8 安息日
あれから幾日過ぎたでしょうか。
午前中にじいさんの家を訪ねては読み聞かせをしてもらい、午後には自宅の庭で回復魔法の練習。
その成果として俺は文字を覚えた。呪文に使われるような難しい言葉も聞き取れるようになった。
しかし魔法は未だ使えない。
もう一息って感じはするのだ。魔力というものを知覚は出来ないが、なんとなーく、手の先に漂う「なにか」を感じる。
しかし出来ない。
煮詰まった。
ウンウン唸っていた。
自宅の庭先で、ペットが、頭を抱えている光景。それはそれは心穏やかならぬ光景だったのであろう。
フルから散歩へ行こうと誘われた。
「たまには息抜きもしないとね。そうだ、コートと初めて会った森に行ってみない?」
行きまーす。
◆
木漏れ日が僅かしか差さない暗い森である。涼やかで、少し不気味で、しかし居心地は悪くない。
贅沢を言えば足下は湿った腐葉土でなく草花の生えた土であって欲しかった。足の裏が冷たいし、なんかちょっと気持ち悪い。
「ときどき木の実を拾いに来てるのよ。コートと会った時もそう。
ほら、あなたの好きなドングリがたくさん落ちてるでしょ?」
おいおいおいおい、ちょ、ちょっと待って下さいよ、ぼかぁ別にドングリ好きではないです。むしろ毎食渋みのある中身を食べることに苦痛を感じ始める今日この頃ですよ。
今のはちょっと聞き捨てならないわー。誰? そういうデマを広めたのはいったいどこのどなた様ですか。
「もう、そんなに興奮しないの。嬉しいのは分かるけど」
うぉーい、以心伝心大失敗! 菜食主義者だとしても毎食ドングリは拷問だよ。ましてや俺ドラゴン。肉食ってますって顔してるでしょうよ。
「バルシェンさんって本当に物知りよね。コートも感謝しないと駄目よ。その上、神聖魔法まで教えてくれてるんだから」
グギギギギ、諸悪の根源はあのじじいかッ! 適当言いやがってぇ! この恨み、どうしてくれようか。神が許してもこの俺が許さん。
だが、しかし、フルの言うとおり、今は教えを請うている身。下手に意趣返しをしてへそを曲げられても困る。
今は……今は堪えるしかないのか。ドングリ生活を強いられるこの屈辱を……。
俺は荒ぶる心を静めるため大きく深呼吸をした。森の涼やかな空気を吸い込み、静寂に耳を傾ける。ああ、心が洗われるようだ。静かな中に耳に届く風の音、虫の声、小動物達の駆ける音。
小動物と言えばウサギ。ウサギと言えば肉。肉は食べたい。
肉が食べたい!
……はっ! そうか!
ひゃー、すごいぞ! 閃いた!
今、ここで、肉が食べたいとアピールするのだ!
ウサギなら捕まえた実績があるからな。捕まえてきて、フルに渡して、調理してもらうのだ。生は食えたもんじゃなかったが、火を通してくれればそれはジューシーなお肉。食べ物だ!
そして肉を食べるところさえ見てもらえれば、食生活の改善は間違いない。
うおぉぉぉ! 燃えてきたぜ―!
そうと決まれば早速狩りの時間である。
「休日のご趣味は?」(裏声)
「ええ、狩りを少々」(ハスキーボイスで)
「まあ、なんてワイルド」(裏声)
「最近はよくウサギなんかを狩りますね」(ハスキーボイスで)
「素敵! 抱いて!」(裏声)
「はっはっは、困った子ウサギちゃんだ」(ハスキーボイスで)
なんつってね! 一人言終わり!
気持ちを狩人に切り替え、獲物の気配を探るため腹ばいに伏せる。
「……ど、どうしたの? おなかが痛いの?」
違いますよ。分からないかな、この出来る男のカリスマオーラが。
俺は今、一人の狩人なのだ。
そろり、そろりと這い動き、獲物の気配を探る。ドラゴンの五感を舐めるなよ。本能さんが仕事しなくても生物的に優れた能力が俺にはあるのだ!
「おわぁ、なにその動き、気持ち悪い……」
……やめて、傷つく。
◆
うっかり心が折れそうになってしまったが、食欲という心強い仲間に背中を押されて俺は見事ウサギをゲットした。
ふっ、またつまらぬ穴を掘ってしまった……。
ところでフル、この丸まると太ったウサギちゃんを見てくれ、こいつをどう思う?
「おっきい……すごい、すごいよコート!」
おぁふっ、いいよ、その表情。グッと来る。「すごく……大きいです……」と続けて欲しかったが、それもイイ! まぁ、元ネタなんか知らないだろうしね。仕方ないね!
その後、俺たちはウキウキ気分で帰宅した。
いやはや、なんとも充実した一日であった。心晴れやか、気分さわやか、明日への希望に満ちている。
そして家に着くとフルが笑顔で親父さんとお母様に本日の成果を報告してくれた。
「ほら見て! コートが捕まえたの。こんなに大きなウサギみたことある?」
「ほー、こいつは立派だ。やるもんだなぁ」
「本当。コートのおかげで今夜はごちそうね!」
はっはっは、褒めるな褒めるな。
それより、さぁ、早速焼いてくださいな。もういい時間ですからね。家族みんなでウサギ肉に舌鼓を打とうではありませんか。
俺は庭先の杭に繋がれ、家族達はウサギを手に家の中へ。
おっと、この流れは……?
嫌な予感はするが、お母様の料理が始まり、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻に届く。
堪らんね。涎が溢れ出る!
一家団欒、夕餉の時間。その間俺は庭でお預け。まあ、仕方がない。ペットですから。飼われてるのだから。
だが、飼い主達の食事が終われば! ほら、親父さんがいつもの深皿を持って出て来た。
「ありがとうな。お前のおかげで豪勢な夕食だったよ」
と頭を一撫で。皿を置いて家の中へと帰って行った。
そして待ちに待った俺の夕食。皿の上にのせられた一五粒ほどの……ドングリ……?
いや、分かってたけどね。途中から、なんか雰囲気おかしいな、って……。
ちくしょーーーーーーーーー!




