18 元英雄
日が昇り始める夜明け頃。
ゆっくり飛んだつもりだったが、日が昇りきる前にセントス国の領土内へ入れた。王都まではもうすぐだ。
馬野郎に襲われた形跡もなく、まずは一安心。あとは城に戻ってから姫殿下を交えて作戦会議を――などと思っていた矢先、土埃を上げながら駆ける騎馬を発見。部下を引き連れて駆けるケンタウロス、総勢七体。
早朝を狙って奇襲をかけるつもりだったのか。あの野郎、所々卑怯だな。
しかしこの時ばかりはタイミングが悪かったな。いや、むしろ俺が神懸かっていたのかな? ふっふっふ、貴様の目論見はここで露と消えるのだ。
「敵襲ーーーっ!」
城下町へ向かって加速。そして大声で警鐘を鳴らす。
「魔王が来たぞーーーっ! 西門、注意せよ! 繰り返す、魔王が来たぞーーーっ!」
ふはははは、残念だったな馬野郎。寝ずの番をしていた兵士のみならず、続々と準備を整えた兵士が集い、弓矢を構える。
痛っ。誰だ撃ったの。相手は俺じゃねえよ!
魔王軍の疾走していた足は速度を落とし、やがて城壁からある程度の距離をとった場所で完全に歩みは止まった。
それを確認して俺も地上へと降り立つ。背中で寝ていたじいさんも俺の大声に起こされ、欠伸をしながら飛び降りた。
「……やってくれたな」
馬野郎は笑顔だ。相手を噛み殺さんばかりの凶悪な笑顔だが。
「やってやったとも」
一方の俺は上機嫌である。見事に相手の出鼻を砕いてやった。
「さて、この先へ進めば矢の雨に撃たれてお前らは全滅って寸法な訳だが――俺としてはその前に訊いておきたいことがある」
「却下だ。貴様には俺様の部下が随分世話になったようだからな。聞く耳持たんよ。
押し通る。……それとも、また逃げるつもりか?」
わー、問答無用だ。槍を片手にじりじりと距離を詰めてくる。殺る気満々で「もう止まらんぜ」と全身で物語っている。
俺と魔王の間に緊張が走る――その間に、空気を読まずに割り込むじいさん。
「ふわーぁ。あやつがお前さんの言うとった魔王か? 形からするとワスナ国の出自かのう。ならばここはヴァノス? の、わりには山が見えんのう……」
「……? 何者だ、じじい。邪魔立てすれば命はないぞ」
脅しのような言葉を吐く馬野郎だが、明らかにじいさんに気を向けて警戒している。にじり寄る足も止めてじいさんの隙を探るように睨め回している。
「おいおいじいさん、前に出過ぎじゃないの? ひょっとして、勝てる?」
「勝てんて。実力差なんぞ見れば明らかじゃろう。第一、わしが冒険者やってた頃でも、強敵相手には罠やら毒やら仕掛けて用意周到に準備してから立ち向かったもんじゃ。出会い頭の魔王と戦って勝てるものか」
そう言って腰に差した剣の柄に手を回すじいさん。言葉とは裏腹に十分やる気に満ち溢れている気がするんだが……。
「ほれ、交渉するんじゃろ? 今のうちに言ってやれ」
「あ、ああ。えーと、お前、俺の下に付け。魔族領域も支配したらお前に統治させてやるから。そんで、大魔王、名乗っちゃいなよ」
聞いた瞬間、じいさんが吹き出した。
「――っは、は。お前さん、世界征服するつもりじゃったのか。とんでもない奴じゃのう。魔王なんぞよりお前さんの方が危険じゃぞい」
「…………馬鹿にしているのか?」
怒気を孕んだ声色で静かに尋ねる魔王。
「いやぁ、こやつは本気じゃろうよ。将来は何か大きいことをしでかすと思っておったが、くっくっ、存外早くやらかしおったな」
じいさんの言葉を聞いて魔王は更に怒りを増したようだ。顔が引きつっている。
「それでは、なにか。この俺様が、ほ、本気で貴様の下に付くと! 大魔王の地位欲しさに魔族領域の全てを裏切ると! そう考えていると言うことか! この、俺様が!」
あー、駄目な雰囲気。
「そういうことじゃな」
あ、こら、火に油を注ぐな!
「虚仮にするにも程があるだろう」
一転、魔王が脱力し、力なく呟いた――かと思いきや、地面を抉るほどの脚力で一気に間合いを詰めてくる。
――油断。
油断していた。じいさんがぐいぐい場の空気を引っ張っていくものだから、身構えていなかった。当事者なのに傍観者の気分で突っ立っていた。
馬野郎が突撃してくるのを目の当たりにして、反射的にスローモーションを発動。とてつもないスピードで攻め込む馬野郎の動きもゆっくり冷静に見切ることが出来る。だからといって自分が素早く動けるわけではないので、じいさんの前に立ち盾になることは難しい。
そしてじいさんはといえば、ゆっくりと――コマ送りで見ていることを差し引いてもゆっくりと――した動きで、剣を引き抜き、撫で切るように横振り。
「う、」
叫んだのは誰か。
「うおぉぉぉぉぉっ!?」
魔王だ。奴は、信じられないような顔をして身体を横向けに仰け反らせ、弧を描くような軌道でじいさんから距離をとる。「でなければ首を取られていた」とでも言わんばかりに。
そしてまた信じられないような目をしてじいさんを見ている。
そのじいさんだが、振り切られたはずの剣は既に納刀されており、まるで何事もなかったかのようにしてその場に突っ立っている。そして追撃がないことを確かめると、ゆっくりとした動作で魔王が立つ方へと向きを変えた。
「な……に、者だ?」
怒りはどこぞへ吹き飛んだようで、今は警戒心を顕わに身を退いて槍を構えている魔王。
「隠居したその辺のじじいじゃよ」
嘯くその姿、立ち居住まいにも油断せず、魔王はスッと眼を細める。これは、強敵であるとでも認めたのか?
「我が名はジルダリアス。いずれ三界を支配する魔王よ! そこな老体、名を名乗れぃ!」
「わしゃバルシェンという。流石に聞いたことないかの」
その名を聞いてまず驚き、次いで喜色の笑みを浮かべる魔王。助太刀に入るべきか迷っていた奴の部下達も同じく驚き、ざわめき始める。
「英雄バルシェン……本物か? いや、先の動き、本物であろう」
「なんじゃ、魔族領域にも伝わっておるのか」
「その英雄が、何故ドラゴンと?」
「…………巡り合わせじゃろうて」
「ならばこれも巡り合わせか。命を捨てると決めた戦場で、相手をするに相応しい猛者と出会う。それも英雄――名ばかりの者でなく、肩書きに負けぬ実力を持つ英雄と!」
なんだかよく分からん。よく分からんが、じいさんは強者認定され、敵として見なされたようである。
「一騎打ちだ! 一騎打ちを申し込むぞ! 貴様ら手を出すな!
まさか断りはすまい! いざ尋常に! いざ!」
盛り上がっている。一人で勝手に盛り上がっている。置いてけぼり食らった俺はどうすればいいのやら。
見学? いいの?
「なあ、じいさん。本当は勝てる?」
「無理じゃて」
無理かー。
なんか、勝てそうな雰囲気だけどなぁ。




