17 行楽気分のお気楽小旅行
「ねぇー、姫殿下ぁー、僕と契約して未来の強大な敵に抗ってよぉー」
「め、メリットが欠片もない……。
いえ、人類存亡の危機であることは理解しました。魔族の支配や別の大陸の可能性はともかくとして、女神様がお隠れになったという事態は深刻です。うかうかしているとあっという間に魔族に攻め滅ぼされかねません。
一つ一つ、順を追って解決していきましょう。
まずは魔王ジルダリアスの撃退。
次いでヴァノス国の奪還。
魔族領域への侵攻はそれからです。
ただし覚えておいて頂きたい。攻め滅ぼすにせよ、支配するにせよ、人類領域には余力がありません。貴方には最大限働いてもらうことになります!」
「おっけ、おっけ」
「かーるーい~~~!」
軽い気持ちじゃないよ。俺だってぐーたら寝て遊ぶ生活をしたいのに、グッと堪えて我慢の子、頑張るマンになると決意したのだから。
やーってやるぜ! ほどほどに。そう、ほどほどにな!
「ちなみに、あの馬野郎はいつ攻めてくるんですかね。血気盛んな特攻精神でとっくに攻め込んで来てても良い頃なのに」
「援軍や補給を待つような者ではないですが、部下の傷が癒えるくらいは待つでしょうね。彼の者の気質からすれば死ぬ覚悟は出来ているでしょうから。あとは強者と全力で闘い朽ち果てるのみ、そう考えていると思いますよ」
強者か。でも攻め込んで来たら弓矢と砲弾の雨に撃たれて死ぬわけだけど。
あの馬野郎もなー。出来れば仲間に引き入れて魔族領域侵攻への足がかりにしたいんだけどなー。大魔王にしてやるから魔族領域支配しようぜ、みたいなノリで。駄目かな?
「ねーねー、姫殿下。どうにかしてあの馬野郎を味方にできないものですかね?」
「……交渉するならば相手が望む物の提示が必要です。しかし、彼の魔王が望む物は強者との一騎打ちくらいしか思いつきません」
強い奴連れてきても、終わったら死んじゃってるわけかー。うーむ、強い奴の紹介をエサに先に魔族領域への侵攻を……してくれるわけないか。それに俺が知ってる強者って、俺、トラスタ、じいさんくらいしかいない……。
……じいさんに丸投げしちゃおっかなー。
案外、年の功でなんとかしてくれるかもしれないぞ。それに三人寄れば文殊の知恵って言うしね。冒険者生活で培った経験に期待して、俺と姫殿下にはないアイデアを出してもらおう。
うん。なかなか良いアイデアなんじゃなかろうか。大きくなってひとっ飛びすれば一日かからず往復出来ると思う。
「よし、そうと決まれば善は急げだ!」
「え、何? 何する気ですか?」
「ちょいと村に戻ってじいさん連れてきますわ」
サムズアップとウインクをしてみせて陽気な俺ドラゴンは元来たバルコニーへと一直線。後ろから「ドラゴンは一匹で十分です!」みたいな叫び声が聞こえた気がしたが幻聴だろう。じいさんはドラゴンちゃうし。
飛び立つ際に城下町のあちらこちらから再び悲鳴が。更に城壁に待ち伏せる兵達は弓を構えて俺を睨んでいる。
よーし、お前ら、覚えてろよ! いつかこの俺ドラゴンを拍手で出迎えるように意識改革しちゃるけんのう!
◆
空を飛ぶのは俺ドラゴン。夕焼けを背に赤く染まる。さながら気分はレッドドラゴン。
ああ、今ならファイアーブレスも吐けるのでは無かろうか。
試しにやってみたら咆吼だけ出た。うーむ、やはり、あれかな。火炎袋みたいな器官が喉なり腹なりにないと使えないのかな。
とか考えてたら村に着いた。なにやら大騒ぎしているが何事だろうか。もしやまた森から魔物が?
