7 渋い
「さぁて、自我を取り戻したところで、俺の意志で邪神だか獣神だかに会いに行きましょうかね」
女神の意識はこの大陸に生きる者達の平定と融和である。そこは俺も一緒だ。
違うのは、争いを止めるのではなくコントロールして続けさせること。
姫殿下にも言ったが、争いのない世界で起きるのは新たな争いか、もしくはぬるま湯でゆっくり進む滅びの道だ。
ル・マルテ・オワリュート・アケ・ナラディーロ。「戦いなくして変化なく、戦いなくして進歩なく、人は獣に留まるなり」つってな。
元ネタの分かる者あらばニヤニヤするがいい。異世界にそんな奴居るわけないけど。
「行くのかね、チビよ」
俺の決意を感じ取ったのか、じいさんが小声で話しかけてくる。
「ああ、いく。ただし、戦いにじゃなく、話し合いにな」
「話し合いか。女神と邪神は長く争いあってきた。お前さんが話し合いたくても相手が応じるかは分からんぞ?」
んー。まあ、そうなんだけど。
歴史の真実を知ってしまった俺としては、問答無用で討ち伏せるのは気が引ける。
「まあ、なんとかなるさ」
いざとなれば『全知全能』があるからな。使い手の心を乗っ取りに来る困ったちゃんだが。なにせ神の力。何でも出来る。少なくとも後れを取ることはないのだ。
――――はっ!?
その時俺に天恵閃く。暴れ馬の如きスキルの制御はスキル自身に任せれば良いのだと!
「神の力! スキル『全知全能』発動!」
心の底より沸き上がる神の力。そして浸食するため暴れ出す意志。
しかし甘いぜ。俺の問いかけに答えてもらうぞ『全知』よ!
問い:『全知全能』を制御する方法は?
答え:なし。
簡潔。ひどい。何が全知だ!
あ、ちょっと待って、母性に目覚めそう。いやん。あうあうあうあうあー!
ぜ……『全能』よ! 『全知全能』を制御する方法を作るのだ!
神の力に出来ないことなどないのだ! さあ、『全能』よ、『全知』を超えた新たな力を目覚めさせてくれ!
心を支配されるより早く、『全能』が俺の身体を動かす。稲妻のようなその素早さで騎士Aの持つ巾着を取り上げ、カパッと開いた口の中へ中身を投入――――お、うおぉぉぉぉぉ――――飲み込むことすら拒否したくなるこの渋み、えぐみ、吐き気を催すドングリカーニバルの開催である。
不味いよー! やっぱり不味いよー! おげげげげげ。
「おお、チビの腐った目が死んだような目に。お前さん、とんでもない形相じゃぞ。直視できんわ。ゾンビか」
ゾンビチガウ。オレサマ、ドングリ、マルカジリ…………。
そして……俺は……新たな能力、『全知全能』の制御を得た…………。
心を侵略されそうになると口の中に渋みが広がり精神支配を拒否するという能力。拷問のようだ。
ぜ、『全知』よ、もう一度答えるが良い。
問い:『全知全能』を制御する方法は?
答え:女神コートに限り、自信の嫌悪する味覚を再現することで可能。
例)イーレクスの聖木の木の実を口一杯に含み咀嚼した渋みを
『全能』の能力で強化した味。
渋みを強化……よ、余計なことしてんじゃねえよ『全能』。それ絶対要らなかっただろ。嫌がらせか。俺に味方は居ないのか。
「ぐぞぅ、もう帰りたい。ダラダラしたい。一生寝て過ごしたい」
「さっきから何をしとるんじゃ。行かんのか? 今日は止めとくか?」
行くよ! 行きますともさ!
「仕切り直しだ! 行ってきます!
神の力、スキル『全知全能』発動! 邪神の位置を捕捉、転移する!」
ほい来たぁっ! GPS機能により相手の位置を特定し一瞬で移動するという反則的なストーキング能力から逃れる術はない!
瞬き一つする間に景色は代わり、俺は見知らぬ部屋へと転移していた。
◆
「よう。よく来たな」
出迎えたのは俺と同じ大きさの黒いドラゴンであった。
邪神――または獣神である。
ソファーベッドで横になり、落ち着いた様子でこちらを見ている。まるで俺の来訪を知っていたかのように。
だが驚くべきはそこではない。
この野郎は、あろう事か美女の膝に頭を乗せて寝転んでいたのである。膝枕だ。細く白い手で頭を撫でられながら…………っ!
金髪のスレンダー美女。妖精かと見紛うその容姿、そして長く伸びた耳。間違いない。エルフだ。エルフ美女だ。
エルフ美女に膝枕されながら「いいこいいこ」されながらゆっくりくつろぎながらのんべんだらりと過ごしながらこの俺ドラゴンを待ってましたと言わんばかりの態度でこちらを見ながらながらながらながらあぁぁぁぁっ!
なんだその羨ましい状況。
俺が火山で生まれ田舎で育ち旅を通じて成長してきた最中、こいつはここでゴロゴロしながら美女の膝の上でくつろいでいたというのかっ!
よし。殺そう。
俺とお前で戦争じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!




