22 元英雄の戦い方
鎖でがんじがらめの馬野郎は闘技場中央へ引きずられ、じいさんもそれに習ってゆっくりと中央へ歩を進める。やがて二人は相対し、馬野郎を引き連れてきた兵士達はもと来た扉から引き返していった。
とはいえ、相対したから何だというのだ。俺と同じく痺れ薬にやられて体中ビリビリの馬野郎に為す術はない。
じいさん、腰の剣で以て首でも刎ねる心積もりだろうか。「介錯仕ります」とか言っちゃって。いや、介錯は切腹の時に使うんだっけ? 「死刑執行!」だろうか。ああ、違う違う、その辺の台詞回しとかどうでもいい。
なんとかしてじいさんの心算を知りたいところ。せめて二人の奴らの会話を聞くことが出来れば……。この距離では声は聞こえない。都合良く解説してくれる司会者もいない。カメラもマイクもありゃしないから、頼れるものは己の目と耳のみ。
こういう時こそ本能さんの出番ではなかろうか!
頼むぜ本能さん。俺は魔力を目と耳に集中させる。あとは良い感じに調整してやって下さいな!
とはいえ、相変わらず自分の魔力は感知出来ないので超何となくでやっている。駄目で元々。為せばなる! したらば、ほぅら、段々と遠くの音まで拾えるようになってきた! やったぜ本能さん。すごいぜ本能さん。超便利だぜ本能さん!
耳に届くのは一番近くにいる姫殿下の鼓動、風の音、虫の声、人々のざわめき。
う……うるせえぇぇぇぇぇぇっ!
耳をつんざく雑音の嵐。うっかりイヤホン付けたままスピーカーの音量マックスにしちゃった時のように、やかましいを通り越して痛いわ!
違う、間違い、キャンセルで! コレジャナイ感半端ない! 違うんですよ、本能さん。俺が聞きたいのはじいさんと馬野郎の会話であって、全方位の雑音は拾わなくても良いんです。っていうか、雑音でかすぎて肝心の二人の声が全くさっぱり聞こえない。
必要なのは……なんつったっけ、パーティー……? そう、カクテルパーティー効果! 騒がしい中から聞きたい音だけ拾うアレ。
テイクツー、レッツトライ!
◆
「――――さて、観客を待たせても悪いでな、そろそろ始めようかの」
お、調整オーケー。流石本能さん、良い感じです。いい仕事してくれるわ。
じいさんはおもむろに腰の道具袋から小瓶を取り出し、その中の液体をムリヤリ馬野郎に飲ませる。続いて鍵を取り出し、何故だか錠前を開けて鎖をほどきだした。
おいおいおい、いくら『状態異常:マヒ』だからって、大丈夫なのかねそれ。
と、心配していたら、今度は距離を取り始める。更に、兵士数人によって観客席から投げ込まれた大きな槍が馬野郎の足下へ届く。
馬野郎は大きく息を吐くと、手の平を開けたり閉じたり、屈伸したりして身体の動きを確かめている。何故マヒが治っているかと言えば、おそらくじいさんが飲ませた薬のおかげだろう。
ていうか、その薬俺にもくれよ! なんで放置なんだよ! しびびびび!
「なんのつもりだ、じじい」
「一騎討ちはしてもええと言うたじゃろう。ただ、まともにやっても勝てるわけがないのでな、色々と準備させてもらったわぃ」
じいさんは腰の剣を抜き素振りを始める。対峙する馬野郎も槍を振り回して感触を確かめているようだ。
やる気満々である。
あれ、じいさん、本気で一騎討ちする気か?
あれだけ「勝てない」「勝てない」繰り返していたのに。
な、なんか秘策とかあるんだよな。やだよ、知り合いが嬲り殺される衝撃映像の目撃者になるの。いざというとき助けにも入れないし――はっ! まさか、俺ごと痺れさせたのって横入りされるのを防ぐため?
「さて、確認しておこうかの。チビはお前さんを使って何かしたいようじゃが、お前さんはあやつの手下になる気はないんじゃろう?」
「無論だ」
「ではわしが勝ったら大人しく言うことを聞け。お前さんが勝ったら逃げるなりなんなり好きにしていいでな」
「……ふっ。それをこの俺様が了承するとでも思うのか? 冗談ではない。
負けたのなら死ぬ。そして死なぬのであれば負けではない。ところが貴様らは俺様を殺せないと来ている。ならば俺様の勝ちは揺るがない。
最後に立ち、勝鬨を上げるのは俺様だ!」
拳を振り上げ吠える馬野郎。なのにじいさんの余裕な態度は揺るがない。「分かっとらんのう」などと嘆息吐いて呆れた様子ですらある。
「準備をした、と言うたじゃろう。ならばあとは手番を詰めていくのみじゃよ。わしの勝ちこそ揺るがんて。
ほれ、かかってこい。屈服させてやろう」
『【強化】ぁぁぁぁぁぁっ!』
激昂した馬野郎は身体強化の魔法を己にかけ、真っ直ぐじいさんに向かって突進していく。
ところがだ。
馬野郎の身体を強化するはずの魔力が霧散していく。故に支援効果は得られず。
馬野郎も驚いているのだが、付いた勢いは止められず、その足は踏み抜かれる。しかしてその足は地を蹴ることはなく、馬野郎は膝から崩れ落ちて勢いそのままに転げ回る。
何かと思えば踏み抜いたはずの場所に小さいが深い穴が開いていた。
落とし穴である。
つまり、アレか。姫殿下に告げられた準備ってのはコレのことで、要するに、じいさんが有利に闘えるように闘技場全体に罠を仕掛けている?
おおおおお、汚い! なんて汚いんだ元英雄! これが冒険者流の戦い方だとでも言うのか。正々堂々なんて言葉は持ち合わせていないんだろうな。
さて、そんな理不尽極まりない戦いを強いられることになってしまった馬野郎だが、転がった衝撃で仰向けに倒れていた。そしてその首元に突き立てられたじいさんの剣先。
「…………は」
信じられない。奴はそんな顔をしている。
「まずは一本、じゃな」
そして更に信じられないことに、じいさんは剣を引き、敵に背を向けてゆっくりと距離を取ったのだ。
「ほれ、かかってこい。お前さんが満足するまで何度でも相手をしてやろう」
心折れるまで。
ぽつりと呟いて、じいさんは再び剣を構えるのであった。




