8 フラグブレイカー
さて、俺自身は逃げ延びることができたが、最初に目を付けられていた馬車と騎馬隊はどうなっただろうか。
一番厄介な奴をこちらで請け負うことができたとはいえ、自称魔王が引き連れた少数精鋭に追われて無事に済んだものか。確認しないと寝覚めが悪い。
しょうがないので、自称魔王と戦った地点をぐるっと大回りして、南側から馬車の進行方向へ向かう。
でっかくなっちゃった状態のこのスピードならば間に合うかもしれない。そう思いながら更に加速して、街道を行く人々や町や村の頭上を飛び去る。
そして耳朶に届く阿鼻叫喚。
まあ、うん、そうね。びっくりするよね。ドラゴンだもの。
――俺、これでも人類側なんだけどなぁ……。
◆
飛ぶこと暫し。あれに見えるは馬車ではないか? 横転しているところを騎馬隊の壁に守られている。その先にある城下町に逃げ込むつもりだったのだろうか。距離が微妙だな、二キロくらい離れているか? 間に遮蔽物がないので助けが来そうなものだが、救援待ちなのかね。
おっと、冷静に分析している暇はないな。ケンタウロスは一匹倒されたようだが騎馬隊の方が被害は大きく、傍目から見ても風前の灯火だ。
急加速&急降下&急旋回。
食らえ! 今必殺の! ドラゴンテイル!
空気の壁を打ち抜く衝撃、爆音、砂埃。そして吹き飛んでいくケンタウロス三匹。騎馬隊と程近い位置にいた二匹も尻尾アタックで潰しておいた。よし、こちらはテイルハンマーと名付けよう。
しかし弱い! 自称魔王とは比べものにならんな! 奴がキングなスライムだとしたら、こいつらはスライム以下のブチ野郎だよ! ふはははははは!
もうもうと舞う砂埃が風に吹き飛ばされ、視界が開けた騎馬隊の連中と目が会う。
先ほどは町や村の人々に恐れられたが、今の俺は自称魔王の小隊から彼らを助け出したいわば救世主! 好意と賞賛を向けられることは間違いない。
構わんよ。さあ、褒め称えなさい!
しかし、そうだな、見ず知らずのドラゴンに声をかけるのもためらわれるだろう。ここはひとつ、こちらから爽やかに挨拶してあげようではないか。
「やあ、危ないところだったね。全員無事――」
「ド、ドラゴンだぁぁぁっ!」
「姫殿下をお守りしろ! 急ぎ城へ!」
「いや、俺は君たちを助けに――」
「ここは俺達が食い止める! 敵は一匹だ。散らばり狙いを分散しろ! 時間を稼ぐぞ!」
「踏ん張れ! 姫殿下さえ逃げ切れば我らの勝利なのだ! うおぉぉぉぉ!」
「ねー。聞いてー……」
「意地でも通すな! 騎士魂を見せつけてやるぞぉぉぉ!」
だーめだこりゃ……。
うーん。どうしよっかなー。別にこいつらの攻撃なんか痛くもないから、ボーッと突っ立って無抵抗を貫いても良いんだけど、それはそれで調子付いてうざったい気がするなぁ。あんまり時間をかけるのもよろしくない。ケンタウロス共は吹っ飛ばしたり叩き付けたりはしたけど死んでる訳じゃないし、そのうち目を覚ますぞ。それに、自称魔王が追っかけてきてそうな気もするし……。
……やっちゃうか? 伝家の宝刀、馬鹿面で腹見せての降伏ポーズを。この厳つい体躯で子犬よろしくクゥンクゥン鳴いちゃうか?
いや、ないな。ないない。流石にこのガタイでやらかしたら、それはもう攻撃だわ。寝転がる動作だけでもプレスアタックだわ。
仕方ないな。誠心誠意お話ししよう。
散らばる騎馬団一人の首筋をむんずと掴み、顔の前まで持ち上げる。
騎士Aは狂乱状態となり、叫び声を上げながら暴れ回る。
うーむ、修行が足らんな。
「こんにちわー」
「こ、殺せー! ひと思いに殺せー」
「あのさー。姫殿下、馬車から出てこないよー? 早く助けてあげなよー」
「ひ、姫殿下! 貴様、姫殿下が狙いか!」
「あー、落ち着くよろし。俺、ドラゴン。人間、トモダチ。オーケー?」
「トモ……?」
「トーモーダーチー」
「友……達……?」
「オゥ、イエス。友達。アーゲィ、アーゲィ、俺、友達。アーゲィ?」
「友達、俺達と、お前が? ドラゴンが、我々人類と友達になるというのか?」
「イエス、イエス。俺、お前、友達。コール、ミー、ブラザー。アーゲィ?」
「こ、言葉は分からぬが……敵対の意志がないことは分かるぞ!」
おっと、通じてなかったか。ついアメリケンなネイティブイングリッシュでトークしてしまったがアウトだったようだ。
でもいいんだ。心と心で通じ合えたから。大切なのはハートだよね。マインド。アーハン?
ゆっくりと騎士Aを地上へ降ろしてやった。するとすぐさまこちらに敵意がないことを伝えてくれて、周囲の連中は戸惑いながらも一応武器を下ろしてくれた。倒れていた馬車を起こすのも手伝ってやり、ようやく中から姫殿下とやらも姿を見せた。
その少女は、姫というよりも女参謀と呼んだ方が相応しい出で立ちをしていた。きれいなブロンドヘアーを三つ編みにして頭の後ろに巻いた……アップヘアーっていうのか? 服装は飾り気のない軍服にズボンスタイル。馬車の中に鎮座するより馬上で旗振り先導する方が似合っていそうな感じ。
ふーむ。いいね! ちょっと見入っちゃうね!
「ドラゴン殿。そなたに感謝を。この度の――」
「あー、そういうの、いいからいいから。早く城壁の中に待避しちゃって。さっきの親玉が追いかけて来ちゃうから」
「おい、貴様、姫殿下に失礼であろう!」
お、なんだおっさん。やんのかコラ。
「状況が分かってないのか? あの馬面野郎、とんでもないぞ。俺だって命辛々逃げ延びてきたんだ。
雑魚に負けてるあんたらじゃ、追いつかれたらお仕舞いだろうが。分かったら無事な馬に乗って今すぐ城門に駆け込め。俺も逃げる」
「むぅ……」
「ビドーズ、ドラゴン殿の仰るとおりです。いたずらに被害を出さぬために、疾く退きましょう。
ドラゴン殿、この礼はいずれ」
「気にしなさんな。バイバイ」
駆け去る姫殿下ご一行を見送り、ようやく行ったかと嘆息付く。
さて、俺も逃げるか。
と、その前に、叩きつぶされたケンタウロスの一匹を咥える。
さぁて、落ち着いたところに移動しましょうねー。
これから、尋問の時間です。ふっふっふっ。




