11 己を知るということ
我思う、ゆえに我あり。
デカルトの有名な言葉である。
しかしながら、「思う我」とは何者なのか。「存在する」ことから一歩進んで「自己の証明」をせねばなるまい。
俺。
俺は俺である。
名前はコート。フルに付けてもらった、俺の名前。
俺はコートである。
種属はドラゴン。卵生のは虫類、冷血動物。
俺はドラゴンである。
ところが、ここで揺らいでしまった。
『命題:俺はドラゴンである』
俺は俺である。そこに疑いはない。哲学的な話ではなく、意識の問題で。
では、俺、イコール、ドラゴンであれば、俺はドラゴンであると言える。
つまり、ドラゴンとは何か、が求めるべき答えである。
そも、ドラゴンとは何か。
前世での記憶になるが、ドラゴンは龍とは異なる。東洋的な龍は川の化身で、細長く手足は短い。
ドラゴンは竜である。西洋的な畏怖の象徴である。
えー、この辺から「ふわっ」とした感じになるが、ご容赦願いたい。そもそも俺自身がドラゴンに詳しくないし、今は手元に参考文献もウィキもグーグル先生もないのだ。
要するに、イメージだ。俺の持つドラゴンのイメージというやつは、西洋の竜で、ゲームに出てくるボスキャラみたいなやつで、羽根の生えたでっかいトカゲだ。
翻って、己の姿形はどうか。
まず、でかいトカゲである。体表には堅い鱗。顔は面長、マズルが正面に伸びている。頭には角、背中には羽根、尻には尻尾。
羽根があるからリザードマンではない。オオトカゲやバジリスクとも違う。
人型ではないからドラゴニュートではない。
他に何かあったっけ? 思いつかない。まあいいや、俺は他のどのは虫類系モンスターではない。
故に、結論。
◆
「俺はドラゴンである! 答えは『真』だ!」
「おお、帰ってきたか」
俺がふわっとした真理に辿り着いて叫びを上げた時、じいさんはもっちゃもっちゃと朝食を摂っていた。
「のんきにパン食ってる場合か! 俺にもください!」
「他人事じゃからの。飯は自分の家で食え」
おおぅ、今日もドングリかよ……。
いや、そうじゃない。それどころではない。
「結論は出た。俺はドラゴンだ。ふぅ、焦った、自意識が死ぬところだった」
「そうかい。
言っておいてなんじゃが、お前さんはドラゴンじゃよ。他にそんな見た目した生き物は知らん」
バッサリ。
俺の苦悩はなんだったのかってくらい断言してくれた。このじじい、いつかやらかしてやるかんな!
「お前さん、随分と自分のことが気になるようじゃの」
「自分大好きみたいな言い方やめてくれ。
生まれてから親兄弟もなく一人、名前もない、何が出来るかも分からない。そういう足下が固まってない状態だと、不安定だろ。心が」
「お前さんを見ているとそうは感じないがな。
何も知らないと口では言うが、そこはかとなく知性が見え隠れしておる。自我もハッキリしておるようじゃし。
子供らしくない、というのかのう。人間であれば生まれたばかりは自我などない。それともドラゴンは『そういうもの』なのかね?」
おや、なんだか鋭いこと言ってないか。まあ、前世分精神年齢が上げ底入っているからな。
「生憎、他のドラゴンのことは知らない。『俺は』こういう感じだけどな」
じいさんは「そうかい」と独りごちると、続けて「他のドラゴン……ふぅむ」となにやら思案し始めてしまった。
「なんだなんだ、思わせぶりな態度とってくれちゃって」
「ん? おお、すまんすまん。
ドラゴンは見たことがなかったが、どこそこに住んでおるという話はいくつか聞いたことがあったのでな」
ほう。なんだかフラグ立っちゃった気配がするな。
これ、よそのドラゴンさん達を訪ねまわって話を聞こう、的な流れか?
んー、どうしよっかなー。興味はあるけど長旅は嫌だなー。
「お断りします」
「そんなに気になるのであれば他のドラゴンに――んん?
なんじゃ、まだなにも言っとらんが……」
「ぼく人見知りなんでー。よく知らない大人のドラゴンとか怖いしー。赤ちゃんだから旅とか過酷すぎるしー? ありえないないかな、て」
「気持ち悪いしゃべり方するようになったのう。可愛い子ぶっておるのか? 気持ち悪いぞ」
二回も言うな。
フルから言われると心が折れるが、じいさんに言われると怒りを覚えるな。
「良いのか。自分の生まれが気になるんじゃろ?」
「気になると言えば気になるけど、諦めてるしなぁ。
今更親にあっても余所余所しくなるだけだろ。別段親恋しい訳でもないし。
それより、この村で家族も出来て、言葉も覚えて、文字も読めるようになって。魔法もまだ使えないし、肉も食ってないし、遊び足りないし。
自分探しに出るのなんのって前に、まだまだやることが多いわな」
「……達観しておるのう」
「肉も食ってないし」
「そういう所が子供らしくないんじゃ」
「肉も食ってないし」
「まあ……好きにしたらええわい。わしは見守らせてもらうことにしよう」
「肉も食ってないし」
「…………」
「肉……」
あ、駄目だこれ。黙りされてしまった。
このじじい、頑なに俺の肉食生活を支持してくれない。何故だ。ドングリ生活のお詫びに一言口添えしてくれればいいだけなのに。
俺が肉を食べるとなにかまずいことでもあるというのか。
はたまた、ただのいやがらせなのか。
俺はドラゴンである。
主食はドングリ……うう、むなしい……。




