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過労死から始まるドラゴン転生  作者: questmys
三章 成体期
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22 俺の物語

 人類帝国と獣の国の境界線に両国の兵がずらりと並ぶ。隙間無く横一列に並べられた人の壁は壮観であった。よくぞここまでの数を動員出来たものである。

 人類側は先の連合軍が敗北を喫したことで痛手を受けていた。

 魔族側も大規模粛正を受けその数を大きく減らしていたはずだ。

 両者共にこの一戦で雌雄を決する腹積もりであろう。それは俺の計画と違うっつーに、トップ二人が聞く耳持ちゃしない。あれよあれよという間に事態は制止不可能なところまで進んでいた。


 もう知らん。好きにするが良い。俺も好きにさせてもらう。


 いざ開戦、という時分。空に巨大な陰二つ。

 言うまでもなく片方は巨大化した俺である。そしてもう一方は巨大化した黒ドラゴンである。二つの陰は国境の上で重なり合い、戦いが始まる。

 高速で飛ぶ巨体が二つぶつかり合うのだ。その衝撃に巻き込まれた者達は一溜まりもない。まして俺達は魔法も遠慮無くぶっ放し合う。大陸の中央付近に布陣していた者達(姫殿下やエルフ美女も含む)は堪ったものではないだろう。更に上空高くで戦うことにより遠く離れた大陸端の兵達にも異常事態が起きていると伝わった。


 まあ、ぶっちゃけると俺達二人は念話で打ち合わせしながら力の限りじゃれついているだけだ。ガチ勝負と違って安全安心。黒ドラゴンは周りに被害が及ぶことを懸念しながらではあるが。

 気にするな。構わん、やってお仕舞いなさい。俺が許す。

 俺の言うこと聞かない奴らにはこうして神罰が下るのだ。くかかかかかか。


 姫殿下がなんやかんやと騒いでいる。はいはい、あとでね。俺の計画無視して短期決戦を推し進めた姫殿下にはあとで言い聞かせてやらねばならぬ。

 エルフ美女は口惜しそうにこちらを睨み付けている。奴には神託で「お前の悪事を全部黒ドラゴンにばらしてやろうか」と脅しをかけている。自業自得という言葉がよく似合うな。


 俺達二人のじゃれ合いは一昼夜続き、その余波で大陸中央は山から窪地へと変貌を遂げた。やがて雨水が溜まり恵みの湖へと姿を変えるだろう。

 人類よ、魔族よ、今日のこの日を忘れるな。貴様らが大戦争を起こす時、俺達ドラゴンブラザーズが本気で遊びに来るからな。しっちゃかめっちゃかに掻き乱してくれるわ!


 ◆


 大戦争は未然に防ぐことが出来た。両軍は兵力を疲弊することなく、兵糧の消費も最小に抑えて自国へと戻ることが出来た。そしてそれからはいくつもの小競り合いと、思い出したように侵攻しては取り返される一進一退の攻防が長く続いた。

 もちろん台本有りである。全て――ではないけれど、俺の手の平の上だ。


 七十余年に渡りコントロールされた戦争が続けられた。過程も結末も決まった予定調和の戦争が。

 その中で良い感じに神託を与えたり勇者のお供をさせたり従軍して兵の士気を上げたりすることでフルの名声を上げることにも成功した。これで後世の歴史の教科書に載ることは間違いない。なにせ今現在の歴史書にも載っているくらいだ。


 順風満帆だった。

 フルのために思いつく限りのことをした。本人の希望も可能な限り取り入れた。成功も失敗もしたけれど、時々苦労をかけることもあったけれど、大局的に見て一路順風であったと言えるだろう。


 けれどどうしても涙が出る。

 今、フルは老衰で(とこ)に伏している。もう長くないと分かってから加護による延命を試みたが、やんわりと断られた。そうだろう。フルはそれを望むような娘じゃあない。


 ――ふっ。もう、娘ってぇ歳でもないか…………。


 ああ、死期が近づいている。命の灯火が尽きてゆく。

 今、フルは最後の力を振り絞り次代の巫女へと継承の義を行っている。

「――あなたも、自由でいいのよ。全て、運命は神により定められているのだから――なんて、ふふ、本人がいる横でこんな事言うなんて、おかしいわね。でも、本当。そう思う時があるの。何度もね。だから、好きに生きていいのよ。それは神の定めた運命を逸れることではないのだから。自由に、生きて。巫女だなんてこだわらずに。あなたが好きな通りに、ね…………」

 次代の巫女と手を繋ぎながら話していたが、最後は力なく手を離し、床へと落とした。それからは子供や孫といった家族と、神殿に使える皆と、列席したたくさんの人達と別れの言葉を交わした。

 俺は言葉をかけなかった。ただ、子ドラゴンの姿でずっと傍らに立ち続けた。


 フルの命が尽きた。

 最後に俺と目があって。

 俺は「おやすみ」と視線で伝えた。

 フルも「おやすみ」と目で応えた。


 鐘が鳴り、聖女の死が告げられた。誰もが泣いていた。俺も泣いていた。

 大声で泣きながら外に出て、成竜の姿になって空へと昇る。

 前々から告げていたことである。フルが亡くなったら現世を離れると。


 悲しい。


 分かっていた。覚悟はしていた。フルは幸せそうだった。子や孫や大勢の人達に囲まれて寝所で老衰死なんて、この世界では贅沢もいいところだ。本人も幸せだと言っていた。けれど悲しい。


 だがこの悲しさもきっといつか美しい思い出になる。俺とフルが共にすごした輝かしい記憶の一つに。


 ◆


 決めていたことが一つある。

 これまでの俺の生き方はフルのためにあって、その生はフルの物語だったと言えるだろう。

 だから、これからは自分のために生きるのだ。

 いつかフルが言っていたように。好き勝手に面白可笑しく生きてやるのだ。


 さあ始めよう。

 これから俺の物語を。




 ― 完 ―

あとエピローグが一本。

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