10 一歩先へ
「おのれ。やってくれたなぁっ!」
「知らねぇよ。勝手にカウンター食らって自滅してんじゃねえよ原田勇助」
「ぜ、前世の名前で呼ぶなよ。なんか、こう、モヤッとする!」
おう、すまん。気持ちは分かる。俺も今更前世の名前で呼ばれたらむずかゆい気がする。もうすっかりコートという新しい名前に馴染んでしまっているのだ。
「そういえばお前、今の名前なんなんだよ。邪神とか獣神とか呼ばれてるけど名前聞いたこと無いぞ」
「ぐっ! 痛いところを突いてくるな。なかなか鋭い攻撃じゃないか」
「ええ、これ一回にカウントされるのか!? さっきからなんか狡くないか」
「狡くねえよ。ダメージ受けたら攻撃だろ。ヘイトが溜まるだろ。それともあんた、タイマン勝負で2回行動とか言って殴りかかってくるのか」
ヘイト溜まるとか、ゲーム脳か。で、なぜにターン制なのかと問いたい。ヘイトとか言い出すならアクション色の強いゲームだろ。一発撃って一発受けるシステムじゃないだろ。JRPG(和製ロープレ)か。
「で、名前は?」
ちょっと苛つきながら尋ね直すと、言いたくなさそうに顔をしかめる。
「我が輩は獣神である。名前はまだ無い」
「夏目漱石か! ほんで名無しってお前……。出生届は2週間以内に出しなさいよ」
「こっちにゃそんな法律無いよ。それに、あの、なんか、あったろ。名前が決まらなかったらあとで出してもいいよ、みたいなの」
追完届な。でも追完届出すと記録に残っちゃうからなぁ。子供が大きくなってその記録見ちゃうとショック受けるんじゃなかろうか。
「意外だなぁ。エルフの姉ちゃん、過保護そうだし、そういうとこしっかりしてんのかと思ってた」
「俺だって頼んでみたさ。だが『神に名を付けるなど、恐れ多くてできません』だとさ。かといって自分で付けるのもなんだかなぁ」
「先代はどうした? 女神と違って引継ぎする余力があったんだろ」
「引継ぎする余力『しか』残ってなかったんだ。我が親ながら頑張ったよ。自我がはっきりする前だったんで思い出はぼんやりしてるけど」
獣神は少し遠い目をして、今は亡き生みの親を想っている様子だった。ちょっと羨ましい。俺の誕生は火山口の中で孤独に行われた。先代女神の顔など知るよしもない。
「そうか。敵ながらあっぱれと褒めるべきなんだろうな」
「おっと、悪いな。しんみりさせちまったか」
「お前が生まれ持った『博識万能』のせいで全部無駄だったわけだがな」
「んんん! それ言っちゃ駄目なやつ!」
そうか。すまんな。恨むなら親より優秀に生まれた己を恨め。
「くそう。効いたぜ。親をネタにするとは痛すぎる攻撃だ。
あんた、2回連続で攻撃は狡いぞ。卑怯だぞ」
「何が卑怯か。俺は親の顔も知らない身だぞ。そうやって自分だけ家族との思い出に浸るのは良くないな。傷ついた。俺、傷ついた。それがお前のターン。
そしてさっきのが俺のターン」
「む。そうか。傷ついたか。それなら仕方ないな」
納得しちゃったよ。チョロいなこいつ。
「この俺ドラゴンはフェアプレイ精神に満ちているからな。ほれ、攻撃してくるがいいよ」
また精神攻撃でくるか? 物理攻撃だとノーダメージになりかねんからな。
ところがだ。黒ドラゴンはどうにも攻撃の手を渋っているように見受けられる。
「ん~? どうしたどうした。わざわざこんな異界までこさえて作り出した状況だろうに。攻めてこないのか?」
「攻撃……というか、だ。さっきの続きになるんだがな」
「名前の件か」
「いや、その前だよ。女神が変態ばっかりってところだ。
蒸し返して悪いが、先代までの女神は駄目だ。阿呆だ。戦う理由すら忘れてなお争い続ける馬鹿な奴らさ。
言いたかないが、先代までの獣神もな」
「……まあな。そう思えるのも、スキルのおかげで歴史の真実を知ったからだけどもさ」
「そう。それだ。それこそが重要なんだ。
ぶっちゃけ戦うだの勝ち負けだの言ったが、本当のところやりたかったのは話し合いだ。お互い疲弊してから――と考えていたんだが、そっちが『全知全能』を使っても心が折れないってんなら仕方がない。前倒しでいかせてもらう」
話し合いねえ。
……そういえば俺も話し合いに来たんだった。対話は必要だよね。それが何故ノリノリでタイマン勝負をする羽目に――。
ああ、エルフ美女といちゃこらしてたこいつにむかついたんだった。嫉妬か。ふ、認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の過ちというものを。
「あんたは誰かに話したか? 神の力によって知り得た、歴史の真実を」
俺は黙って首を横に振る。言えるわけがない。人類側の連中には。
「そうかい。まあそうだろうな、あんたが『全知全能』を受け継いでから俺のところに来るまで早かったし、そうでなくとも言えないだろうよ。奴らは自分を正義と信じているが、その実、侵略者共の末裔だってんだからな。
俺は話したぜ。クアランタとジルダリアスの二人にはな」
「そうかい。それじゃあ……怒り心頭だろうなぁ、あいつらは」
魔族達は――獣人達は、被害者だ。奪われた者達だ。そして、それすら忘却の彼方に置き去りにしてもいがみ合い殺し合い憎しみ続けてきたのだ。
「怒ったさ。最初はな。暴れに暴れて手が付けられなかった。まあ、それでも、暴れた分だけ疲れるし、ストレス解消にもなるんだろうなぁ。疲弊しきって倒れたあとはそれなりに冷静になったよ」
ふん。その時のことがあったから、俺のことも疲れさせようとしたのか。
「それで、冷静になったあとどういう風に納得させたんだよ」
「決まってるだろう」
黒ドラゴンはドヤ顔をこさえて言った。
「争いのない世界を目指すのさ」
この顔が非常に腹立たしい。実にトサカにくる。
「恨みを捨てて仲良しこよし。新しい平和な世界を目指しましょうってか」
「その通りだ!」
「なんで?」
「…………『なんで』?」
黒ドラゴンは不思議そうな顔をして首を傾げた。俺の疑問はそれ程までに不可解だったか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。目指すだろう、平和な世界。もう何千年停滞していると思うんだよ。新たな一歩を歩き出す時が来たんだ! 人類と獣人達は混ざり合い、一つになるべきなんだ! 差別のない世界、争いのない世界、平和な世界。そういうものを目指すべきだろう。それが神として生まれ、真実を知り得た俺達の責務って奴だろう」
「えー。そうかなぁー」
「あれ、温度差すごいな! マジか。
おいおいおいおいおいおい、嘘だろう。冗談だろう。え、本当に?」
ははは、こやつめ、慌てふためいておるわ。
平和、いいと思うよ。
でも、平和すぎると駄目なんだよ。歴史を知るならば歴史から学ぶべきだ。
必要なのだ。争いは。




