4 俺より強い奴に会いに行く
「旅に出ます。探さないでください」
「…………?」
目の前にはフルのキョトンとした顔。「ナニイッテンノ?」と、その顔が雄弁に物語っている。
座学中にお邪魔してすいませんね。周りの生徒諸君も、先生も、時が止まったように動かない。
「コート様、旅に出るとは、どういうことでしょうか。マイナ様からは何も聞かされておりませんが……。よろしければお聞かせ願えませんか?」
おっと先生、いい質問ですねぇ。フルがフリーズしているので助かりましたよ。
「フルはこの神殿を訪れてからというもの、周囲の人に支えられ、また良き教師と友人に恵まれ、日々成長を遂げています。
一方で俺はどうでしょう。
肉体的成長もなぜだか伸び悩み、新たな技術を得るでもなく、停滞した日々を過ごしています。
そこで、ちょっと武者修行の旅に行っちゃおっかな、と。そんなわけです」
「しかし、突然旅に出られるとは。危険です。修行ならば騎士団相手でもできましょう」
「必要なのは対人戦の経験ですか? 違うでしょう。この先必要なのは、魔物と戦う戦力のはずです」
「それは……ですが、こうも突然では、護衛の手配も間に合いません」
「不要です。武者修行に連れは要りません」
と、言うだけ言って、今度は部屋の隅に座りフルを見守るトラスタの元へ。
「そういう訳だから、俺の代わりにしっかり護衛を務めてくれ。ただし、決して間違いは犯さないように。万が一があればドラゴンキックが空を斬るぜ(決め台詞)」
「護衛はもちろんだが……本気なのか?」
「おうよ。じゃあな」
さーて、皆が混乱している間にサクサク行くよ-。ヘタに長居したら止められちゃうからね。
あとは大祭司に一言挨拶すればいいかな、などと考えつつ足早に移動していたのだが、背後から駆けてくる足音を耳にして振り返る。
「コート! 待って!」
案の定、フルであった。金魚の糞よろしくトラスタもいるが。
「コート! 旅って、どういうことなの? 修行なんて言っても、すぐに帰ってくるんでしょ?」
「あー、どうだろう。流石に年単位では考えてないけど、数ヶ月くらいは戻らないかな」
「そんなに……。どうして、どうして急に! もっと早くに相談してくれても良かったのに!」
「それだと、俺のこと無駄に持ち上げてる連中が反対すると思ったし。それに、踏ん切りつかなくなると思ってさ。
俺さ、勢いがないと駄目なんだよ。フルとも一緒にいたいから、余計に」
「だからって、直前まで何も言ってくれないなんて……」
「ごめんな。決意が鈍っちゃいそうだから、行くわ」
項垂れるフルを見て心が痛む。が、そこは鈍重騎士の中の人に任せよう。ジェスチャーで「フォローよろしく」と合図し、返事も待たずにその場を離れる。
◆
「てなわけで、しばらく留守にします。フルのことよろしく」
「決意は固いようですね。であれば、私は止める術を持ちません」
大祭司との話は早かった。というか、また運命がどうとか考えていそうな真剣な顔だ。この人ら、運命好きだな。
路銀や薬草などの消耗品を用意してくれると言われたが、辞退した。準備を待つ間に旅立ち難くなりそうだったから。
気持ちの面で言えば、嫌々だからなぁ。
フルと離れたくない。一緒にいたい。刷り込み状態でもあるし、まだ幼い俺としては親代わりの飼い主様と別れたくはないのだ。前世から持ち越した四十代の精神がなければ危なかった。
それに、王都観光も全然出来てない。ほぼ神殿と騎士団の詰め所を往復した範囲しか見ていないのだ。店々を回って冷やかしがしたかった。娯楽施設で遊び倒したかった。出店の屋台も含めて食べ歩きしてみたかった。特に肉食いたい。神殿は生臭物禁止だし。結局ドングリ食わされるとかどういうことよ。街中なのにどこから調達したのか。
図書館行って、この世界の娯楽小説みたいなもの、読みたかったなぁ。ドラゴンについて書かれてる書物もたくさんあるって話だし。折角覚えた読み書きが活かされてない。フルは座学で助かってたみたいだけど。
んー。考えれば未練が次々に思い浮かぶ。こりゃいかん。
気合いだ! 気合いを入れるのだ! 闘魂注入!
「門番諸君、おはよう! 今日も一日、ご苦労様です! 行ってきます!」
「……はっ! 外に出る時は記録と許可を――」
門番の片割れが何か叫んでいるが、外へ出てすぐ飛び上がった俺には届かなかった。いや、本当はちょっと聞こえてたけど、今更戻るのも面倒臭い。防壁の中から飛び立つことも出来たのだ。一応番兵に声をかけて出たことを評価して頂きたい。
いざゆかん! 俺の旅は始まったばかりだ!
なんちゃって。
◆
さて、皆には武者修行の旅だなんて嘯いたが、んなわきゃあない。
魔力タンク役の俺としては、自分をフルのおまけ、サブオプション、裏方程度に思っている。ならば裏方として、舞台を整えてやらねばならぬだろう。
具体的に言うとだね、今のうちに危ないところを削いでおこうってことだね。
フルが修行を終えるだろ?
そしたらトラスタに同行して魔王と戦う旅に出ちゃうだろ?
危ないだろ?
だから先回りして危険度を減らしておくのさ!
いわゆる、ロケハン。下見だよ、チミぃ。
やらせ? 仕込み?
ははは、そんなわけないだろう。
演出だよ、え・ん・しゅ・つ!
輝かしいフルの冒険譚を彩るための、下準備なのさ!
てなわけで。
さくっと魔王を従えに行こうか。




