が始まるな」


モニターの中で、エリア3Cの数値が静かに点滅し続けている。

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