村の周囲を旋回しつつ辺りを見回すが怪しい陰はない。そして村の中に目を向ければ、人々は俺を指さしてなにやら叫んでいる。
これ、俺が原因だな。
わー、傷つくわー。育った村でこの扱い。ボクチン心が張り裂けそうよ。
おっと、そういえば今の俺は巨大化しているのだった。これはうっかり。プリチーベイビーな俺の姿しか知らない彼らが見間違うのも無理からぬ話である。
ならばと巨大化を解除、村の広場に転がり込むように着陸、仰向けになり舌を出して「いえーい、ぼくドラゴン」と無害さをアピール。
「なんだ、コートか」と誰かが口にすると三々五々に散っていった。村人達のこの適応力よ。やはり古巣というものは良いものだ。どこぞの城下町とは大違いだ。
去りゆく村人達の代わりに、近寄る人影が一つ。言わずと知れたじいさんだ。
「なんじゃお前さん、自分だけ帰ってきたのか? フルになんぞあったのかね」
「おっす、じいさん。フルなら聖女の修行中だぜぃ。安全、安心、トラスタ付きの快適神殿生活さ。
俺が戻ってきたのは別件。じいさん、魔王と戦って勝てる?」
「勝てるわけないじゃろ。唐突になんてこと言い出すんじゃ」
呆れた声を出してヒゲを撫でるじいさん。まあ、そうよね。枯れたじじいの身で現役バリバリの魔王に対抗出来るわきゃないか。
「ま、いいや。今度魔王とやり合うことになってさぁ、できれば一匹俺の配下にしたいのよ。なんか良いアイデア無い?」
「お前さん相変わらず頭おかしいのう」
失礼だねチミは。またぞろなんちゃってドラゴンとか思ってるんだろう。こちとら立派にドラゴンだっつーの。先ほどまでの巨大な姿を見なかったのかね。ふふふん。
「そうじゃのう。普通に考えれば無理難題じゃが、わしも田舎に引きこもって長いものでな。時代も変わったし何かしら手もあるのかもしれんな」
おや、意外と先行き明るい? いや、この感じ、適当に言ってるだけだな。自分に関係ないと思って真剣に考えてない。さてはやる気無いな、このじじい。
「そうかいそうかい。手はあるのかい。じゃあちょっとその知恵貸して下さいな。さ、この俺ドラゴンの背中に乗りな!」
フルに続いてまだ二人目なんだぞ。光栄に思え!
尻尾振り振り、乗っかられるの待ち。ところがじいさんの顔は不満気。
「……今から行くのかのう? すぐ夜になるぞい」
「背中で寝てろよ。日が昇る頃には向こうに着いてるから」
逡巡し、諦めたのか、如何にも「しょうがない」という雰囲気でじいさんが息を吐く。
「…………まあ、よいかの。あのきざったらしい騎士が居れば村の守りは十分じゃし。物見遊山のつもりでついていってやるわい。
ちょいと待っとれ、村長に一声かけてくるでな。あー、剣だけでも持って行くか。錆とらんとええんじゃがのう」
ぶつくさ言いながら立ち去るじいさんであったが、どことなく楽しそうでもある。魔王と聞いて若い頃の血でも騒いだか?
うんうん、老い先短いじいさんの、丁度いい冥土の土産になりそうじゃないか。グッジョブ俺。
その後巨大化し、じいさんを背に乗せ一路セントス国王都へと飛ぶ俺ドラゴン。眠る老体を墜とさないよう加減して飛んでいるので速度は落ちるが、それでも朝方には辿り着けるはず。
親父さんやお母様、馬鹿ガキ共とはあまり話せなかったが仕方がない。里帰りしに来たわけじゃないからな。そういうのはフルと一緒に帰ってきた時が良い。
そのためにも、やってやろうじゃないか。魔王の一匹や二匹なんのそのってね!




