11 バカでも分かる争いが必要な理由
「チミ――――ガラパゴス諸島というものを知っているね?」
タバコを吸う真似をしながら黒ドラゴンへ問いかける。
「お、おう。大陸と地続きになったことがないとかなんとかで、独自進化した固有種の生物がたくさんいる、あのガラパゴス諸島だろう? あと日本の携帯電話がガラパゴス携帯を名乗って地元民に怒られたとか言う」
ガラケーの情報は余計だが、概ねそんな感じだ。
「流石に知っているか。ならばガラパゴス諸島に住んでいたという鳥、ドードーのことも当然知っているだろう。ドードーは天敵のいない島でのんびり暮らしていたせいで、空も飛べず、動きは遅く、警戒心も鈍かった。だからドードーと呼ばれて人間と連れてこられた外来種の動物に狩り尽くされ、絶滅してしまったのだ!
貴様は平和な世界を目指すことが新たな一歩だと言うが、その実、平和な世界こそが停滞の象徴なのだ。争いのない世界とは、いつか来る外敵に対して蹂躙されるだけの世界。弱い世界。滅びを待つだけの世界なんだよ!
一方で人類の文化を進化させてきたものはなんだ! 戦争だろう! 争いによって生まれた悲劇が、人の意識を進歩へと向かわせるのだ。よりよい世界を目指す原動力となるのだ。戦わなくっちゃ、現実と!」
俺の熱い演説を耳にしたというのに、何故だか黒ドラゴンは呆れ顔。
「最後の台詞、育毛剤だろ」
「細かいことは気にするな!」
「それに、ドードーってガラパゴス諸島だっけ? モーリシャス島じゃなかったかな。片や南アメリカで、片やアフリカだろ。全然違うじゃないか」
…………『全知全能』!
問い:ドードーってどこ出身?
答え:モーリシャス島。地球のマダガスカル沖、マスカリン諸島の内の一つ。
「細かいことは気にするなぁっ!!」
「最後に大切な事言うけどな。ここの大陸は代々獣神による結界が張られている。外敵が侵入してくる余地はない。知ってるだろう」
…………そういえばそんなこと言っていた気がする。
いや、知ってたけどね。
知ってるけどね!
「知っているとも! だがあえて言おう、カスであると! そんな結界はいずれ壊れて無くなる。その時が滅びの時だ。なんなら俺が壊したっていい!」
「壊すなよ!」
黒ドラゴンは頭を振りながら溜息を吐いていた。「やれやれ、このバカチンの分からず屋にどうやってものを教えたらいいものやら。常識ってものがないのかね」なんて台詞が宙に浮いて見えるくらい考えが見え透いている。
貴様、さては俺のことをバカにしているな?
「御為ごかしを言うのは止めろ。お前の考えは『博識』の能力で知っている。
飼い主の女――フルだったか? そいつを幸せにするだか歴史に名を残すだかのために戦ってきたんだろう。文化だ進歩だなんてさして興味もないくせによく言うぜ。
結局身近な誰かを助けたい、それに尽きるのだろう」
お、む、うーむ、意外とまともに論破して来やがる。いや、確かに当初の目的はそうなんだけれども。主目的はそれで間違いないけどもさ。
「目の前で困っている人がいて、それが親しくなった誰かであれば、なおさら助けたいと思う気持ちは湧き出るものだ。俺だってそうだ。
本音で言おう。俺は俺を受け入れてくれた獣人達に情が移っている。だから助けてやりたいんだ。
だからって人類側を貶めるつもりはない。俺が目指すのはあくまで、調和の取れた、一つになった世界。友愛に満ち溢れた王道楽土の建設なのだ!」
「何が王道楽土だ! お前が言う調和はしょせん人だけだ。草木花や動物や魚や鳥を含めているか? 違うだろう。争いのない世界で増え続けるだけの人はいずれ他の動植物を食い尽くす。食物連鎖の崩壊だ、分かるだろう? 突出した何かが生態系を狂わせれば全てが滅ぶんだ。それともお前は人の数すら制限し支配するつもりか。お前が作りたいというのは動物園もどきの管理施設でしかないのか!」
「それは違う。管理などするものか。ただほんの少し導いてやるだけだ」
「何が導くだ。神様にでもなったつもりか!」
「え!? いや、神様ですけど…………」
「違うね。全然違うね。お前は間違っている!
俺達は神ではない。神と呼ばれるだけの力の強い生物だ。神性なんてただの強大な力でしかないんだ。
だって、俺達は転生者で、結局のところ心の中は人間なのだから!」
神とは何か。
実在する神は神ではない。
神とは概念的な存在であるからだ。
概念であるが故に信仰の対象となり、遍く全てのものが神となり、平等に何もしないのが神だ。
ここにこうして存在している俺達が、感情によって誰かに味方したりあるいは敵対する俺達が、不平等の極みである俺達が神なんかであるはずがない。
「俺達は人間だ。俺も、お前も、心のある人間なんだ。ドラゴンの姿で生まれ直そうと、神と呼ばれ崇められようと、結局俺達は人間なんだよ」
分かっているはずだ。だって、生前の記憶がある限り、俺達の心は人であることを辞められないのだから。
「…………違うだろう。俺達は神だ。そうあれかしと生まれたんだ。望まれて、生まれてきたんだよ。神として!」
「そうだ。望まれたんだ。そうであって欲しいと!
だからこそクソッタレなんだろうが! 俺達は体のいいスケープゴートさ。損な役割を押しつけられているんだ。何が女神だ! 何が獣神だ! 信仰なんか糞食らえだ。
生前のことを思い返してみろよ。お前は神様なんかになりたかったか? 神になれると聞いて、なりたいと思うか? 思わないだろう!
だって、面倒臭いんだもん!」
面倒臭いんだもん……だもん……もん…………もん………………もん………………。
俺の熱い魂の言葉が、荒れた異界で空虚に響く。
「なんっ…………つー、台無しな台詞っ!!」
「御為ごかしは止めろと言ったのはお前だ! これが俺の本音だ!
俺はなあ、だらだら生きたいんだよ。できれば食っちゃ寝して自堕落な毎日を過ごしたいんだ! 責任のない気楽な日々を求めているんだ!」
「いや、でも、ほら、ここまでの流れってあるじゃない。
やめろよー、アクセル全開からの急ブレーキ掛けるようなまねは。テンション上げて張り合ってた自分が恥ずかしいよ」
俺にだって主義主張はたくさんあるし、その一端は語ってみせた。
でも、集約すると「面倒臭い」の一言に尽きるんだ。
「お前も、いい加減、認めろ。
神様扱いされてちやほやされたせいで調子乗っちゃいましたって。正直浮かれてましたって」
「うわー。ないわー。ひくわー。
なんかもうアホらしくなってきたから、おれもぶっちゃけちゃうよ? 本音丸裸で晒しちゃうよ?」
オーケー、どんと来い。
さあ、語っちゃいなYO!




