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過労死から始まるドラゴン転生  作者: questmys
二章 亜成体期
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23 老いてなお英雄

「おごぁっ!」

 馬野郎がまたも盛大にすっ転び、剣先を突きつけられる。

「落とし穴を警戒しすぎじゃな。そんなにほいほい掘っておったらわしまで動けんて。

 それよりアラクニドの糸は如何か? ばらまかれても気付かぬし、纏わり付くと案外走り難いじゃろ?」


 ほっほっほっ、と、まるでお茶飲み好々爺のように笑うじいさん。

 しかしやってることは陰湿である。


 いい加減、速度を活かした攻撃は罠によって防がれる、と学習した馬野郎。すり足でにじり寄り、武器を活かした槍術での攻撃に切り替える。

 槍のリーチは長く、剣で闘うじいさんが圧倒的不利。


 剣道三倍段、という言葉を御存知だろうか。素手で剣士を相手にするなら三倍相当の実力が必要であるとかそんな感じの意味で使われている。が、元々は槍を相手に剣で戦うには三倍の実力が必要、という意味だ。槍を使うというだけでそれだけ有利なのだ。なんかの雑学の本に書いてあったので間違いない(ドヤァ)!

 因みに素手の三倍が剣、剣の三倍が槍、槍の三倍が鎖鎌である。これ、豆な。


 じいさんは相手が槍使いと分かった時点でもっと長いリーチの武器を用意しておくべきだったのだ! 剣で如何にして戦うのか!

 と懸念していたのだが、じいさんは慌てることなく距離を取り槍の射程圏外へ移動。道具袋から分銅付きの鎖を取り出し振り回し始める。


 …………用意してるのね。なんて抜け目のないじじい。


 射程外からの攻撃に苦戦する馬野郎。しかし罠を警戒して持ち味のフットワークを活かせない。更に槍を鎖に絡め取られるのを案じれば分銅は腕や身体へ、防御を優先すれば槍へ鎖が襲いかかり、あっさり武器を奪われてしまった。

 や、あっさり見えるだけで実際自分でやろうとしたら至難の業なんだろうけど……なんか、複雑だなー。俺、あの馬野郎にめっさ苦戦したんですけど。


「ほれ、待っててやるから拾って良いぞ」

 などと屈辱的な挑発までされて、馬野郎は憤怒の表情を浮かべる。しかしここで激昂しては相手の思う壺だということが分かっているのだろう、大人しく槍を拾い上げ、じいさんに向き直る。

 しっかりしてくれよ、仮にも魔王なんだろう? 俺と互角に戦った相手がその(ざま)では、こっちまで弱く思えてしまうじゃあないか。そんなじじい、一発くらいならぶちかましても構わん。肉食ドラゴン(雑食だけど)にドングリ食わせるような非常識なじいさまなのだ。遠慮はいらん。やってしまえ。


 リーチの差は絶対である。そしてそれを埋めるための速度は封じられている。魔法を使おうにも、魔力は練り上げた傍から謎の仕掛けにより霧散してしまう。(つぶて)を投げようにも手頃な石など片付けられてしまっている様子。流石に手に持つ槍まで投擲しだしたらやけくそもいいところだ。

 馬野郎、打つ手為し。もはや惨めさすら感じる。

 しかしまだ目は死んではいない。起死回生の手はないかと必死に考えあぐねている。


 ところがである。

 じいさんはこともあろうに、手にした鎖分銅を扉の付近まで投げて捨てた。


 唖然とする馬野郎。次に顔を赤くして怒り、続けて大きく息を吐き出し心を静める。


 繰り返すが、リーチの差は絶対である。それを覆すには剣道三倍段の実力が必要だ。

 つまり、じいさんは槍を持つ魔王相手に剣で相手をしても尚勝てる実力がある、と自信の程を示している。

 要するに、なめているのだ。


「なんじゃ、攻めてこんのか」

「残念だったな。俺様は、油断は、しない。手拍子で踏み込むほど迂闊ではない!

 確実に、仕留める。確実に!」


 傍目にも油断しまくりのじいさんに対し、馬野郎が取った手は安全圏から槍でじわじわ攻める確実な一手。だがそれを卑怯と罵る者はおるまい。誰あろう、じいさん自身がつい先ほどまでとっていた戦法なのだから。


「わしのようなじじい相手に露骨な手を使いおって。この卑怯者が」


 お前が言うんかい。

 まったく、このじいさんときたら……。


 馬野郎の槍の腕はなかなかどうして、大したものだ。実際に相対した俺が言うのだから間違いない。奴の攻撃はドラゴンの鱗を吹き飛ばす一撃。枯れたじいさまの身体など言うに及ばずである。

 果たして、じいさんに馬野郎の槍撃をやり過ごす手立てがあるのだろうか。


 ……おや、馬野郎が倒れた。


「お前さん、阿呆じゃのう。一度痺れ薬でやられたくせに、そう無防備で風下に立つかね?」


 馬野郎、再度『状態異常:マヒ』に逆戻りである。

 油断せずに攻めあぐねた結果がこれだ。全てじいさんの手の平の上。

 そうして、これまた再び薬を飲ませて回復させる。

 屈辱的な試合は繰り返される。


 ◆


 じいさんは初めと同じく距離を取り仕切り直しの姿勢を見せる。

 しかし馬野郎は立ち上がる気配がない。

「どうした」

「……殺せ」

「殺さぬよ。生殺与奪は勝者の権利。お前さんには死を選ぶ権利もない。立って槍を持たぬか。

 でなければ、下れ。配下になると誓うが良い」

「殺せ!」

「その気勢があればまだ戦えよう。お前さんの望む戦いじゃぞ。存分に槍を振るわんか。

 さあ! いざ!」

「殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 天に吠える声が場内に木霊する。

 そしてその声に応えるように、空から異様な気配が舞い降りた。

 その場にいた者達全てがそれを感じ、頭上を見上げる。


 気配と共に暗雲立ちこめる空から、そいつは現れた。


「願い、聞き届けたり!」


 魔王の呼び声に答えたそれは、漆黒の鱗に包まれた巨大なドラゴン。


 本能さんがアレの正体を告げている。

 アレは――――邪神。

 俺の大敵である、と。

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