14 ゲームの時間だ
姫殿下ドン引き中。
笑顔が引きつってやがる、早すぎたんだ。本題に入るのが性急すぎたか。
「冗談ですよ。ドラゴンジョーク。場を和まそうかと思ってね。
いやーははは、すべっちゃった! 参ったねこれ」
「あ、ああ……うふふ、ビックリしました」
誤魔化せたか?
いや、目の奥が笑ってない。疑われている。主に常識を。
「すいませんね、変な事言っちゃって。冗談好きなんですけど、あんまり周りに受けないんですよね。人間様とは感性が違うからかな?」
「そう……かも、しれませんね」
えへへへ、うふふふ、と笑いあう俺達二人。間に流れる空気は張り詰めている。
うーん、失☆敗!
「あー、じゃあ、思考ゲームなんてどうでしょう。姫殿下は大変怜悧な方と聞いておりますので、こっちの方が和むかな、って」
「思考ゲーム……ですか」
「お題は『悪漢に狙われたお嬢様が逆にどうやったら悪漢を討伐できるか』。
前提条件として、お嬢様は頭が良いが非力。悪漢は力は強いが直情的。
両陣営とも、手駒は雇い入れることが出来ます」
「ふーむ。立地的な条件もありますか?」
お、のってきたね。
「お嬢様には自分のお屋敷があります。最初は悪漢に襲われるので、お屋敷に籠城しての防衛戦になりますね。そこからどう逆転して相手陣営を責めるかが味噌です。
ちなみに悪漢には本拠地がありません。代わりにお嬢様のお屋敷との間に障害はなく、拠点がないのでどの方向からも攻め入ることが出来ます。フットワークの軽さがウリですね」
「拠点がなくては補給もままならないと思われますが。
ちなみに初期人数は一対一ですか?」
「いい質問ですねー。悪漢は部下六人を引き連れた七人です。対してお嬢様は……そうですね、とりあえず部下百人から始めましょうか」
「お嬢様陣営が有利すぎますね。籠城戦などせずに悪漢を取り囲んでしまえば良いのでは?」
「ところがどっこい、悪漢は一騎当千です。部下はともかく、頭を討つには人手が足りません」
「なるほど。つまり、下手に打って出ると、討伐隊の出た門から逆に侵入してしまうのでしょうか。因みに、お屋敷に侵入されると、悪漢はもう止められない?」
「と、俺は思いますけどね。捕らえる手立てが思いつくなら、誘い込むのも一つの手でしょうね」
「部下の力関係は拮抗していると思って良いですか?」
「い~い質問ですね~! 部下は、悪漢側の方が強いんですねー。なにせ、荒くれ者で失うものがない狂戦士ですから。
悪漢の部下一人に対して、お嬢様の部下五、六人……切りよく五人としましょうか。一対五で相打ちに持ち込めます。拮抗状態のままと言うことはなく、潰し合いになりますね」
「なるほど。お嬢様有利かと思いきや、逆転の手まで考えると案外難しいものですね」
「なお、悪漢は全部で六人います。一人倒すと次が出てくる。場合によってはまとめてかかってくることもあるでしょう」
「……これは戦略ゲームなのですか?」
意外な規模の大きさに姫殿下が驚く。戦術ゲームと思っていたのだろうね。
ちなみに、戦術と戦略は将棋と囲碁に例えられる。
戦術は将棋、部分的な視点、一カ所で争う闘いである。
戦略は囲碁、全体的な視点、多局面で争う闘いである。
ざっくり言うとな!
細かいところは自分で調べろ。三行ではまとめきれん。
「確認しますが、悪漢は直情的なのですね? そして、お嬢様を狙って襲い来る」
「その通りです。一人目はね」
「二人目以降は違う。いえ、逆に何故一人目はお嬢様を狙うのか、が問題なのかしら」
「マーベラス(素敵やんの意)! そこに気付くとは流石姫殿下。
そもそもの話、実は最初に仕掛けたのはお嬢様なのです。街に巣くう悪漢共を討伐すべく雄志を集めて攻め入った。が、惜しくも悪漢の首には届かず、後一歩というところで逆転されてしまったのです。部下達は慌てて姫殿下を逃がすべく奮闘しましたが、お屋敷へ逃げ帰る道中、お嬢様の味方をしてくれるはずの別のお屋敷は攻め滅ぼされてしまいました」
「あー……なるほど。そういう……」
「そう、そういう訳で悪漢はお嬢様を狙うし、最初の悪漢には拠点が無く部下も少数、悪漢とお屋敷の間に障害物はない、とこうなるわけですな」
「理解しました。つまり、こういうことですね。
わたくしが魔王ジルダリアスから狙われている現状を、どのように打破するつもりか聞きたい、と。そしてその後、魔族領域に侵攻する手立てはあるのか。
手があるのならば貴方はわたくしを助けてくれる……いえ、わたくしを利用して魔族領域を攻め、支配してしまいたい。そういうことですか」
どうして分かった!
軍師の肩書きは伊達ではないと言うことか。
「ここまで説明して頂ければ分かりますよ……。
言っておきますが、わたくしに再び魔族領域へ攻め込む意志はありません。所詮わたくしは敗残した軍師。此度の戦で人類領域の戦力も大きく削られました。今は防備に徹するだけで手一杯です」
「しかし貴女の思惑とは関係なくあの馬野郎は攻め入ってくる。少数とはいえこの国が受ける被害は少なくないでしょうなぁ。ドラゴン一匹でも、借りられる手は借りておきたいのでは?」
如何ですかしらん? 今ならお求めやすくなっておりますが。
「……無償で、と言うことなら喜んでお借りしたいですね」
「昔の人は言いました。『タダより高いものはない』。
見えない思惑を探るより、要求一つ飲み込んだ方がお手頃価格になると思いますよ」
やだー。姫殿下、俺のこと超睨み付けてくるー。
俺は姫殿下の知恵を借りられる。姫殿下は俺を戦力に数えられる。これ両得の関係だと思うんだけどなー。
姫殿下は俺のことどう思ってるんだろう。甘言を囁く悪魔にでも見えるのだろうか。
曇り無き眼で見て欲しいね。どこからどう見ても、俺は単なる子ドラゴン。
そこで気付いた。ハッとした。
そうか、ひょっとしたら誠意が足りなかったのかもしれない。お願いする立場のものが椅子の上でふんぞり返っていても「はい分かりました」とは言わんよな。相手は一国の姫だし、立場もあるし。
誠意。それは焼き土下座――までいくとまたドン引きされるか。
とりあえず椅子から降りて、姫殿下とテーブルを挟まない位置まで移動。そして出来る限りゆっくり、深々と頭を下げた。
「この通り、お願い申し上げます。どうぞ、この小さきドラゴンに姫殿下の明晰な頭脳をお貸し頂けますよう」
姫殿下の息を飲む音が聞こえた。ふふふ、ドラゴンがここまでするとは思ってもみなかったのだろう。誠意だ。誠意が利いている。
後一押し。そう確信した俺は一言だけ付け加えた。
「この国を滅ぼされたくなければ」
姫殿下は応えた。
「それ、脅しですよねえっ!?」




