第104話 「暖かココア」
「ほい」
「ココアですか。……確かに、リラックスできそうですね」
澪雫にマグカップをわたし、中に注ぎ込む。
一口飲んで、はふぅと声を漏らす彼女を確認して、俺もソファに座り込んだ。
「なんだか、嵐が過ぎ去ったあとのような気分です」
「俺の嵐は、終わっていないんだけどな……」
答えると、澪雫は「そうでしたね」と目を細めて俺のほうに手を伸ばした。
俺の手をとらえると、そのまま引き寄せるように力を込めて彼女のほうへ。
「こうやって、いられるのも今日で最後でしょうか?」
「なぜ?」
「魅烙ちゃんが一緒にいたら、楽にできないでしょう?」
質問を質問で返し、質問で返される。
彼女の言いたいことは分かるが、それとこれとは別だろうと、俺は思っている。
「俺と澪雫は付き合っているんだから、何も問題はないだろう」
「ふふ、ネクサス君らしい言動ですね」
ほほ笑む彼女の口からは、天使の笑い声がこぼれた。
容姿も、まあ天使よりだろう。
天使としては、少し好戦的な気がするが。
「最近、少し心配になるのですよ」
「ん?」
「最初、ネクサス君とおつきあいを始めた理由って、師範に近づきたかったからなんですよね」
ずいぶんと、正直に言ってくれるものだ。
知っていたけれど。知っていたけれど、やはり本人の口から言われるのはある一定の精神的なダメージを受けてしまう。
俺の母親が、ある一定の時期までは一番だったもんな。
今は、違うと思いたいが。
「でも、こうやって数か月いたじゃないですか」
「うん」
「今では、本気ですからね」
はっとして彼女の顔を見上げると、少女の白雪のような頬は桜色に染まっていた。
やっぱり、そうやって話をするのは恥ずかしいか。
「恥ずかしい?」
「はい。やっぱり、慣れないものです」
慣れてもらったら困る。
やっぱり、こういう清楚な少女が俺は好みのようだ。
「綺麗だな」
「はい?」
「澪雫がきれいでよかった」
姿だけではなく、その心も。
母親が、澪雫の師範でよかったと感謝すべきなのだろうか。
いや、環境はきっかけにしか過ぎないからな。
やっぱり、彼女の資質か。
「ココアを飲んだら、寝ようか」
「そうですね。……明日、起こしましょうか?」
覚醒疲れで大変でしょうし、と澪雫。
確かに、気を緩めたらすぐに寝てしまいそうなほど、眠い。
眠いのだが、……や、今ここで変な気を起こすのはやめておこう。
そんな体力も残っていないのが、正直な感想だ。
気にしないように、気にしないようにと数時間してきたが、やはりだめだ。
眠い。このまま、寝てしまいそうになる。
「……寝る」
「はい、おやすみなさい」
さすがに上階まではいく体力がない。
仕方ないから、ちゃっかりと。
俺は、澪雫のひざまくらを借りることにした。
「……ゆっくり休んでくださいね、ネクサスくん」
そこから俺が完全に眠るまで、頭をなでてくれたのは……。
天国だな、本当に。
「ネクサス君、ここで寝ちゃいましたね」
大好きな人の寝顔を見つめながら、私はさてどうしょうと周りを見回します。
私の力では、ネクサス君を上に運ぶこともできません。
そもそも、……このまま私も寝てしまう、というのもいいかもしれませんね。
思えば、まだ彼と出会って半年もたっていないのに。
ずっとそばにいたような気がするのは、彼の魅力の一つでしょうか。
それにしても、この時期にネクサス君が【覚醒】ですか。
……それができたということは、彼の能力分野では才能がやっと開花したということです。
これからもっともっと、強くなっていくのですね。
「……あとは剣、ですが」
剣術も、すぐに私よりも強くなってしまいますね。
やっぱり、ネクサス君は私に何も取り柄がなければ、捨ててしまうのでしょうか?
剣術は、彼は。
基本ができているので、あとは応用だけなのですけど。
魅烙さんの銃の腕は、習ってできるものではないのです。
才能の塊、というのはどうしてもだめですね。
私にも、何か特定の素質があればよかったのですけれども。
「……うー」
考えれば考えるほど、自信を喪失させていきそうです。
神御裂姉妹も、私なんかよりも優れているところはありますし。
料理の腕だって、現時点では零璃君にも勝てません。
……自分だけに、できるなにか「チカラ」がないと。
この世界、生きていけません。




