17 人類領域統一
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その日、絶望的な神託を受け、人類領域に激震が走った。
魔族領域の六国が統合され、一つの巨大な国家が誕生したのである。
その名は「獣の国」、統べるは大魔王ジルダリアス。
「そして犯人は俺!」
ドヤ顔でキメて自白した俺ドラゴン。なお、相手はセントス国王城の執務室にて書類仕事をこなしていた姫殿下である。
黙々と筆を走らせていた姫殿下だったが、俺の言葉を耳にするとこれまた無言で立ち上がり、今まで己が腰掛けていたイスを高々と掲げたのであった。
振り下ろされる――その動きを目で追いながら、「ああ、立派なイスだなあ」なんて、取り留めもないことを考えていた俺。脳天を打ち抜かんとするその軌道を受け入れ、衝撃と痛みを覚悟する。が、想定外。まさかまさかの出来事が起きた。弧を描くイスの、四つ脚の内の一本の、更に角っこが俺の眉間を打ち抜いたのである。
眉間である。
眉と眉の間である。
もうちょっとずれていたら目に当たっていた。眼球直撃、イスの脚。失明は必至である。
そしてそのような凶行に走った当の人物はといえば、
「あら、コート殿。お久しぶりですね」
などと、先の出来事などなかったかのように平然と挨拶を交わしてくるのだ。実にクレイジーである。
「怖いわー。王族の責務とかでストレス溜まってるのかしらん。平静の裏に狂気を感じる」
「どうしてコート殿が若干引いた感じになっているのですか。ぶち殺しますよ。
ああ、客人が来られたというのにもてなしもなくてすみません。毒とか飲みます?」
「飲まねえよ!」
えー。殺しに来てるよこの人。俺が何したって言うのさ。ここ数週魔族領域で暗躍してたから姫殿下ともご無沙汰なんですけどー。怒らせるようなことを直接何かした覚えがないんですけどー。
「ははーん、さてはしばらく会いに来なかったから寂しかっ――ぎゃー!」
殴打。殴打である。イスによる殴打を受けている。ちょっとした茶目っ気を出して冗談を言っただけでこの仕打ち。悪役プロレスラーとの試合かよ。
「ふー、ふー。はしたない姿をお見せしてしまいましたね。
さて、コート殿、わたくしに説明すべき事があるのではないですか」
「説明して欲しいのはこっちだよ! どうして俺は姫殿下に一方的にキレられて暴行を受けているんだ!」
「わたくしが貴女を嫌いだからです。何故嫌われているか理解していますね? それでは何故嫌われたか説明して下さい」
「理不尽!」
嫌いって面と向かって言われてしまった。ショックだ。しかも嫌われている理由をこっちで考えて説明しないといけないのだ。これなんて罰ゲーム。
「俺、これでも人類側の女神だよ? 神様。偉いの。それが何なのこの仕打ち。ホワーイ?」
「その女神様が人類に敵対する魔族をまとめ上げ、大魔王などという強大な敵を生み出し、大戦争を起こそうとしているのです。その大敵が目の前にいる以上、差し違えてでも討ち滅ぼすべきだと思うのですが、如何せんわたくしのような非力でか弱い女性では敵いません。仕方がないから言い訳などあれば聞いてあげます。無いならその舌引っこ抜いてくれる! さあ、どうぞ」
やだ、姫殿下、目がマジだ。この女はやる。本気と書いてマジだから。
でもおかしいな、その辺の説明は以前にもしたはずなんだけど。そのことを話すと、姫殿下はまたもや怒り始めた。ぷりぷり怒る、なんてかわいらしい表現では収まらない。怒髪天を突く、苛烈な怒りである。姫殿下は激怒した。
これ以上怒らせては不味い。正直に話そう。
「全ては秘書が勝手にやった。私は関与していない」
ひめでんか は イス を そうび した。
ひめでんか は ちから を ためている。
おれ は にげだした。
しかし まわりこまれてしまった。
執務室に残されたのは大量の書類。イスの残骸。倒れた俺。そして俺を見下ろす姫殿下。
何が起きたかはお察し下さい。
◆
とまあ紆余曲折あった訳だが、魔族領域の件が一段落したにも関わらずフルの元へと帰る前に姫殿下に会いに来た理由はただ一つ。人類領域も統一して一つの国にしてしまうためだ。
その旗頭として姫殿下に音頭を取ってもらいたい。
「そう、人類領域統一国家、即ち帝国を創るのです。そして姫殿下にはその初代皇帝として君臨してもらいたい!」
「承りました。謹んで拝命致します」
…………あ、やるんだ。あっさり。
えー、もっとごねるかと思った。魔族領域攻めこもうぜって時も乗り気じゃなかったし。
「あの、俺から言っといてなんなんですけど、本当に良いんですか?」
「もちろんです。というか、魔族領域が統一を果たした今、手をこまねいていては手遅れになってしまいます。悩んでいる暇などありません。
逆に訊きますが、コート殿こそ、本当にわたくしでよろしいのですね? あとになってもっと適任がいたから替わってくれと言われても叶いませんよ」
「押忍。そこは大丈夫。姫殿下以外に適任はいない」
そもそも俺の知り合いで王族は姫殿下しかいない。
「それではまずコート殿に、人類領域の各国へ神託を下して頂きます。内容はもちろん帝国建国と初代皇帝任命の宣言です。その後わたくしの方からも各国へ通達を回しましょう。人類領域の混乱は必至でしょうが、この危機的状況で足を引っ張るような輩を優しく諭して回る時間はありません。力技で推し進めますよ。
コート殿にも発案者責任でしっかり働いて頂きますからね! 覚悟して下さい。追って指示を出しますから、くれぐれも勝手な真似は慎んで下さいね!
さあ、忙しくなってきましたよ!」
姫殿下は一方的にまくし立てたあと、執務室を出てどこぞへ向かってしまった。
後に残されたのは俺ドラゴン。ぽつねんと、部屋に一匹。
「あの、指示を出すのは俺で……戦況をコントロール……」
俺の言葉を聞く者はいない。悲しい。
いやー、ちょっと参ったなー、これ。人選ミスったやもしれんなー。
エルフ美女といい、姫殿下といい、どうしてこうも人の話を聞かないのか。自分主導で勝手に推し進めてしまう。
俺の出番なんて無いよこれ。ははははは。
――――帰ろう。
ちょっと涙目になりながらおセンチ気分でそう決めた。
フルのいるサス国の王都、そこにある女神教の神殿へ。




