10 己を知らざるということ
じいさんに「俺が人の言葉を話せる」ということがばれてしまった。
ばれたというか、ばらしたというか。少しやけくそ気味であったことは認める。反省も――まあ、している。短気は損気ということだ。
と、いうことで、じいさん以外には今まで通り「ガウガウ」鳴いてすませている。ドラゴンが「そういうもの」だからといって、突然人の言葉を話し出して……まあ、なんだ、その……怖がられても、困る。短気は損気! 短気は損気!
しかしその一方で、じいさんにはもう遠慮はいらないだろう。
今日も今日とて日が昇る前からじいさん宅に押しかけ、詰め寄る。
「じいさん。あんた、何者なんだ」
「ふぁ~、ぁ。わし、眠いんじゃが……」
こちらは真剣だというのに、のれんに腕押し、まともに相手をする気配がない。
「年寄りは早起きするもんだろ」
「ちょっと早すぎるわいな~」
「もうすぐ永眠するんだから今のうちに起きとけよ」
「お前さん、結構口が悪いのう」
「ドングリ食べ続けたせいで渋い口になっちゃってね」
「へらず口の間違いじゃろ」
「どっちが」
のらりくらりとかわしやがって。のらりひょんか。妖怪か。
「わしはどこにでもおる普通の爺じゃ。
昔、冒険者のまね事みたいなことをして、流れ流れてこの村に辿り着いた。ここで家族を得て、子供も育って、なんとなーく村の守り手みたいなことをやっとったらこの年になって、今はなんちゃってドラゴンに絡まれとる」
「誰が『なんちゃって』か!」
「お前さん、な~んかドラゴンっぽくないんじゃよな。小さいし、バカっぽいし、なにより威厳がない」
酷評である。このじいさん、俺にも増して遠慮がない。
大体、小さいとは言うが、大型犬よりいくらかは大きいのだ。ドラゴンにしては小さかろうが、俺サイズのは虫類が現代日本に現れたら軽くパニックが起こるぞ。
「バカじゃねぇし。バカって言う方がバカだし」
「そういう所がバカっぽいんじゃ。それに最初に見た時、舌出して阿呆面さらしとったぞ」
うっ! 痛いところを突いてくる。確実に急所を狙う攻撃、老いたとはいえ流石元冒険者と言えよう。
「じいさんは――ドラゴン、見たことあるのか?」
「いんや、お前さんが初めてじゃ。お前さんが本当にドラゴンならな」
えっ! そこ疑っちゃう?
まさか己のアイデンティティーを疑われるとは思ってもみなかった。
ま、まぁいい、気を取り直していこう。
「そそそ、その割りには、ド、ドラゴンに詳しそうじゃないか」
「何を取り乱しとるんじゃ。昨日も言うたが、詳しいという程じゃあない。そもそもドラゴンは個体数が少ないでな、滅多にお目にかかる機会なんぞない。ドラゴンの縄張りにわざわざ出向くほど血気盛んでもなかったからのう」
お、おう……ドラゴンって少ないのか。まぁ、こんな巨体がワラワラ群れてても恐ろしいが。
あれ? でも、おかしいな。
「ドラゴン……俺以外にも見たことあるだろ?」
「ない。遠目でも見たことがあれば覚えておるよ」
「いやいやいや、あるはずだって。じいさんボケてるから思い出せないだけで」
「ボケるにはまだ早いわい。ドラゴンなんて大物、お目にかかれたら自慢しとる」
「え~……。森の向こうにある火山に、ドラゴン、住んでただろ?」
「誰がそんな危ない場所の近くに住むか。活火山じゃから危険と言えば危険じゃがわしの知る限り噴火したことはないし、この辺は危険な魔物もでない平和な村じゃよ。ドラゴンなんて言わずもがなじゃ。
そういえばお前さん、森の向こうから来たんじゃったな。まさか、あそこの火口でドラゴンでも見たのか?」
ガビーン、である。
ホンマかいな、あんさん。
ドラゴン居ぃひんて。
したら、ワイ、どないして生まれてん。
「……大丈夫かの?」
「……大丈ばない」
俺は、どうして生まれてきたのだろう。
いや、哲学的な意味では無しに。
◆
「なるほどのう。あの山の火口で……」
俺はこの村に至るまでの経緯をじいさんに話した。といっても、あの火口で過ごした日々は短い。そう話すこともない。
しかし、矛盾は生まれた。
「巣があったのなら、親が居たと考えるのが自然じゃな。しかし、ドラゴンなんてものが山に住み着けばどうしたって周りに知れ渡る。隠しようがないほど巨大で、目立つからのう」
「ドラゴンにそこそこ詳しいじいさん、思い当たることはないスか?」
「ないのう。不思議なことじゃ」
「生まれた卵を盗んで、火口の中に隠した、とかは?」
「可能性としてはなくもないんじゃとうが、現実的かは疑問じゃの。火口に隠すのは危険じゃし、手間がかかる。第一、卵なんぞ盗んだら親は放っておかんぞ」
デスヨネー。
生まれて一発育児放棄を疑った俺だが、流石にお腹を痛めて産んだ卵だ、母ドラゴンも必死に探すだろう。多分。きっと。そうだと信じたい。
◆
沈黙が生まれた。
俺は気持ちが沈んでいたし、じいさんは深く考え事をしていた。
そして先に口を開いたのはじいさんだった。
「考えてみたんじゃが……」
「うぇ?」
「お前さん……本当にドラゴンなのかのう……?」
衝撃的な一言だった。
俺は――俺は――。




