6 稲妻
魔王の猛攻がかすめるだけで俺の鱗を吹き飛ばしていく。
なんとかかわせているのは目の前の自称魔王がまるで本気を出していないからだろう。愉快そうに長槍を振り回す様は余裕綽々である。
俺はといえば必死、懸命、一心不乱の本気モード。それでも完全にかわしきることが出来ない。いずれ敗北は必至だ。
この身に纏う天然の鎧が通用しない相手に対し、なんと弱い俺ドラゴン。今まで持って生まれたポテンシャルに頼りすぎていたのだ。だからこそ道中で経験を積んでいきたかったのに、何故今目の前にラスボス魔王が現れるのか。
これなんて無理ゲー!
「待った! ちょっと待った! 一旦ストップ!」
「ぐはははは、命乞いとは見苦しい! しかし分からんでも無いぞ! この俺様を前に怯え竦まぬ者などいない!」
ちゃうわ! 俺がしてるのは混乱だ。仕切り直したいだけだ。
――そうだ、混乱していたのだ。何を馬鹿正直に地上戦を付き合ってやる必要がある。空に逃げればいい。
地面すれすれ、相手の足下をくぐり抜けて背後へ。敵が振り向く一瞬の隙を突いて飛び上がり空へと舞い上がる。
あ、危ね! 足先かすった!
長槍振り回すだけで後方にも対応可能なんて汚い! 流石魔王汚い! なんて厄介な武器なんだ長槍。
「ぬうっ! 空を飛ぶとは卑怯なり!
臆したか小さき者よ。降りてきてこの俺様と戦うが良い!」
「うっせバーカ! うっせバーカ!
素手相手に武器持って戦う奴が卑怯言うな猿面馬野郎!」
挑発しつつ、念のため高度を上げて距離をとる。内心槍の投擲を受けて打ち落とされないかと冷や冷やしていた。
あー、くそ、傷だらけですよ。遠距離攻撃があればここからワンサイドゲームにしてやるのに。ドラゴンブレスってどうやって吐くんだろ?
教えて本能さん。
――はい、返事無し。仕事しないな本能さん。一角熊の時は働いてくれたのに魔王相手だと出てこないのか。強きを挫く熱い意志を持とうぜ本能さん。
仕方ない。逃げちゃおっかな。
旅に出た初戦から逃げの一手ってのが情けないが、相手が魔王じゃ仕方ないだろ。多分これ逃げるコマンド選択しないとゲームオーバー系の負けイベントですよ。うん、そういうことにしておこう。仕方なく、あくまでも仕方なく僕はここから逃げるのです。戦略的撤退なのです。もしくは強くてニューゲームした二周目で倒す。
ふはははは、ゲーム脳? ふん、好きに言え! 正味な話現実逃避もしたくなるわい!
まるで歯が立たない。
なんにせよ、相手が油断してくれたおかげで逃げることが出来る。そこんとこ感謝。このお礼はいずれします。礼は礼でもお礼参りだけどな!
「【稲妻】!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
痛い! 熱い! 痺れるぅっ!
なんだ、何が起こった。なんで頭の上に壁がある。あ、いや、あれ地面か? ひょっとして俺、墜落してますかぁ~~~っ!
「ごげっ!」
受け身もとれずに地面に激突。体はバウンドして跳ね上がり再び地に体を打ち付ける。
おごごごご、めっちゃ痛い。これ折れたんちゃいますか。高く飛んだのが裏目に出た。
魔法か? 雷撃か? おま、雷魔法は勇者の十八番だろうが。魔王が使うとかどういう了見だ。
「ぐははははは! 卑怯者にはお似合いの光景よ。この俺様から逃げられるとは思わぬことだな!」
「違ーーーーうっ!」
体の痛みも忘れて立ち上がり、自称魔王に指を突きつける。
「やり直しを要求する! そこは――
『……知らなかったのか…?
大魔王からは逃げられない…!!』
――だっ!」
「お、おう……」
「はい、テイク2!」
「……知らなかったのか…?
大魔王からは逃げられない…!!」
「よし、オッケー!」
満足したので再び地面に寝転がり悶絶を再開する。
まったく、最近の魔王は基本のネタも押さえていないのか。鉄板だろう、これ。分からん奴はググれ。教えてもらえると思うな、義務教育とちゃうんやぞ! まあ、この世界にグーグル先生はないけどな!
とか巫山戯てたら槍が飛んできたので飛び跳ねてかわす!
「危ね! 容赦なしか!」
「当然よ!」
そうだね! 当然だね!
あっという間に距離を詰める自称魔王。馬の足は伊達じゃないな! 地面に刺さった槍も蹴り上げて拾い、準備万端で俺に向かって突っ込んでくる。
やばい! 超ピンチ! 助けて本能さん、割と切実に!
マジでガチで本気で正真正銘、命の危機である。
いよいよという時、ついに本能さんが覚醒してくれた。素敵! 抱いて!
本能さんのおかげでハッキリと感じる死への恐怖。頭の中で「逃げろ」と鳴らされる強い警鐘。殺される事へのかつて無いプレッシャー。
うん、知ってた。本能さんに言われなくても知ってたわー。俺知ってたわー。この状況で未だかつて無い役立たずっぷりをみせる本能さん。なんかもう一周して尊敬するわ。
ただしそこは本能さん。役立たずだけでは終わらないね。死への恐怖が明確に感じられたことで時間の流れがゆっくりに感じる。これが噂に聞く死ぬ直前のスローモーション体験か。
生きるための手段を探して脳が集中するため体感時間が遅くなる現象。しかし実時間の中で体が倍速で動くわけではない。
見切って、かわす!
その難易度が下がったわけではないが、やるしかない。
切っ先が迫る恐怖。顔の中心を狙っていたものが僅かにずれ、今は左の眼球に迫り、それすらかわすために体重移動で勢いを付け――
か――わ――――す――――――




